武器屋フェルリエラにて

 チヨダエリアにあるアキハバラ電気街は、RTNの中でも一風変わったマップだ。


 現実リアルでは今も昔も同人誌を販売している店が、RTNでは汎用コモン術式を覚えられる魔道書アイテムの販売場所。有名な食べ物屋では、回復アイテムが購入できるようになっている。

 その一方で、コスプレグッズ専門店には展示物を着せたマネキンに扮した呪い人形ホラー・ドール。家電製品を扱う店では、家電に憑依した騒霊ポルターガイストなど。様々な呪物属性カテゴリーのエネミーが出現した。


 つまりは、安全地帯とそうでないエリアが同じ建物内に混在しているマップなのだ。

 事前知識がないとアイテムショップを見落とし、あるいはエネミーが出る場所と知らずに無警戒で突入してしまう。フィールド内を多く占めるのが雑居ビルや商業施設といった施設複合型の建築部なのも、ややこしさの一因になっていた。


 誰が呼んだか、初見殺しの電気街。

 そんな電気街にある雑居ビルの一つ。

 一階から最上階の手前までエネミーが出没する、このマップでは珍しい部類に入る建物、その最上階に一軒の店があった。


 名は『フェルリエラ』。

 イタリア語で「鍛冶場」を意味するその店は、名が体を表すように鍛冶場で作られるもの――すなわち、武器を扱っている。他の同種店舗より定休日や不定休が多いものの、品揃えも質もRTN内でトップクラスに食い込むほど充実しているのが特徴だ。

 その分値段は高く、また、店に辿り着くまでに戦闘をいくつかこなす必要があることから、初心者はおろか中級者でも軽々に足は踏み入ることはできない。それでも、『フェルリエラ』の世話になり、かの店の武器を使いたいと思うプレイヤーは数多く存在する。

 それだけの価値と魅力が、『フェルリエラ』の武器にはあった。


 そんな『フェルリエラ』を営む女主人・四月一日わたぬきが、NPCではなくプレイヤーだと知る者は意外と少ない。彼女をプレイヤーだと知る者も、その人となりに関しては詳しくない者がほとんどだった。


 サービス開始時からの古参プレイヤー。

『フェルリエラ』の女主人。

 術式使い系統のスタイルの中でもチート級と呼ばれるレアスタイル【裁定者ルール・トーカー】取得者。


 肩書きばかりが先行し、それ以外は謎に包まれている。フレンド申請もあまり受けつけず、プレイングもソロが主体と、関わろうと思ってもその機会に恵まれないというのもそれに拍車をかけていた。

 数少ないフレンドに聞いても、「あいつは一匹狼気質だから」と詳細を話そうとしない。それがまた新たな噂を招き、どういう人物なのかを曖昧にしていた。

 ただし、多くのプレイヤーの間で見解は一致している。

 女主人としての彼女と出会い、やりこみプレイヤーとしての彼女と出会った者は、堅気と思えない雰囲気を魅せる四月一日という女をこう称した。


 ミステリアスな強キャラ、と。

 そんな評を耳にするたび、四月一日の人となりを知る者は微笑ましい顔をする。



 ちりんと鈴の鳴る音SEを響かせながら、木製の扉を開いた。

 ランタンの明かりで仄明るい店内が目の前に広がり、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。相変わらず伝奇漫画みたいな雰囲気の店だなと思いつつ、カウンターの方を見た。


「いらっしゃい。……おやおや」


 カウンターの椅子に腰かけて読書していた赤髪の女が、ドイツ語表紙の本から顔を上げる。眼帯に隠されていない金色の右目が懐かしそうに細められた。


「久方ぶりに見る顔だ。ようこそ退魔士殿、僕の工房『フェルリエラ』へ」


 仰々しい挨拶とともに、女は椅子から立ち上がった。

 黒い男物のスーツに包まれた、すらりとしていながらも出るところはしっかり出ている体のラインがよく見えるようになる。大人びた顔立ちもあいまって、とてもじゃないが中高生プレイヤーとは思えない。一見の客はほぼ十割の確率でこいつをNPCだと間違うらしいが、それも致し方ないだろうと再認識した。

 まあ、プレイヤーの初期デフォルト衣装が制服だし、店売りの防具も制服だからな。

 この黒いスーツが、制服を魔改造した代物だとはなかなか思うまい。

 閑話休題さておき


 目の前の女は、例え女性慣れしていたとしてもドキリとするような容貌ビジュアルをしている。店内全体の雰囲気もあいまって、どこか人ならざるものの色香さえ感じられた。

 だが、それも中身を知らなければの話。


「相変わらず中二病ロールプレイしてんな、お前」


 他に客がいないことを確認してから口を開けば、女は小さく頬を膨らませた。


「むぅ。君は店に来るたび、意地悪なことを言うのだね」

「そりゃあ、来るたびにコスプレしたマネキン斬らなきゃいけないからな」

「マネキンに好かれる君が悪いのだよ。僕のせいじゃあないさ」


 そう言って、拗ねたように視線を逸らす。

 口調は変わらず大げさな感じだが、雰囲気はかなり変わった。

 退魔士プレイヤーを意味深な言葉と妖しげな雰囲気で翻弄する、NPCめいた女はいなくなる。代わりに現れたのは、芝居がかった口調で喋る生きた人間プレイヤーだ。


 こいつの名前ハンドルネームは四月一日。

 アーサーと同じく、別のゲームから付き合いがあるプレイヤーだ。

 見ての通りのロールプレイヤーで、どんな時でも基本的にロールプレイを続行する。

 演技を演技ロールプレイだと感じさせないくらいには演技力が高く、醸し出す雰囲気にも妙な貫録があるせいか、伝奇ものにありがちなミステリアスNPCと間違える奴も多い。プレイヤーだと知っている奴も、大体は四月一日のことをミステリアスな強キャラと認識していた。

 実際、レベルも高いし異様にデータ勘が鋭い。

 四月一日は一度はまったゲームはとことんやりこむタイプのプレイヤーだ。特にRTNはPVが公開されたあたりから目をつけていたこともあり、トップランカーというものがあるなら間違いなくそこにカテゴライズされるだろう。

 そういう意味では、四月一日は間違いなく強キャラだった。


 だが、一皮剥けば俺以下のコミュ力を誇る人見知りの中二病が現れる。

 親しくない相手にはロールプレイしていないと会話ができないという徹底さで、フレンド数は辛うじて二桁の俺よりもさらに少ない。本人は「頂に立つ者は孤高なのだよ」と言っているが、それがただの強がりなのはフレンドの間じゃ周知の事実である。

 ソロプレイで事足りると、必要に迫られてフレンドを増やすってことがないからな……。

 ブーメランじゃないかって? ほっとけ。


 中二病の度合いは、まあ、うん。

 見た目や言動もさることながら、「エネミーが出る建物の最上階に店を構えている方がかっこいい」という理由でわざわざ最上階だけ買い取ったあたりで察していただきたい。

 確かに危ない場所に店を構えるキャラって、なんか強そうだし貫録もあるけどよ。

 閑話休題さておき


「武器の強化を頼みたいんだけど」


 アーサーと違って行動範囲が被らないし、武器の修理はよほど破損していない限りこいつに頼まない。高い金とるからな、こいつ。守銭奴とかそういうのじゃなく、腕に対しては相応の対価が支払われるべきだとかいう面倒くさい理由で。

 だから、四月一日とゲーム内で会話するのは半月ぶりになる。

 もう少し話をしてもよかったが、逸る気持ちがそれを許さなかった。


「ああ、いいとも」


 雑談もそこそこに本題を切り出せば、四月一日は口元に笑みを浮かべた。


「そろそろ商談の話に移ろうか、退魔士の少年」


 スイッチをオンにしたようにがらりと雰囲気が変わる。


「夜を駆ける討ち手、夜の力を借りて夜を狩る者。君はこの店に何を望む?」


 口にするのは、NPCの常套句。

 まるでリバーストーキョーに本当にいる人物のような佇まいで、俺の願いを問うた。


 強キャラロールプレイをしていたプレイヤーはもういない。

 代わりに現れたのは、己の仕事に譲れぬ芯を持つ一人の職人だ。

 夜魔の眷属と戦う百戦錬磨の退魔士プレイヤーに、AIに刻まれた行動原理と誇りをもって毅然と対応するNPCプロの如き雰囲気が、今の四月一日からは漂っている。それが演技ロールプレイだとわかっていてなお、圧倒されるだけのものがあった。


 卓越した切り替え術オンオフと、堅気プレイヤーには出せない貫禄。これこそが、四月一日がNPCだと誤認され、ミステリアスだと思われる一番の理由である。

 内心舌を巻きながら、インベントリから銀色のトランクと、禍々しい黒色こくしょくをした棒を取り出す。それらをカウンターに置いてから、腰に吊るした二対の鉈をさらに載せた。


「一千万と、ミナトクエリアの隠しレイド【青山霊園セメタリーのがしゃどくろ】のレアドロップアイテム【骨の王の黒剣スケルタル・ダーインスレイヴ】だ。これで雷光の角アステリオスを強化してほしい」

「――――」


 雰囲気こそ変わらなかったものの、四月一日は驚いたように目を丸くした。

 それもそうだろう。俺が提示したのは、売価が高い『フェルリエラ』でも滅多なことでは取引されない金額と、滅多なことでは入手できないレア素材だ。

 それらをしばらく眺めた後、四月一日はゆっくりと口を動かす。


「これは『フェルリエラ』の女主人としてではなく、友人の四月一日として聞くのだけれど。大枚をはたき、虎の子を引っ張り出してまで何を倒しに行くんだい?」

「好きな女の子」


 即答した。

 畳みかけるように、二の句を紡ぐ。


「【朔のルー・ガルー】を倒す。そのために俺の武器あいぼうを強化してくれ」


 それが、一週間考えた末に出した結論だった。


「……一週間前から、朔に現れる人狼を倒さんとする者が現れたという噂を耳にしていてね。かの人狼を慕う君はどう動くものかと、予想を巡らせていたのだけれど。なるほどなるほど、君はその選択を選ぶのだね」

「ああ。好きな女の子の結末を、他人任せにはしない」


 前向きに考えても後ろ向きに考えても、結局は俺の自己満足で。

 やってもやらなくても、後悔するというのなら。


「俺は、やって後悔する」

「そうかい」


 俺の真剣な言葉に、四月一日は深く頷いてみせた後。


「よろしい。『フェルリエラ』の女主人として君の武器を鍛え、一人の友人として預かった君の武器を最高の仕上がりにしてみせようじゃあないか」


 整った面立ちに、頼もしい笑みを浮かべた。


「その代わり、決行の日は是非とも見学させてくれたまえよ」

「来るなって言っても絶対来るだろお前……」


 頼もしい笑顔が一転して、ニヤニヤとした愉悦スマイルになる。

 顔はいかにも楽しい見世物だと言わんばかりだが、ロールプレイしている本人は表情ほど性悪な性格はしていない。むしろ小心者で心配性だ。

 それがわかっているからこそ、俺は小さく溜息だけをついてみせた。


「捕捉されない場所にしろよ」

「もちろんだとも。恋する少年の大勝負こくはくを邪魔するほど、野暮じゃあないさ」

「いつぞやの駅迷宮ラビリンスのミノタウロス戦みたいなドジはごめんだからな」


 レアスタイルの取得に浮かれた四月一日に誘われ、アーサーも入れた三人で臨んだボス。

 固有能力の性能チートさにテンションを上げすぎた四月一日が途中でガス欠になり、後半はほぼ俺とアーサーで戦う羽目になった日のことは、今でも俺たちの間で語り草となっている。やらかした本人にとっては黒歴史以外の何物でもないが。


「……それもうだいぶ前のことじゃん! そろそろ時効にしようよ!」


 いきなり黒歴史で刺された四月一日は案の定、素の口調で反論してきた。

 このギャップに可愛げがあるから、人目があるところはキャラ付けを守ってやろうってなるんだよな。そんなことを考えつつ、両腕を振って怒る四月一日を宥めにかかる。

 大人びた皮の中身は、打って変わって実に子供っぽい。


 それでも、俺は自分の武器を預けたことを不安に思ったりはしない。なぜなら、相棒たる双剣・雷光の角アステリオスを造ったのは他ならぬこいつなのだから。


 覚悟は決めた。

 信頼できる友人に協力を仰ぎ、信頼できる武器屋に相棒を託した。

 あとは、その日が来るまで俺自身を研ぐだけだ。

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