とある配信者の喜びと企み

(……ん?)


 AM一時。手元に置いていた端末が、小さな振動音を立て始める。プレイ動画の解説を兼ねて雑談配信をしていた剣崎けんざきあさひは、画面から目を離して端末を一瞥した。


「あー、ここのプレイはコメントで疑問の声が多かったところですね。砂なのに前のめりで動きましたが、舐めプのつもりはないですよ~。近くに潜んでいた対戦相手が接近戦に不得手そうだったので、膠着状態を打開するためにあえて白兵で攻めに行った感じですね」


 振動数の少なさからメールと判断し、トークを続けながら並行して思考を走らせる。


(雑談枠だし……燃料投下サービスになるか)


 これがコラボ配信中なら、相手方にも失礼なので終わるまで放置する。

 しかし、雑談配信を見に来るような視聴者は、剣崎旭というゲーマーのプレイより、剣崎旭が演じる配信者・猗々冴々というキャラクターに重きを置いている層だ。そしてそういう手合いは、個人差はもちろんあるものの、日常プライベートが垣間見える瞬間を面白がる傾向にあった。


 そのプライベートに他の配信者が関わっているなら、組み合わせ(カップリング)妄想をはかどらせ。

 視聴者も知りえないような誰かなら、相手が誰かを面白おかしく議論する。

 それを嫌がる配信者もいるが、旭は気にしない方だ。

 実害が出ない範囲でなら、いくらでも娯楽の種を提供するのがエンターテイナー。それが、職業配信者・剣崎旭アーサーのスタンスである。


「あ、すいませーん。ちょっとメールが来たのでストップしますね」


 断りを入れつつ、動画の停止ボタンを押す。


〈誰だろ〉

〈じゅうにしニキ?〉

文々ぶんぶんさんかも〉

〈配信者ならこの時間にメール送らないだろ〉

〈リア友?〉

〈彼女かも〉

〈アーサー様に恋人なんていません(怒)〉

〈夢女自重〉


 予想通り、コメント欄は相手が誰かで盛り上がり始める。

 本格的に揉め事を起こされるのは困るが、旭は自分にとって利にならないだろう相手を嗅ぎ分けることに長けていた。ざっとコメントを見渡し、早急に通報をしなければいけないような視聴者がいないことを確認する。

 そうなれば、後は良い反応リアクションをしてくれる視聴者たちを楽しむだけだ。内心で笑みを浮かべつつ、旭は武骨なアバターと正反対のすらりとした手で端末を手にとる。そのまま所作を魅せるように画面を見たが、その送り主を見て軽く目を瞬かせた。

 そして、やや恐る恐る、といった風情でメールを開き。


「……へえ」


 涼しげな口元に、先ほどよりも深く、いっそう楽しそうな笑みが刻まれた。


〈えっ〉

〈なにそのリアクション〉

〈彼女かー???〉

〈耳が孕む〉

〈マジで彼女説あるな〉

〈夢女涙目〉

〈今配信してない配信者誰だよ〉

〈アーサーさん誰からだったんです?〉


 旭の意味深な反応を聞き、コメント欄はさらなる盛り上がりを見せる。

 予想がいくつか飛び交っているものの、あいにくとその中に正解はない。

 完全な答え合わせをするつもりはないが、これからやることのため、そして視聴者へのサービスのために、旭は正解を一部だけ開示した。


「お待たせしましたー。今、リア友からメールがありまして。ほらこの前、文々さんとRTNのコラボ配信するはずだったのに、俺のガバで企画変更したじゃないですか。それのお詫び配信とかしないのかって言われちゃいまして」


 そんな旭の言葉を受けて、疑問を提示する者、それに答える者、そのリア友に賛同する者、リア友に対して非難的な意見を寄せる者と、コメントが色とりどりに染まる。それら多種多様の意見をまとめ上げるように、配信者あさひは鶴の一声を放った。


「夜遅くまで配信聞いてくれるような視聴者ファンが集まってることだし、せっかくだからここでアンケートでもとろうかなーって思うんだけど。みんなはどう思う?」


〈やったぜ〉

〈アンケートはよ〉

〈何するんですか!〉

〈またRTAやってほしいな〉

〈フレ募集して〉

〈じゅうにしさんといちゃいちゃ配信希望〉

〈腐女子自重しろ〉


 バラバラだった視聴者コメントは、その一言で瞬く間に同じさんどうに偏る。

 それに応えるようにアンケートを準備しつつ、先ほど送られてきたメールを確認する。


 悪かった

 From:ヨシツネ

 To:猗々冴々

 腹くくった

 都合が良いことを言ってるのは重々承知だ

 でも、できればお前に手助けしてほしい


(もちろんだとも親友ヨシツネ。お前は逃げないって信じていたからな)


 剣崎旭は、自分の容貌が人より優れていることを自覚している。

 猗々冴々は、自分が同業者の中ではいわゆる人気者であることを理解している。

 その事実は、己の見てくれや肩書きにしか興味がない者を引き寄せることもまた、彼は十分に熟知している。同時に、そんなものを全くに意に介さず、剣崎旭というただの男に好感を示し、剣崎旭という個人のために骨を折ってくれる者がこの世にはいることも知っていた。

 残念ながら、その数は少ない。

 だから、友人知人は多けれど、剣崎旭にとって親友と呼ぶような相手は一握りだ。


 そして剣崎旭は、そんな親友のために骨を折ることをいとわない。

 そんな数少ない親友からの頼みに頬を緩めながら、用意していた四択を配信画面に流す。それを見てコメント欄が賑わうのを横目に、返事をすべく端末を手にとった。

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