第10話

(どうしてこんなことに…?)


 最近余りにも災難が多すぎるのではないだろうか。情報屋のキツネは独り言ちる。


 自分までいつの間にか主の岬の抗争に巻き込まれかかっている、いや既に巻き込まれている。“永世中立”“なるたけフリーライダー”がモットーだったはずの自分だがこの状況は到底冗談では済まない。そしてそれもこれも全部ハーブ神父の所為としか思えない。


 あの男は金払いがいいし上得意ではあるが、最近は昔馴染みに付け込んで無茶な注文が多すぎる気がする。今となっては笑い種だが“蛇”の身辺を探るのだって気が気ではなかった。あの時は安請け合いせずに特急料金に加えて危険手当もきっちり50%上乗せしておくべきだった。


 そんなことを考えていると頭上を銃弾が通り過ぎていく。再度肝を冷やした。


「おいおい。後が詰まってんだ。ネズミ一匹さっさと狩られてくれねえか?」


 その言い草にキツネは流石にカチンと来た。自分にも裏社会に生きる人間としての矜持がある。


「テンガロンハットにガンベルト…カウボーイ気取りかい?時代錯誤もいいとこだね」


「そうさ、イカしてるだろ?特にこのリボルバー」


 あまり挑発の効果はなさそうだった。キツネは心中で舌打ちする。


「この世には二つの銃しかない…リボルバーかそれ以外ってことさ。さあて…出てこないならこっちから行くぜ?」


 言い終わるや否や、破裂するような複数の銃声が一度に重なって聞こえた。


「ッ……!?」


 肩の辺りに熱を感じ咄嗟に左手で庇う。かすり傷ではあるが、血がとめどなく流れてくる。 


(跳弾を利用して物陰を狙った…?!)


「BINGOか!ハハッ!BINGOだろう!?でもまだ生きてるよなぁ!?そうじゃなきゃつまらねえからなぁ!?」


 男は楽し気にケタケタと笑った。キツネは忌々しくも男の銃の腕前を認めざるを得ない。キツネは懐のデリンジャーをそっと手のひらの中に忍ばせた。


「なあ…俺がどうしてジ・エンプティって二つ名で呼ばれているか分かるかい?」


 キツネは決死の覚悟で物陰から転がり出ると標的目掛けてデリンジャーの引き金を引いた。


 足に二発、狙い通りに当たった。だが男の表情は微動だにしなかった。


(嘘だろ!?)


 通常であれば行動不能に陥るはずだ。だが、男がリボルバーを再度構えるのを見てキツネは慌てて再度物陰に転がり込んだ。


「アハハハ!驚いたろう!“ジ・エンプティ”は痛みを感じねえんだ!」


 甲高い笑い声。


「むしろ撃たれれば撃たれるだけアドレナリンが俺に高揚感をもたらしてくれる…戦場でなければ生きられねえ修羅のガンマン…それが俺だ!エンプティだ!」


 空の薬莢が地面に落ちる音がする。


「だが、俺も生まれた時からこんな身体だった訳じゃねえ…」


(過去話までするのかよ…)


 よく喋る相手だ。とキツネは思った。


「俺のいた組織はかの大蜈蚣のカチコミに挑み…そして失敗したのさ…目の前で味方とボスを輪切りにされて震える俺の手に渡されたのはリボルバー…そしてかの傑物ファザー・ハガチは言ったんだ…『おいお前、ロシアンルーレットを知ってるか…?』ってな。5回自分で引き金を引いたら殺さずに帰してやるって言うんだ…ははっ…最高にクレイジーだろ?」


 男は恍惚と興奮のためか、微かに声が震えていた。


「一回、二回、滴る冷や汗…生きた心地がまるでしなかった…カチリとなる撃鉄の音はまるで死神の足音さ…四回までしか俺の記憶はねえ。そして五回目の撃鉄…暗転ブラックアウト…そして俺の頭蓋にはその時の銃弾がまだ残っている…」


 その時のことを思い出しているのか、男の声に感慨がこもる。


「俺はあの時のスリルが忘れられねえ…銃声の鳴り響くこの世界が俺の住処だ…そう!”ジ・エンプティ”はあの時生まれたのさ!」


「…くだらないね」


 キツネの吐き捨てるような言葉に瞬間、静寂が訪れた。


「…なんだと?」


 恐ろしく冷え切ったジ・エンプティの声音。それに関わらずキツネは淡々と続けた。


「…あんたは結局その時の恐怖を克服できていないのさ。軽率な道化の振りをしていないと自分の自尊心が保てないんだ」


「へえ?」


「未だにリボルバーに執着してるのが動かぬ証拠だろ?あんたにとってリボルバーってのは理不尽な力の象徴。だからこそそれを自分の手の中でコントロール出来ていないと不安になる…どうだい?当たらずとも遠からずってところだろう?」


「…随分とご高説を垂れてくれるじゃねえか?」


「プロファイリングは十八番なもんでね」


「へえ…そうかい」


 ガシャと一度だけ乾いた金属音がした。装填される音。戦慄するようなリロードの速さだった。


「じゃあ、お前さんはその道化に縊り殺されるネズミって訳だ?」


 再度、複数の銃声。


 両手と両足に一発ずつ銃弾が命中し、キツネは声無き悲鳴を上げ地面に倒れ冷たい床にキスをした。


 フン…フン…♪


 ゆっくりと鼻歌交じりの足音がゆっくりと近づいてくる。手許にあったデリンジャーは取り落としてしまい今は絶望的に遠い。


 ブーツの踵が床をキックする音がキツネの眼前で鳴った。目の前でウエスタンブーツの拍車スパーが勢いよく回る。


「さて、と…お前の遺言ラスト・リクエストはなんだ?ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界ホワット・ア・ワンダフル・ワールド』か?」


「悪いけど…」


 キツネは最後の矜持を見せんとばかりに上体を起こして無理やり壁に寄りかからせると息も絶え絶えに言った。


「…オールディーズは年寄り臭くて趣味じゃないね」


 ははっと乾いた笑いが響いた。


「…音楽の趣味も合わねえと来た。じゃあな、地獄で待ってろ」


「…死ぬのはお前さ」


「あ?」


 キツネはゆっくりと空の右手で銃身を形作るとそれをエンプティに向けた。


「ははっ…!おいおい…笑わせてくれるなよ兵隊さんごっこか?!」


「…POWバン


 直後、火薬が破裂する音。


 それはエンプティの心の臓の辺りを貫いていた。


「嘘…だろ…?…」


「き、キツネさん!だ、大丈夫ですか!?」


 エンプティはその場で膝から崩れ落ちた。


 暗転する意識の中、エンプティは明滅する視界に自らを撃った少年の存在を認めた。手と声が震えている。見るからに照準も覚束ないような素人だ。


 入口に真っ直ぐ背中を見せる射線に…いつの間にか誘導されていた…?


「怒りは視野を狭くする…」


 そう言って再度、キツネは笑った。だが今はその笑みがジョーカーのような不吉さを帯びているようにエンプティには見えた。


「あと…オイラはネズミじゃなくてキツネさ」

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