第3話

 ――泣き疲れて寝るとか子ども……?


 翌朝、自分のベットから起きると頭がガンガンと響いていた。二日酔いと泣き過ぎが原因だろう。今日が土曜で良かった。土日は仕事が休みなのだ。


 だけど昨晩は、呑んで泣いて、タクシーに乗って、……それからどうしたんだっけ? 思い出せない。こんな大失態は人生で初めて。本当にいい歳して恥ずかしい。


 それにしても、阿部さんが送ってくれた?

曖昧な記憶の中に『鍵は?』と訊かれた声を思い出す。


「そうだ、鍵?」


 鞄の中にはない。玄関にもない。まさか差したまま? とも考え、解錠して扉を開き外側を確認するが鍵は差し込まれていない。だが扉を閉める時にポストから金属音がしたのを聞いてポストを見るとそこに入っていた。


 と言う事は、


 阿部さんが送ってくれ、鍵を開け、私をベットに放し、丁寧に鍵を閉め、それをポストに入れてくれたと言う事だろうか。


 月曜、会社で会えたら阿部さんにお礼を言おう。





 家の外では強弱をつけた雨が音を立てて降っている。窓を空けると、雨粒と雨の独特の匂いが私の鼻先に飛び込んで来た。





 月曜の朝、家を出て傘をさす。傘に当たる雨粒の音が気分を憂鬱にさせていた。


 途中コンビニに寄って缶コーヒーを三本買い、会社に向かう。社内に入るとすぐに阿部さんを見つけた。


「阿部さんおはようございます」

「おはよう。大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。あの、これ金曜のお詫びです」


 私は笑顔で缶コーヒーを一本差し出す。


「サンキュ。また呑みに行こうな」

「ありがとうございます」


 部屋まで連れて帰ってくれた事を聞いてみようかとも思ったが恥ずかしさが勝り、阿部さんも深くは言って来ないので、私は阿部さんに頭を下げ、次に河西くんを探す事にした。


 だが河西くんを見つける前に、私は部長に捕まってしまい、そのまま空いている会議室に連れて行かれた。


「単刀直入に聞くけどさ、今年中に辞める予定ある?」

「は?」


 上司へ「は?」はないと思うのだが、それ以外の言葉が出て来ない。


「人事部からね、来年の新人、何人採用しましょうかって聞かれてるんだよ。立花さんが辞めるなら事務職のかわいい子が二人は欲しいよね〜」

「はあ」

「だから、辞める?」

「え、と、……今の所、辞める予定はありません」

「ホントに辞めないの?」

「辞めません」

「結婚は?」

「しません」

「一生独身?」

「そうは言ってません」


 部長は面倒くさくなったのか、もういいよ、と言うと犬でも追い払うように、しっしと手を振った。

 私は頬が引き攣るのを我慢して会議室を退室すると、そのままトイレに駆け込んだ。



 一週間が始まる初っ端から、ノックアウトされた気分。どうやったらモチベーションを上げれるだろうか……。


「はあ〜あ〜あ~あーーー」


 空模様こころもようは土砂降り。前が見えない。私はいったいどうしたらいいのか誰か教えて欲しいと思うけど、相談するに最適な人が誰だかも分からない。


 完全に人生の迷子だ。


 途方に暮れトボトボとトイレを出たのだが、その時の酷い顔を前から歩いて来た河西くんにばっちり見られていた。


「え? どうしました、体調悪いです?」

「ああ河西くん、おはよう。いや、大丈夫だから。そうだ、金曜はごめんね、ありがとう。これお詫びなんだけどコーヒー好きだった?」

「コーヒーは好きですけど、そんなお詫びなんて要らないですから」

「いやいや、私ひとりで二本も飲めないから貰って!」

「それなら。ありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとう」


 なんだか若さ溢れるイケメンに癒やされた――とは言えず、ただお礼を言い、気を引き締めて自席に着いた。


 たけど、そこにはまた飴玉が一つ置かれている。


 ――だから、犯人は誰ですか!?


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