第7話

 暗い地下道で三つの話し声が聞こえる。主の岬の下水の側道をデカイ、マコ、エンプティは三人で歩いていた。


「ねえどれだけ歩くの~?さっさとエンカウントしたいんだけどなあ~…ねえデカイちゃん?」


「…本名で呼ぶんじゃないよ、仕事中は”ザ・ギガント”だ」


「え~?どっちも一緒じゃない?」


「あんただって”ザ・ヘッドスマッシャー”って呼ばれてるからにはそれ相応の矜持なりある訳だろ?」


「ええ~?マコわかんな~い、二つ名って勝手に周りが付けるんだもん。マコは自分が”スキなこと”やって生きてるだけなのになあ」


 デカイはフンと鼻を鳴らした。


「着いたよ」


 エンプティは眉をしかめた。どう見ても行き止まりだった。訝し気に壁に手を当て、拳でノックしてみるが重たいコンクリートが詰まった音がするだけだった。


「…なんだこりゃ…行き止まりじゃねえか?間違えたか?」


「いいや、ここで正解さ」


 そう言ってデカイが背中に担いでいた巨大な荷物を組み立て始める。そして…5分も経つとその場に出来上がったのは…台のない榴弾砲りゅうだんほうだった。


 エンプティは冷や汗を垂らし後ずさりした。


「…おい…おいおいおいおい…?生身の人間がそんなもん扱える訳ねえだろ…反動で身体が吹っ飛ぶぜ?」


 それに対してデカイは不敵に笑ってみせた。


「…巨人”ザ・ギガント”の二つ名は伊達じゃないってことさ…良く見とくんだね坊や?」


 ・ ・ ・


 ズ…ズン… 


「おっと…地震…ですかね…?」


 サニーフィールド神父の書斎で書類仕事をしていたウィステリオは急な地鳴りに呑気に声を上げた。


 それに対してサニーフィールド神父の行動は速かった。眼鏡を外すと机の引き出しの中からベレッタ一丁と弾薬を机の上に出し、壁に掛けてあったライフルにも手を掛けた。


「…サニーフィールド神父…?なんでライフルを持ってるんですか?」


「…ウィステリオ、イサキくんとオヤマくんの保護が最優先だ。見つけ次第隠し通路へ向かってくれ。若しくは敵がいたらその時は…分かるな?」


 そういってベレッタを差し出してきたサニーフィールド神父の顔は表情こそいつものように穏健だったが、醸し出される雰囲気はまるで別人のようだった。


 差し出されるままにベレッタを手に取るとズシリと金属の重みがした。恐ろしく現実感のある重さだった。呆気に取られているとサニーフィールド神父はふ、と笑んで言った。


「…ウィステリオ、我々が銃を取るその理由がわかるかい?」


「え…?」


 『信徒を守る』ためだろうか…?でも言われてみれば…ちゃんと考えたことはなかった気がした。


 ハーブ神父には『信徒を守る』という理由がある。サニーフィールド神父にもシスターチヒロにもきっとあるだろう。ジュージさんもイサキさんという掛け替えのない人のために刃を振るっている。


 でも…自分には?その理由があっただろうか?銃を持つ資格は?あっただろうか?


 得体の知れない心細さを感じ始めた時、サニーフィールド神父の手が頭の上にぽんと置かれた。


「サニーフィールド…神父?」


「こんな土壇場に難しい質問だったね…だが、ウィステリオ…君にもいずれ向き合う日が来る…我々が奪う命の代価は決して安くはないのだから」


 それだけ言い残すとサニーフィールド神父はいつもの笑顔で足早に部屋から出て行った。


「…急にそんなこと…言われたって…」


 ウィステリオの独り言は空しく受け手のいない一人の部屋に響いた。


・ ・ ・


「あら…お客人?何の御用?」


 一人の作業エプロンを付け工具箱を持った男が玄関に姿を見せた。何度か館内で姿を見かけたことのある男だった。


「…コトリ・オヤマか?」


 男は足早に玄関から館内に入ってくるとコトリに接近してきた。


「え?私?」


 スキャロプスは大股の三歩でコトリに近づくと常人では目にも止まらぬ手刀を手早くコトリの首筋に打った。


「えっ…」


 コトリの身体が人形のように脱力するのをスキャロプスは抱き留めた。


「…何してんだいあんた」


 スキャロプスが振り返るとメイド服の女が玄関口に仁王立ちで立っていた。


「…ああ…この方が急に倒れてしまいまして…人を呼んできます」


 誰か余計な人間を呼ばれるのは面倒だ。この女は殺そう。スキャロプスはそう考えた。


 スキャロプスはコトリの身体を床の上に置くとシノブのいる玄関口に向かった。すれ違いざまに逆手に持ったナイフで頸椎から頭蓋骨を貫く。


 …はずだった。手許にはいつまで経っても骨と肉の感触が来ない。


 躱した…?


 咄嗟にナイフを持った手を半身ごと引くと、鋭い蹴りが通過していった。


 使用人の正装をしているから一瞬油断した。明らかに素人の身のこなしではない。


「…その染みついた血と臓物の匂い…油と溶剤の香りで誤魔化せるとでも思ったかい?甘ちゃんだね」


「…よく喋る」


 スキャロプスは工具箱を床に乱暴に落とした。

 

「お喋りな女は嫌いだ」


「そりゃ奇遇さね」


 シノブ・トキワは無数の投げナイフをばらりと懐から取り出した。


「あたしもあんたみたいな神経質そうな男は嫌いだよ」

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