第9話

 ギィン


 ガァン


(…疾い…)


 力任せに両手のハチェットを振り回しているだけに見えて、その実反撃の隙は微塵も与えられない。まるで輪舞ロンドのように流麗な連撃。


 距離を取ろうとしても獲物を追い詰めるが如くすぐさま距離を詰められる。


「…うふふっ…!!あはぁっ…!!」


 その紅潮した表情はまるで殺人そのものが淫楽であるかのように生々しく艶やかですらあった。それに伴い打撃の回転と手数は右肩上がりに上がっていく。


 ジュージは客間の椅子を足に引っ掛けるとマコ目掛けハイキックの要領で投げつけた。


 突進と共に両手のハチェットで砕く。マコの動きに迷いはなかった。


 ジュージは同様の要領で次々と椅子を投げ付けた。マコがそれらを破壊する時間を稼ぐことで、ようやく一息つける間合いを確保することが出来た。


 ジュージは裏世界のこういった類の人間と対峙するのは初めてではない。


 しかし、快楽殺人者とプロの暗殺者はそもそもからして全く違う。組織は規律によって統治される故、逸脱を嫌うのだ。快楽としての殺人とプロとしての殺しを両立できる人間はそう多くはいない。一種の天性と言えるものだ。


 それが故、一切の混じりけなく純粋培養されたが如き眼前の狂気にジュージは畏怖すら感じていた。


「…その細腕で随分と得物を自由自在に扱うものですね…どれほどの鍛錬を積んだのでしょうか」


「うふふ…よく言われるよ…でもね…マコはただ楽しいことをしてきただけ。What One Likes好きこそものの,One Will Do Well上手なれ…」


「獰猛な笑顔をする淑女レディーだ…フフ…牙を隠し切れていないですよ?」


 と、その時二つの声が同時に響く。


『何を遊んでんねん!/でるんだい!』


・ ・ ・


 別々の扉から同時に出てきたのはハーブとデカイ。


 二階の客間のフロアでジュージ、マコ、ハーブ、デカイの四人が丁度鉢合わせたとなった形だ。


「…随分とお誂え向きだねえ…主の岬ケイプ・オヴ・ロードの主戦力が二人揃うとは…」


「なんやねんとうとうカチコミかいな…?静寂の耕地がいくらヤクザ稼業やからってなりふり構わんにも程があるやろゴリラ女?」


 デカイのこめかみにビキ、と音を立てて青筋が立った。


「ふ…ふ…二度言ったね…?…あたしのことをゴリラと二度言ったのはあんたが初めてだよ…」


 デカイはそういうと背中の巨大な榴弾砲を床に放ると特殊製の革グローブに包まれた拳を硬く握り込んだ。


「一度言った奴は…例外なく沈めてきたからね!」


 その巨体を少し沈み込ませたと思った途端、その巨体が視界から消えたと錯覚するほどの爆発的な加速度の踏み込み。


「…デカイ割に良く動く的やな!」


 ハーブはコルトパイソンを引き抜くとデカイの身体が向けて三発撃ち込んだ。


 が、デカイは躊躇いすら見せずにそのままの勢いで右フックを振り抜いた。


 間一髪、ハーブはスウェーで避けて事なきを得たが、拳が空を切る音の圧力は背筋を凍らせるには十分すぎるほどだった。


「チッ…!」


 着弾したデカイの服の繊維の表面は硝煙の煙が昇っていた。


(防弾チョッキ…)


「無駄だよ腰抜け、狙うならここさ」


 そういうとデカイは自らの脳天を指さした。ハーブはヒュッと短く口笛を吹いた。


「サービス問題やな…ヒントまで出すと後悔するで?」


「はっ!やれるもんならやってみな!」


 再度の突進、ハーブはデカイの脳天と足元のボディアーマーの隙間の可動部を狙う。だがヘッドショットは手甲に阻まれ、足の可動部を貫通するには火力がわずかに足りなかった。


「貧弱さ!もらったよ!」


「ご愁傷さんや…!手前が死ねェ!」 


 ハーブは今度はスウェーではなく内転する左拳の内側に一歩踏み込んでダックで躱しながら被せるように右腕を全力で振り抜いた。


 クロスカウンター。だがそれは間一髪デカイの頬を掠っただけだった。


「チィッ…!」


「…あたしの顔に傷をつけるとはやるじゃないか…でも悪手だったね」


 脳天に痺れるような危険を察知しハーブは右手を抜こうとした…が。


(…抜けへん?!)


 デカイがしたことは左上腕の筋肉を硬直させただけのことだった。それだけでハーブの右手は万力に抑え込まれた如くビクともしなかった。


「チェックメイトさ…覚えときなチンピラ…!あたしの趣味は…!」


 再度、地面が破裂するような踏み込みの音。レールガンの如き剛腕の右フックがハーブの顔面目掛けて放たれる。


「料理と菓子作りだ!」


「知るかボケェ!?」

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