第5話
ところ変わって、ここはイサキ・パディランドとコトリ・オヤマの通う教区内の学校。
午前、午後と授業参観だった今日の放課後。授業参観に来校した親と下校する生徒達が出始めた頃、コトリは授業参観に来たジュージと共にイサキの部活動の見学に来ていた。
イサキ・パディランドは真剣な面差しで張りつめた弓から矢を放つと矢は的の中心近くに突き立った。周囲からはおお、と感嘆の声が漏れ出る。
「イサキってばすごい!!!3本ともほとんど中心だよ!!!」
スコープを覗き込んでいたコトリは我が事のように嬉しそうに叫んだ。
「ありがとう。昔から目だけは良いんだ、私」
「お嬢様、お見事です」
その傍らにいたジュージ・ヨルムンガルドも嬉しそうに拍手していた。
「あ、ありがとうジュージ…」
そう応えるイサキの笑顔はどこか引き攣っていた。
それもそのはず、当に下校時間を迎えたはずのグラウンドの一角にはギャラリーが人だかりとなっていた。イサキがそのギャラリーをちらりと覗き見ると、その視線の先にはジュージ・ヨルムンガルドがいる。
イサキは今日一日でちょっとした気疲れを感じていた。
仕方のないことだとはイサキも承知している。授業参観に来た女性達の中に一人だけ歳若い長身の紳士が混じっているのだ。どうしたって目立つし、女子生徒達の話題に上がらない訳がない。
そんな訳で今日一日はそんなジュージへ熱い視線が集まることも、その影響でイサキにも視線を向けられることも自然と多かった。そしてそんな状況を当のジュージは今一つ分かっていないようで、執事のそんな鈍感さもイサキは不満だった。
と、グラウンドの一角に見覚えのある人影が現れた。シスターチヒロだ。平日の下校時間は護衛を兼ねて車で迎えに来るのだ。
「お嬢様方、御機嫌よう」
「チヒロ!」
コトリはチヒロの元へ駆けていく。
「シスターチヒロ!」
イサキはそれを見て天からの救いとばかりに安堵のため息を漏らしジュージにちらりと目配せをした。
「あの…ジュージ?シスターもいらっしゃったしそろそろいいんじゃないかしら…?」
「ああ、そうですね。本日はお嬢様の元気なお姿を見られるので少しはしゃいでしまいました。少し名残惜しいですが…今日は用事もありますので先にお暇させて頂きます」
ジュージは主人に向けて屈託のない笑みで応えると、お辞儀をして正門へ向かった。
「…ジュージの馬鹿」
そういうとこっそりため息をつくイサキだった。
・ ・ ・
コトリはシスターチヒロが車を出すのを正門近くのロータリーで待っていた。イサキももう少ししたら部室から戻り合流するはずだった。
コトリがベンチに座って鼻歌を歌っていると、同級生と思しき三人組に声をかけられた。
「こ、コトリ様!ご、御機嫌よう!」
「御機嫌よう!……え、『様』…?」
三人ともやけに緊張して強張った表情でいるのを少し不思議に思ったコトリだったが、そこに加えて様付けには流石に面食らってしまった。
「あ、あの…コトリ様!あの…イサキ様とあの殿方はどういったご関係の方なのでしょうか?」
「…は、はい?」
コトリが戸惑っていると三人はお構いなしに畳みかけてくる。
「だって!快活で愛らしいコトリ様とお綺麗なイサキ様のご存在だけでも神々しい雲上人のお戯れとして遠くから眺めているだに尊いですのに…!」
「そこに加えてあんな麗しい紳士の執事様がいらっしゃるなんて…!?学内でいまものすごい噂になっているんですのよ!?」
「あの従者の方とイサキ様の間にはただならぬ関係を感じましたわ…!!ひょっとして身分違いの禁忌の愛…!!学園に咲いた一輪のロミオとジュリエット…!!ああっ!!どういたしましょう!?」
「…え、ええっと……?」
神々しい雲上人…?自分がそう呼ばれることへの強烈な違和感に異論を申したい気持ちはあったが、言われてみれば確かにイサキもジュージも人並み以上に見目が良い。
そんな転校生とそれに付き従う長身の年若い従者。考えてみれば、若い女子たちの話題になるのも当然と言えば当然だった。
だが…今のコトリには決して譲れないものがあった。コトリは強い意思のこもった眼差しを向けて毅然として言い放った。
「それはないわ」
「え…!?」
「そ、そんなにもはっきりと…!?」
「な、なぜですの…!?」
コトリは悲壮なまでの毅然とした決意の眼差しを三人に向け、そして言った。
「何度でも言うわ…そんなことは絶対にありえない…少なくとも私の目が黒いうちは決して許したりはしない!」
「ゆ、許さない…!?」
「そこまでの決意で…?!」
「い、一体どうしてですの…?」
「ふっ…どうしてですって?…」
コトリは懇親のドヤ顔でもって思い切り右手を振りかぶり人差し指を突き立て、そして言った。
「なぜならば…あのジュージさんには既に魂の伴侶がいらっしゃるのよ!」
『な、なんですってーーー!?』
コトリは今度は私のターンと言わんばかりに畳みかける。
「そう…そしてその伴侶の名前は…ハーブ…!ハーブ・サブシスト神父…!」
場に稲妻のような衝撃が走った。
「え…し、神父様…?!」
「ひょ…ひょっとしてそれって…?」
「殿方でいらっしゃいますの…?」
コトリはなにを当然のことをと言わんばかりのしたり顔で応えた。
「ふっ…当然よ…男性は男性同士で愛し合って然るべきなのよ…!」
『キャーーー!!?』
三人組の女子たちは身を捩り、叫び声をあげた。そこにコトリは更に畳かける。ずっとコトリのターン!とばかりに。
「ここだけの話なんだけど二人は元々敵対する者同士だったの…それが今はすれ違い合いながらも情にほだされていきやがてなし崩し的に身体を重ね…そして今はお互いの気持ちを確かめ合っている最も大事な展開の時期なの…!どちらが受け攻めかは諸説あるのだけれどハーブ神父攻めで私の中ではCP固定されつつあるわ」
「せ、攻め…!!!?」
コトリは見悶える様に頭を両手で抱える。
「あああっ!?非番の日、館の中では一体何が繰り広げられているのかしら…!『おい、ジュージ。今夜こそは時間取れるんやろうな…最近釣れんやないかお前。お前の身体は俺が365日予約済のはずやろ?』『何を言うのですか…あなたと私は憎み合う者同士…こうして身体を重ねるのは仕方なく…あっ!?こ、こんなところで突然何を!?んむっ!?』『四の五のうるさい口や…でも“こっちの方”は存外素直やなあおい?ハハッ!』『くっ…!ち、ちがう!わ、わたしは……!ああっ!?』…っああーーー!?どうして私は人として生を受けてしまったのかしら…!いっそ二人の愛の巣の壁になれたらどれほどの…どれほどの僥倖がッ……!!」
「キャーーーーーーー!!?」
「だ、ダメーーーーー!!!そ、そんなの…!!!爛れているわ…!!!」
「コトリさん…!!!是非今度はもっと詳しくそのお話を…!!!」
「もちろんよ!今度イサキと一緒にお茶会をしましょう!その日はお菓子ととっておきの情報筋も用意しておくわ!」
「キャーーーーー!!!?」
「ハーブ神父×ジュージ様のお話が沢山聞けるなんて…!!?」
「楽しみですわ!!!」
この時キツネはまだ知らない。コトリが主催するお茶会に勝手に参列予定にされていることを。
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