恋ゆえに貪る③

「っせい!!」


 スタイル固有の強力な常時効果パッシブと、真化という強化を施し、ステータスの補正率が上がった装備品。両方の助けを受けながら、俺は黒い牛刀を力強く、かつ素早く振り下ろした。

 首の動きでかわされるものの、はらりと、白銀の髪がいくつか宙を舞う。

 それは、俺の速さAGIが彼女の速さAGIと僅差である証拠。ステータス差がいかに重要かを噛みしめながら、油断なくルー・ガルーの動作に意識を集中させた。


「……【三日月ミカヅキ】」


 お返しとばかりに、刺突の必殺技スキルが返される。

 鋭い切っ先が、凄まじい速度で何もつけていない喉に迫る。だが、基本的に彼女の攻撃は人体の急所狙い。初動で狙いに検討をつけていた俺は、同じく首の動きで切っ先を避けた。

 やや遅れて、今度は黒い髪が舞う。それが地面に落ちるより早く、相手めがけて振るった攻撃やいばが相手の攻撃やいばによって防がれる。


「ちっ!」


 舌打ちを隠さず、手首をひねって刀を受け流しにかかる。

 悪手だと理解していたが、今使っている武器は雷光の角せんだいに比べて防御性能が低い。先を見据えると、自分を犠牲にしてでも彼を鍔迫り合いから守ることは必須だった。


「【十日夜の月トオカンヤ】」


 受け流されるのに任せて体の軸をひねったルー・ガルーは、そのまま踊るように一回転したのち、重たい一撃を俺の胴体めがけて叩きこんできた。

 LUC補正に加えて、即死耐性を大幅に上げるパッシブのレアスキル【死にぞこないジャック・オー・ランタン】が即死判定を弾く。代わりに、攻撃によるダメージだけが俺の体を貫いた。


 痛みはない。

 だが、痛みを錯覚するほどの衝撃が脳を震わせた。


「――っ、が、ぁ!」


 苦悶の声とともに、体が大きく吹き飛びかける。

 浮きかけた足に無理やり力を入れ、強引に地面を踏みつける。そうやってどうにか踏みとどまってから、懐にいる少女を追いこむように両サイドから刃を振るった。


 両の手が振るうのは、雷光の角アステリオス改め【死が二人を離別つまでカルペ・ディエム】。

 ルー・ガルーを殺す。そのためだけに造ってもらった双刃で、彼女の首を狙う。

 鋏の要領で交差させた刃は、左右上下の退路を断つ。かつてのように懐に飛びこんで先手をとるには俺たちの距離が近すぎるし、何より俺の攻撃速度がその時よりも速い。

 ルー・ガルーは一瞬だけ逡巡した後、俺の追撃が届かない場所まで大きく飛びずさった。


(っし!)


 距離をとってくれたルー・ガルーに、内心ガッツポーズをする。

 彼女のリキャストは特殊で、どんなスキルであれ一発目と二発目はほぼノーリキャストで行使できるが、三発目の間には様子見という行動ルーチンが入る。

 俺も集中力の糸を弛緩させながら、視界の端に浮かんでいるHPバーに目を向けた。


「ちっ。そろそろ危険域か……」


 赤色に染まったバーを見て、思わず舌打ちを零す。

 体で受けてしまったスキルの数は三回。最大HPを上げる使い切りアイテム【生命の実エデン・ペルシクム】のおかげでHPはまだいくらか残っているが、そろそろ危なくなってきた。


「【居待月イマチ】」

「おっと!」


 静観リキャストを終えた彼女が、下段に構えた刀を振るい、太刀風を放つ。

 彼女のスキルでは珍しい、急所狙いではなく機動力あしを削ぎに来る一撃。食らったらやはり死ぬしかないので、地を蹴ることで鋭い風を飛び越える。


「【三日月ミカヅキ】」

「っ、が!」


 すかさず、二撃目の刺突。

 太刀風を飛び越えた俺の心臓めがけて切っ先が突き立てられ、空中ゆえに踏ん張ることもできない俺はボールのように後方へと弾き飛ばされた。


「くっそ、四回目ぇ!」


 声を荒げながら、足裏に力を込めて。


「【八艘跳び】!」


 スキルによる空中キックで、リキャスト中のルー・ガルーに接敵した。

 スキル屋で習得し直したモーションスキル【攻勢】を挟みながら、死が二人を離別つまでカルペ・ディエムを振るう。寸前でかわされたため直撃はしなかったものの、かすめた切っ先が傷をつけた。


 スキルでダメージを底上げした甲斐あって、小さい傷に見合わない量の黒い霧ダメージエフェクトが零れる。

 今夜初のダメージだが、今までの戦いでは、全くダメージを与えられずに倒されることの方が多かった。俺に彼女を倒そうという気概が乏しかったのもあるが、埋められない実力の差があったのも確かだろう。

 口元に笑みが浮かぶ。だが、すぐにその笑みは引っこんだ。


(カスダメで死ぬな)


 RTNでは、状態異常によるスリップダメージや即死が入らなかった時の即死攻撃では、HPはゼロにならない仕様になっている。

 必ず1残り、1になった後はダメージの衝撃こそあれどそれが原因で死ぬことはない。

 極論を言えば、通常攻撃を全て避け、即死判定をかいくぐり続ければずっと戦い続けることができる。もっとも、それがどれだけ低確率かは言うまでもないだろう。

 今のところ、四回連続で即死は弾けている。装備欄に増えた新顔のおかげだろうが、そろそろ今の補正だけでは心もとなくなってきている。


(ルー・ガルーは……まだ様子見リキャスト中か)


 黒い霧を纏ったまま、ルー・ガルーはこっちの様子を窺っている。

 そんな彼女を見つめながら、俺は大きく深呼吸をした。

 ルー・ガルー相手に、補正がかかった今のステータスでどこまで動けるかは十分に確かめることができた。死が二人を離別つまでカルペ・ディエムを彼女相手に振るう感覚も掴んだ。


(切り時だ)


 そんな思考とともに、死が二人を離別つまでカルペ・ディエムを構え直した。


「なあ、ルー・ガルー。何度言うんだって思われるかもしれないが、何度だって言う」


 その体勢のまま、俺は彼女に声をかける。

 今まさに斬りかからんと身構えていた少女が、ぴたりとその動きを止める。それはまるで、俺の呼びかけを聞くために止まってくれたように見えた。


「俺は、お前が好きだ」


 錯覚だ。わかっている。


「できるなら、ずっとお前と戦っていたかった。……だけど、これはゲームで、俺はプレイヤーで、お前はエネミーだ。俺のねがいが叶わないことなんて、最初からわかってる」


 わかっていても、俺は人間プレイヤーに語りかけるように言葉を続ける。

 彼女と初めて会った時から、俺はいつだってそうしてきた。だから今日も、そのルーチンを怠ることはしない。


「だから、お前は俺がたおす。お前を救うころすのは、俺だ」


 返るのは沈黙。

 俺の言葉だけが、彼女という壁にぶつかって0と1の世界に溶けていく。


(……とんだ自慰行為だ)


 姉さんの言葉を思い出しながら、思わず自嘲の笑みを零す。

 それでもと、黒い牛刀を持つ手にいっそうの力をこめた。

 例えこの恋が一方的だったとしても。

 俺が彼女を好きな事実に、揺らぎはない。


「つーわけで。今夜の俺は、いつもより苛烈に激しく、お前に恋を囁く」


 覚悟してくれ、と。

 そう告げれば、様子見を続けていたルー・ガルーがようやく刀を構え直した。


「――――」


 俺はそこで、言葉を失った。

 なぜなら、刀を構えた彼女が笑顔を浮かべていたからだ。

 獣のような獰猛さを隠しもしない、肉食獣の笑み。ゲームの中だというのに命の危険を感じさせるほど凶悪な笑顔は、最高に可愛かった。


 思わず見惚れる俺の前で、ルー・ガルーはくいくいと上向きに手招きをする

 かかってこいと。まるでそう言っているようだった。


 RTNのAIは優秀だ。細かいフラグ管理が施されていて、NPCに似たような言葉をかけても全く違う反応が返ってくるということはよく聞く。

 おそらく、彼女の中に設定されていたフラグを俺が踏んだのだろう。

 だからこれは、俺だけに向けられる言葉じゃない。

 ――――それでも。


「……ここにきてさらに惚れ直させるとか、ほんっとーに最高の女の子だよ! お前は!」


 未練たらしく残っていた厭いの気持ちが喜びと高揚で上書きされるのを感じながら、俺はこの日のために用意してきた秘策スキルの名を叫ぶ。


「【恋ゆえに貪るビースト・ハート】!」


 直後、何かを感じ取ったルー・ガルーが地を蹴り、後方へと退避する。

 しかし遅い。飛び退いた彼女の両肩からは、黒い霧ダメージエフェクトが迸った。


「……っ!」

「ハハッ。これでもかわすのかよ、やべーな」


 反射的にかわし、それでもなお傷を負った事実に、ルー・ガルーは動揺の吐息を零した。そんな彼女を見ながら、俺はたった今振り下ろしたばかりの黒い双刃を構え直す。

 そして、体の芯から湧き上がる衝動に身を任せるように、再び彼女へと斬りかかった。


「っ、ふ――!」


 俺の動きに合わせるように、ルー・ガルーも刀を振るう。

 がきんっと、金属のぶつかりあう音が響き、死が二人を離別つまでカルペ・ディエムの耐久が削れる。だが今度は、受け流しを選ばない。さらに刃が擦れることを承知で、数分前のルー・ガルーを真似るように体の軸をひねりながら、黒い片翼を刀の上で滑らせる。

 そのまま、回転の勢いを乗せた一撃を胴体めがけて叩きこんだ。

 それも彼女は回避するが、完全によけきるには俺の斬撃の方が速い。黒い切っ先が脇腹をかすめ、そこから黒い霧が血のように零れ落ちた。


「――【繊月センゲツ】!」

「うぉっと……!」


 プレイヤーと違って痛みを感じているだろうに、意に介した様子もなく反撃が飛んでくる。回避のためにいったん後ろに跳んだルー・ガルーが、気づけば懐まで入りこんできていた。

 普段なら、致命の一撃を胴体に受けていただろう。

 だが、今夜の俺は一味も二味も違う。


「【八艘跳び】!!」


 普段は間に合わないスキルの入力インプットを、ギリギリで割りこませる。

 地面を大きく蹴りつけた直後、さっきまで俺がいた場所を刀が空ぶった。


「ハッハー!」


 笑いながら、軽業師のように着地を果たす。

 鏡がないので、どんな顔になっているのかはわからない。ただ、さっきルー・ガルーが浮かべていたのと同じ、獣じみたものであることは確信していた。


「さあ、やり合おうぜ!」


 ニィッと犬歯を見せるように笑ってから、俺は再び地面を蹴り、今度は彼女の方に向かう。

 驚愕の表情を浮かべていたルー・ガルーもまた、つられるように獰猛な笑みを浮かべ直す。そして、俺を迎撃せんべく刀を構えた。

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