第6話
「ええ…そう…首尾は良好ね」
静寂の耕地が所有する高層ビルの一角に設えられた教導師長室。一面の窓ガラスからは帝都が一望できる。
イチヨウがスマートフォンの通話を切り振り返るとそこいるのは側近のデカイとマコを含めて5人、異様な威圧感に一瞬気後れを感じるがイチヨウは笑みを顔に張り付けた。
「…さて、と。準備はいいかしらね?」
「あんたら!ボスが話すからよく聞きな」
「そうですよー、みなさん注目注目~」
そう言ったのは巨女、デカイ・“ザ・ギガント”と少女のような外観のマコ・“ザ・ヘッドスマッシャー”。デカイの肩までのブロンドは妖艶というよりライオンの様な野性味があり、歴戦の猛者を思わせる。マコは小柄な体に赤のポンチョにチェックのスカートとまるで“赤ずきん”を思わせる出で立ちだった。
デカイ、マコ以外にも一同に会した3人はそれぞれ二つ名付きで呼ばれるほどの傭兵、若しくは殺し屋だった。
「…じゃあ先ずはそれぞれ名乗ってもらおうかしらね、そこのあなたから」
イチヨウ・ミタニは傍の壁に寄りかかっているガンマン風の男を指さした。
「…カン・“ジ・エンプティ”だ…光栄だねえ…こんなヤバそうな奴らと一緒に仕事できるなんてよ」
カン・“ジ・エンプティ”と名乗った男は青白い肌に生気の無い瞳。口元にはどこか虚無的な笑みが浮かんでいるが、手元のリボルバーを見つめる視線だけはやけに鋭く、且つ、湿っぽい空気を帯びていた。
「…おい、あんたら二人もだよ。さっきからだんまりじゃあないか。名前くらい名乗りな」
デカイは窓の外を見つめている男と机の上に座る男に声をかけた。窓の外を見つめる男は白衣に銀髪、ところどころに赤いメッシュが入っている。男は窓から視線を外すこともせずにぽつりとつぶやいた。
「…キミタリ。キミタリ・”ジ・エヴァンジェリスト”」
「…
「…スキャロプス・”ザ・スキャッタード”…金で雇われる傭兵に素性を求める方がどうかしてる」
スキャロプスは机に猫背で座り込んだままぼそりと呟いた。黒の短髪に眼鏡。作業エプロンを無造作に着けただけの男は陰気そうに眼を臥せて口を開いた。
「なんだって!?一言多いんだよあんた!」
イチヨウ・ミタニは一連のやり取りをみながら内心でため息を一つついた。もとより癖の強そうな傭兵達を無事に御せるなどとは最初から思ってはいなかったが。
イチヨウは荒事と無縁とは言えない生き方をしてきたが、実際に裏稼業の人間と共に仕事をするのは始めてのことだった。イチヨウは気を取り直し胸を張った。
「それじゃ、そろそろ話を進めさせてもらうわ。これが相手側の戦力よ」
ばさと写真付きの仔細な経歴書を5セットずつチェアデスクの上に広げた。いずれも主の岬の精鋭たち、そこにはハーブ、サニーフィールド、シスターチヒロ達の姿があった。それを各々手に取る五人。
「今回の私たちの目的は私達
と、唐突に机の上に座っていたスキャロプス・”ザ・スキャッタード”が机から降りて早々と扉へ向かい、出て行く素振りを見せた。
「ちょ、ちょっとあなた!まだブリーフィングの最中よ!?」
「いらない、全て把握した」
「何を言ってるのよ…!ちょっと!?」
「敵地潜入への筋立ては既につけてある。俺は俺のやり方でやる」
それだけ言い残してスキャロプス・”ザ・スキャッタード”はぱたと静かに扉を閉めた。まるで取り付く島もない。
「~~ッ!一体なんだってのよ!」
「…おい、机の上見てみろよ」
カン・“ジ・エンプティ”が面白がるように机の上を顎で指し示す。イチヨウは憮然とした態度で机の上を見ると、驚きで思わずひゅっと喉が鳴った。
机の上の書類。その中の一枚の写真にいつの間にか机の上にあったペーパーナイフが半ばまで深々と突き立っていた。
写真の男はジュージ・ヨルムンガルド。裏世界では有数の豪傑ファザー・ハガチの擁する暗殺精鋭集団“
「…“こいつは俺のもの”…だって?呆れた餓鬼の言い草だね…」
「でもマコ、気持ちはわかるなあ。こんな綺麗なお顔してるんだもの。痛みに歪む表情とかとっても見てみたい…」
イチヨウはマコのにっこりと笑んだ凄絶な横顔を見て肝を冷やした。少女のような外観と秘めたる残虐性の
「それじゃ、スキャロプス・”ザ・スキャッタード”が口火を切る。その混乱に乗じて俺達が突入する。そんなところだな」
「そんなもの…!作戦とも呼べないじゃない!?」
エンプティはイチヨウの言葉を意に介さない様子でくくと喉を鳴らした。
「揃いも揃ってここまで
カン・“ジ・エンプティ”が愉快そうにデカイに同意を求めるとデカイは呆れたように首を横に振った。
「…勝手にしな、別にそれで構わないよ。あたしは絶対に負けないからね」
だが皆僅かに笑みを浮かべていた。命のやり取りをするというのに、どこまでも楽しそうに。キミタリだけは依然として心ここに在らずといった様子で窓の外を見つめるだけだったが。
(結局…どいつもこいつも命令なんて聞きやしない…)
イチヨウは机の上に直角に突き立ったペーパーナイフに手を触れた。それらは初めから一体のものであったかのように押しても引いてもビクともしなかった。
(ペーパーナイフを木目の机に…?全くの無音で…?)
その異様な事実に、イチヨウは改めて背すじが冷える思いがした。
・ ・ ・
「あら、御機嫌ようミス・シノブ!」
ベンチに座って煙草を吸っているところを背後からコトリに声を掛けられたシノブ・トキワは胸元にロケットをしまうと気怠そうに手を振って見せた。背後を振り返るとシスターチヒロとイサキが玄関に向かって通り過ぎていくのが見えた。学校からの送迎帰りなのだろう。
「どうして中庭にいらっしゃるの?煙草なら館内でお吸いになればいいのに」
シノブは苦笑した。
「…あのお目付け役のシスターがうるさいんだよ。あんた方お嬢様に悪影響だってさ…さっさとあっちへ行きな」
「あら、そうなの?ミス・シノブは子供はお嫌いなのかしら?」
出し抜けに問われたことでシノブは怪訝そうな顔をした。
「…一体何を急に…」
「チヒロがそう言ってたの、私やイサキのことを邪険にするからって…あっ私はそんな風には思ってないんだけど」
シノブ・トキワは面倒そうに髪をかき上げつつ答えた。
「…別に嫌いってわけじゃないさ…ただ縁がないだけで」
そう答えるとコトリはぱっと笑顔になった。
「やっぱりそうよね!なんだかそんな気がしていたの。ミス・シノブはぶっきらぼうなだけで決して子供をお嫌いな訳じゃないんじゃないかしらって。そのロケットの中のお写真も…きっとシノブの大切な人なのよね?」
まさか中身まで見られていたとは…内心でどことなく決まりの悪さを感じつつ一吸いした煙草の煙を吐きつつシノブは答えた。
「…娘だよ、今はこの帝都に住んでいる」
「あら」
「…でももう二度と会うこともないだろうね」
シノブは自分の両手を見つめた。
「…裏稼業から足を洗うことも出来ないような出来損ないの母親さ…会う資格も、ない」
過去の悔恨が頭をよぎるのか、自然とシノブの声も沈んだ。
「…ミス・シノブはその子のことを心から愛してらっしゃるのね」
シノブは思わずコトリの顔を見た。
「…何を言って…」
「…私、最近思うの。サニーフィールド神父もハーブ神父もジュージさんもチヒロも、皆武器を持って戦っている。きっと私が知らないような酷いことも…しているのかもしれない…。それでも、私は誰かを守るために戦っているあの人達のことはとても誇りに思っているし、心から尊敬しているわ。…
コトリの笑顔に一瞬娘の面影が重なり、シノブは煙草を取り落としそうになった。
「だからシノブもそんな風に卑下することはないわ。お嬢さんもきっと頑張っているシノブのことを誇りに思ってくれているはずよ」
余りに屈託のない物言いに、嘲笑するのを忘れて呆気に取られてしまった。
だが、そんな罪のない純真さこそ、自分が娘に望んだものだった。それ故に汚れ仕事から足を洗えなかったシノブは自ら娘の元を去ったのだ。それだけに、胸が締め付けられる気がした。
「…………」
「ミス・シノブ?」
「…早く行きな…あんまり話し込んでるとあたしがシスターにどやされちまうよ」
「それもそうね、ふふ。それじゃあ御機嫌ようミス・シノブ」
コトリは笑顔で会釈をすると、館の玄関に元気に駆けて行った。
「全く…調子が狂うったら…」
程なく、地鳴りのような大きな物音が館内から響いた。
シノブ・トキワは煙草の火を消すと立ち上がった。
「…思ったより派手な“ご来客”さね」
その眼光は戦場を前にした兵士の如く、深く沈んでいった。
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