第2話 幼馴染み


 病室を出て、僕は病院の出口と逆方向にある自販機コーナーに寄って飲み物を買った。

 小鳥遊さんの病室の前を再び通りかかると、病室のちょうど目の前に僕と同じくらいの年齢の男の人が立っていた。

 その人の顔は、とても悔しそうに歪められていた。

 その人の顔は多分、普通の表情をした時はかっこいいんだろうなと思うほどに整っている。そして、そんな人が顔を歪めているのを見て、なんだか放って置けない気持ちになった。


「あの、小鳥遊さんなら今検査中ですよ」


 そう言って男の人に声をかける。

 その人はびっくりしたように振り返った。


「え? あ、そうなんだ……教えてくれてありがとう」


「いえいえ……ところで、その、小鳥遊さんの……お知り合いですか?」


 僕がそう聞くと、男の人は困ったように笑う。


「あー俺はあいつの知り合いっていうか……あれだ、幼馴染みってやつだな」


 『幼馴染み』その単語を聞いて、僕の心に微かなモヤモヤとした何かが生まれた。

 幼馴染ということは、僕よりも過ごした時間が長くて、僕の知らない小鳥遊さんの一面を知っているはず……。

 ここにいるってことは、この人が本当は小鳥遊さんとペアチケットを使っていこうとした人なのかと疑ってしまう。


「そうなんですね」


「おう、お前は……もしかして村上、か?」


 男の人は、そう言って僕の顔を見る。

 おかしい。僕はこの人と会った記憶はないはずだ。


「どこかで、お会いしましたか?」


 会っているとしたら僕はそうそう忘れるほど記憶力は悪くはない。

 だが、記憶を探ってもどこにもこの男の人はいない。


「あぁ、ごめん。俺が一方的に知ってるだけだから気にしないで」


 それを聞いて、僕は忘れていたとかではないということに安心し、一方的に知っているということに疑問を持つ。


「あの、なんで知っているんですか?」


 それを聞くと、男の人は後ろの病室を見る。

 そして、少しバツの悪そうな顔をしながらこう言った。


「場所、移動しないか?」




 僕と男の人は、小鳥遊さんの部屋の前から先ほど飲み物を買った自販機コーナーへと移動した。

 そこで、自販機の目の前に設置してあった木製のベンチへと二人して腰掛けた。


「それで、なんで知ってるか……だったよな」


「は、はい」


 男の人は来る途中に買ったコーラの蓋を開け一口飲む。

 男の人の顔は、少し悩んでいるようだった。


「……お前のこと話してたんだよ」


 突然、男の人はそう呟いた。


「え……」


「あいつな、俺といる時お前のこと話してきたんだぜ?」


 懐かしそうな顔……いや、寂しそうな顔だろうか? 男の人の表情がそんな釈然としない表情になっているのを見る。

 そして、僕はその男の人が言ったことをあんまりよく分からずにいた。


「なんで、小鳥遊は僕のことを……?」


 僕がそう呟くと、男の人は呆れたように僕を見る。


「あいつが言ってた通り、お前って鈍感なのかバカなのかわからねぇな」


 男の人が突然僕にそう言う。

 僕が鈍感? もしくはバカ?


「僕は鈍感でもないし、バカでもないですよ」


 多分、小鳥遊さんのことを言っているんだろう。でも、それは見当違いだと思う。

 小鳥遊さんは多分、僕のことを恋愛対象として見ていない。


「そうか? まぁ自意識過剰な奴よりかはまだマシだけど……それより、俺がいる時にお前のこと話したんだぜ? そりゃあいつの口から出てきた男の名前だ。忘れるわけねぇよ」


 男の人が握るペットボトルが握力で凹んでいる。

 もしかして……。


「あの……もしかして、小鳥遊のこと……」


「あぁ、好きだよ。好きなんだ……だけど、あいつが好きなのは俺じゃねぇ。お前なんだよ」


 男の人はそう言って僕を見るが、僕はその言葉にとても驚いていた。

 そして、彼は続ける。


「悔しいけどな。今更どう足掻いたって何も変わらねぇし時間もねぇ。俺が今から足掻いたところであいつの心に残るのは不快な思いしかないはずだ。だから……最後まであいつには一瞬一瞬を幸せでいて欲しいんだ」


 男の人の目尻に涙が見えた。

 小鳥遊さんのことをこんなに思っている人よりも、僕の方が小鳥遊さんを幸せにできるんだろうか?

 そんなことを考えていると、男の人は涙を拭い僕の方を向く。


「だから、あいつを……頼むよ」


 そう言って、男の人は頭を下げた。

 この人は……本気で小鳥遊さんのことを思ってるんだ。


「はい……わかりました」


 そして僕はそう言って、男の人の思いを受け取ったのだった。

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