ジルの暗殺に失敗した聖女、次なる手を企てる


「な、なんですって! 失敗したですって!」


 王国に戻ってきたエクソシスト達の報告を受けたアリシアは絶句した。吉報を持ち帰るとばかりに思っていたのでその落差からの落胆は大きい。驚きのあまり一瞬意味が理解できなかった。


「はい。申し訳ありません。聖女アリシア。我々としても全力を尽くしたのですが、相手の力が強大すぎ、命からがら逃げ出してきた次第でございます」


 エクソシスト達は報告する。


「どういう事なのよ! 高々一介のネクロマンサーを処分できないなんて! それでもエクソシスト(悪魔払い)なの! あなた達はプロじゃないの!?」


 アリシアは激昂した。その顔は美しさを保ってはいるが、清廉さは保てていなかった。醜いアリシアの内面を隠しきれてはいない。


「話を聞くとジル様はこの王国で多くのアンデッドを使役していたそうですね。それもたった一人で。恐らくは同時に何百体というアンデッドを使役していた事でしょう」

「それがどうしたのよ。街中アンデッドが闊歩していて薄気味が悪かったわ」

「通常のネクロマンサーであればせいぜい10体も動かせればいいところ。何百体も同時に使役するなど、はっきり言って規格外の化け物であります。そんな相手を相手にして処分しろなどあまりに無理な相談であります」

「……くっ。あいつ、そんなに凄い奴だったの。ただの薄気味の悪い根暗だと思ってたのに」


 アリシアは悔しそうに表情を歪める。


「それでは私達はこれで失礼します。くれぐれもお約束していた援助金はお支払いしますように。でないと聖王様の次なる慈悲は与えられぬやもしれませぬ」


 聖王国のエクソシスト達は去って行った。


「くそっ! 何なのよあの役立たず達! 金ばっかりむしり取って結局何も出来ずに! ちくしょう!」


 アリシアは髪をかきむしった。アリシアが援助する金は要するに税金である。何もアリシアが身を粉にして働いて稼いだ金ではないのだ。しかしそんな事はお構いなしで自分の金だと思い込んでいた。国民への申し訳なさも感謝も微塵もない。当然だと思っていた。聖女である自分に金を貢ぐのは当然だと。


 しかし落ち込んでばかりもいられない。生かしておけない人物はまだ生きているのだ。次なる手を企てなければならない。


「来たわね」


 三名の男達+一人の少女が入ってきた。彼らはヴァンパイアハンターである。


「へへっ。お初にお目にかかります。アリシア様。俺達がヴァンパイアハンターです」


 ヴァンパイアハンター。吸血鬼は強力なモンスターである。そのモンスターを討伐するハンターもまた強力でなければならない。専用の装備、豊富な知識、強靱な肉体。三拍子も四拍子も揃っていなければ吸血鬼を倒す事は困難なのである。


「殺して欲しい男がいるの」

「はい……どなたでありんしょう?」

「かつてこの王国ハルギニアの宮廷でネクロマンサーとして勤めいたジルよ」

「へぇ……まあ、ネクロマンサーを。構いませんが。俺達も当然慈善事業で働いているわけではないんですよ。それなりの見返りが必要なんですよ」

「くっ、わかっているわよ」


 金、金、金、金、金。人間はつくづく金ばかりである。何でも金である。だがそれが世の中というものだった。

 ヴァンパイアハンターはどこの国にも属していないフリーのハンターである。故により金銭に関してはシビアでもあった。


「前金で王国金貨50枚。成功報酬で50枚。いかがかしら?」

「前金で100枚。成功報酬で100枚。それ以外受け付けません」

「くっ……」


 足下を見やがってとアリシアは思った。しかし歪んだ表情を慌てて取り繕う。


「わかったわ。その金額で結構よ。必ずジルを殺してちょうだい」

「はい。わかりました。出来うる限りの事はさせて頂きます」

「あら。女の子もいるのね。ヴァンパイアハンターって」


 アリシアは見やった。赤とオレンジの中間のような、ヴァーミリオンとでも言えばいいのか。そんな色の髪と瞳をしていた。人間離れした美しい少女ではあったが、どこか素っ気ない。年齢は10代の前半といったところに見える。


「こいつはアルカと申しまして。ただの女の子じゃないんですよ」

「ただの女の子じゃない?」

「ええ。こいつはダンピールっていう、吸血鬼とのハーフなんですよ」

「ダンピール? この子には吸血鬼の血が流れているっていうの?」

「ええ。そうなんですよ。結局、蛇の道は蛇っていうのか。目にを目をっていうのか。吸血鬼を殺すには吸血鬼の力を使うのが一番いいんです」

「へぇ……」


 アリシアはアンデッドを薄気味悪い生き物だと思っていたが、アルカに受けた印象はそうではない。美しい。嫉妬してしまう程に。普段そう思うことはあまりないが、自分と同程度には美しいのではないか。アリシアですらそう思ってしまう程だった。


「何でもいい。私は仕事をするだけ。吸血鬼でも何でも、殺すだけ」

「そう。頼りにしているわ」

「ええ。じゃあ、前金を貰ったら俺達は準備して狩りに行きますわ」

「いってらっしゃい。吉報を待っているわ」


 こうしてアルカを含めたヴァンパイアハンター四人は目的地へと向かう。

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