恋ゆえに貪る②
キタクエリアにある都電の駅・サカエチョウ。
そんな駅のホームに、十数人の集団がたむろしている。
彼らの見た目は、各々好きな改造や装飾を施した学生服に袖を通す学生である。共通するのは、一様に夜魔の
「倒せるかなあ、ルー・ガルー」
ざわめきの中、
高揚と不安が入り混じった呟きは、この場に集った者の多くが抱くものだった。それに同調するように、話題の矛先がそちらへと傾く。
「スイッチの練習はしたけど、やっぱ不安になるよな」
「わかる。支援ありでもルー・ガルー相手にすんのめちゃくちゃしんどい……」
「素のSTRとAGIが高すぎるんだよな。能力値Sランクでも打ち合い負けるし」
「五分交代の七人ローテだけど、五分も持つかなあ」
口々に不安混じりの軽口を口にする彼らは、ストラテジーエネミー【朔のルー・ガルー】を倒すために声をかけられたアタッカーだ。レベルはカンストしており、各々がレイドエネミーやシンボルエネミーのドロップ素材で造られた武器を装備している。
そんな彼らでも、これから挑む相手には、勝利より敗北のビジョンが強い。
それもそのはず。彼らアタッカーたちはストラテジーエネミーに自主的に挑み、そして「これは
ストラテジーエネミーの初撃破を飾りたいという思いと、提示された攻略方法に勝算を見出したためにこの場にいるが、敗けるかもという気持ちは払拭しきれなかった。
「戦う前から弱気な発言はよせ」
そんな面々を諌めるように口を開いたのは、白い学ランを着た青年だった。
双剣を鞘ごと背にくくりつけた狼耳の青年は、臀部から生えた尾を揺らしながら、じろりと目つきの悪い顔でアタッカーたちを一瞥する。
それを見て、彼らは申し訳なさそうに肩をすくませた。なぜなら、彼こそが今回の討伐の発起人であり、計画の発案者だからだ。もっとも、迫力ある凶相も一因を担ってはいたが。
「わ、悪かったよ、
「……まあ、みんなの気持ちもわからなくはないけどな」
入道と呼ばれた青年の言葉に、最初に口火を切った槍持ちの青年が謝罪する。それを受け、入道は小さく鼻を鳴らしてからさらに口を動かした。
「そうは言っても、朔のルー・ガルーはストラテジーの中じゃまだ倒しやすい方だ。精鋭がこれだけ集まったのに、歯が立たないなんてことはない。そうだろ?」
「まあ、そう言われると……」
「めちゃくちゃ強いけど、強いってだけだしな、ルーちゃん。蜘蛛とか雨女とかと違って」
「アリアドネとかいうギミック戦闘の話はよせ」
「インしてるプレイヤー全員巻きこんだ鬼ごっこは伝説でしたねえ……」
会話の流れが、別のストラテジーエネミーの話に寄っていく。
これはこれでどうかとも思ったが、先ほどまでに比べればと、入道も注意を諦める。緊張のしすぎでぎこちないよりは、緊張感に欠いていても自然体の方がいいからだ。
(とはいえ、顔合わせも十分な頃合いか。そろそろ出るように指示するか)
そんな算段を立てつつ、入道は前のアカウントから使っている腕輪型の装備品を触った。
かつて入道は、ライヘンバッハというハンドルネームでRTNをプレイしていた。アバターはリアルに添った今のものとは似ても似つかない、優男風の男だ。
当時の彼がはまっていたのは、エネミーのスクリーンショットを撮ることだった。
それも遠距離からの撮影ではない。今にも襲われそうなほど、今まさに襲われかけているほど近くで撮ることだ。戦闘中は普通に戦うだけでは味わえない緊迫感があり、ライヘンバッハはその遊びに夢中になった。
似たようなことを考えるプレイヤーはいるもので、
彼にとっての不幸は、統率する気がなかったギルドのメンバーに、女性型エネミーにターゲットを――中にはNPCに手を出す者もいた――絞り、性的なスクショを撮ることを目的にするプレイヤーが増えていたこと。
彼の誤算は、朔のルー・ガルーをターゲットに選んだこと。
ストラテジーのスクショを撮ろうという話になった際、彼女を標的に挙げたのはライヘンバッハ自身だ。遭遇しやすいのもあったが、単純に見た目が好みだった。より好みに添うなら表情豊かな方が良いのだが、エネミー相手にそれは贅沢というもの。
撮影担当になったのは、ギルドで一番強かったライヘンバッハだった。
性的な画像を撮るつもりはなかった。しかし、相手の
朔のルー・ガルーに入れこんでいるプレイヤーがいることは、もちろん耳にはしていた。
だが、それだけだ。それどころか、彼女の画像をむしろ喜ぶのではないか、そんなことすら考えながら、自分の撮影した画像が掲示板に公開されるのを見ていた。
それが誤算だったと知るのは、PKすれすれの奇襲で削除を要求された時だ。
あの時のことは今でも忘れられない。ゾンビもののクリーチャーを思わせる挙動で襲われ、ゲームの中だというのに命の危険を感じた。
人目に隠されなかった奇襲によって、かのプレイヤーの名とギルドの悪名は広まった。惰性で残っていた古参も愛想を尽かして脱退し、元凶でもある新参もそそくさとギルドを離れ、ギルドは自然崩壊した。
ライヘンバッハは迷った末、アカウントを新しいものにした。
黒歴史と地続きのアカウントでプレイする胆力はなく、かといって完全に引退しようと思うにはRTNでやりたいことがあったからだ。同じギルドにいた友人もそれに付き合い、今のプレイヤー・入道に至る。
アカウントを消す前に別の知人に装備を預けていたので、失った物品自体はそう多くない。それでも、かのプレイヤー――ヨシツネに意趣返しをしたい気持ちは強く残った。
それこそが、RTNでやりたいことの一つ。
そして今回の討伐における、入道のモチベ―ジョンである。
しかし今、彼は不満を抱いていた。
(情報が漏れたのは予想外だったけど……こっちの邪魔をする様子もないとはな)
最近フレンドになったばかりのプレイヤーを思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になりつつも、内心で何度抱いたかわからない思考をよぎらせる。
人の口に戸は立てられない。
ゆえに、今回の討伐はおおっぴらにこそしていなかったものの、別段秘密にしていたわけはない。入道の心情はともかく、やることは高難易度エネミーに挑むという、ゲームとしては何ら攻められる余地がないものだからだ。
しかし、一番知られたくないプレイヤーに直接伝わるのはさすがに予想外だった。
予想外すぎて、呆れこそすれ怒るという感情が湧かなかったほどである。得た情報というのが、攻略サイトにも載っているようなものに加え、「とにかく即死判定を引かないよう乱数に祈れ」という極論だったのも脱力に拍車をかけていた。
ばれたものは仕方ない、という思いもあった。
ゆえに邪魔なり交渉なりしてくるだろうと、入道とライヘンバッハ時代のフレンドは備えていた。しかし、本番当日に至ってなお、
お節介の行動から生まれた好奇の目をかいくぐる方が、よっぽど苦心させられた。
正直、拍子抜けの感は否めない。
それでも無理を言って集合時間を早め、先んじて挑める準備は整えた。
空振りに終わりそうなことが、入道の胸中に苛立ちめいた感情を宿らせている。
「……ちっ」
小さく舌打ちを零しながら、即死対策に装備した四葉のチェーンを睨む。
「それじゃあ予定通り、最初は二グループに分かれて朔のルー・ガルーを探す感じで。どっちかがエンカウントし次第、即時連絡を――――」
そして気を取り直すように、チームの面々に声をかけようとして。
「……?」
そこでようやく、周囲が静かになっていることに気づいた。
軽口を叩いていたアタッカーたちは武器に手をかけ、支援職たちも固唾を飲んでいる。共通しているのは、全員が同じ方向を向いているということだった。
首を傾げながら、入道もまた彼らと同じ方に首を向ける。
直後。
「――――はっ!?」
それは誰の口から上がった声か。
民家の間から這い出た大型犬サイズの蜘蛛の群れに、一同は驚愕を露わにする。胴の部分から女体の上半身を生やした蜘蛛は、そんな彼らを見て群がるように襲いかかってきた。
「ちょっ、待った待った!」
「うおおおおおっ!?」
ストラテジーエネミーを倒そうというメンバーだ。ここに集まっているプレイヤーたちは、アタッカーたちほどではないにしてもレベルが高く、場数を踏んでいる。
それでも動揺と焦燥の悲鳴があちこちから上がり、何人かがHPを大きく減らしていた。
突然の襲撃に、意識が追いついていないから――――だけではない。
それももちろん理由の一つだが、それ以上に単純な原因がある。
「だああ! くっそ、外皮固すぎ!」
「コモン術式はSANの無駄だ! こいつらの耐性抜くならアンコモン以上で殴れ!」
原因は至ってシンプル。襲ってきたエネミーのレベルが高い。
「
襲いかかる蜘蛛の頭部を斬り捨てながら、入道は疑念の声を荒げた。
シンボルエネミー【
各エリアの奥まった場所を陣取り、
つまりは、今回のように
入道の疑問はもっともで、応戦しながらも脳裏は疑問符で埋め尽くされている。その雑念によって被弾が増え、HPが削れる中。
「――――おおっと! これは大変、どうやら逃げた先にプレイヤーがいたようですねえ」
場違いなほど明朗な声が聞こえてきた。
「……!?」
目の前に手負いとは言えエネミーがいるにも関わらず、思わず視線を声の方へと向ける。
視線の先にいたのは、電灯を足場にして戦況を見下ろしている青年。裾が長い学ランをはためかせるその青年は、入道と目が合うと申し訳なさそうに肩をすくめた。
前時代的な不良のいでたちは、RTNでも名うてのプレイヤーのシンボルマークだ。彼の傍らにいる大きな目玉が動画撮影用のカメラだと気づくまで、さほど時間は要さなかった。
有名配信者。
彼を表す肩書きはいくつかあれど、入道の中で一番ウエイトを占めるものはそれではない。
プレイヤー・ヨシツネのフレンド。
自身の中で最も存在感がある肩書きを思い浮かべた時、彼の顔は引きつった。
(あいつ、まさかフレンドを使って……!?)
百面相をする入道を、青年――――猗々冴々は俯瞰の位置から見下ろす。一瞬だけ目を細めた彼は、すぐに表情を戻すと頬を掻きながら目玉型の使い
「えー、すいません。罰ゲームだった「
そう言うと、彼は手に持っていたソードオフ・ショットガンを構える。本来なら両手持ちで使うそれを、
銃声が高らかに響き、少し遅れて散弾を食らった蜘蛛たちがバタバタと崩れ落ちる。
(俺たちだって、これが褒められた行動じゃないことくらい承知の上だ)
混乱のるつぼにある戦場を見渡し、多少の罪悪感が胸を突く。だが、猗々冴々は迷わない。
「それでも、彼女と戦うのはあいつが先だ。悪いが、足止めさせてもらうよ」
マイクに拾われないよう小声で呟いてから、引き金に手をかける。
ほぼ同時刻。
少し離れた場所で、戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます