09 - 城はファルシードが想像したより

 城はファルシードが想像したよりも堅牢で大きかった。

 そもそもペールサは街ではなく、独立したひとつの国だったのである。

 小高い丘の周りをぐるりと城壁で囲い、その内側を都市部としている。

 ダーニヤたち森人シャラーや土地を所有する農民は城壁の周囲をさらにとりまくようにして広がり、彼らが生活を営める土地の限界が、つまり国の領土というわけだった。

 街というには大規模なのはたしかだが、アルバディア帝国時代の感覚でみると、国どころかひとつの州としても小さいだろう。

 これほどの小国が一国として成り立っていられるのが不思議に思われた。

 ダーニヤの父ミドハトと母マウザは城へ続く石畳の道を案内しながら、娘を拉致しようとした男たちのことをうちあけた。

 「奴らは西部とつながりのある連中です。女子供や森人を連れ去っては西部の人間へ売るそうなのです」

 「奴隷商ではないのか」

 「ええ、奴隷商売もおぞましいものですが、奴隷商たちには彼らなりの掟があり、横のつながりも密で、好き勝手に人を誘拐して売ることはできません。西部つながりの売人は美しい愛人や珍しい玩具を求めるような富家や貴人を相手に、人を盗み売りわたしているのです」

 単純な人さらいの一団のしわざというだけではない根深い問題は、ペールサの人々を悩ませていた。

 結局どれだけ年月が流れ国が入れ替わっても、人と人との争いは尽きないのだろうか。

 ファルシードは東方世界ですら、殺しあいとまではいわなくとも種族間あるいは種族内でもめごとがあったのを思いかえす。

 話しているうちに城へ到着すると、ミドハトとマウザはさっそく客人を財宝庫官の室へ連れていった。

 宝物庫の鍵を直接管理する官で鑑識眼があるため、くだんの剣をみてもらおうというのである。

 財宝庫官のマーニーは目にするやいなや、ファルシードの手から剣をひったくって、舐めるように見つめた。

 豊かな口ひげが触れそうになるまで顔を近づける。

 「これはずいぶん昔の装飾様式ですな。西部のもんでしょう。しかし、いましがたつくられたばかりのように、傷みもくすみもまったくない」

 なるほど、なんてことだ、などと独り言をくりかえしながら、マーニーは鞘から刀身を抜いて隅々まで観察した。

 「つまり、価値のあるものですか」

 「価値があるかだって? 我が国の宝物庫に加えて恥じぬ一品じゃ」

 マウザの質問に勢いこんで答えたマーニーの頭のなかでは、すでにペールサの栄えある財宝のひとつに加えられたらしかったが、ファルシードとしては剣ごともっていかれるわけにはいかない。

 「悪いが、売りたいのは鞘に嵌められた石だけだ」

 完璧な芸術品から貴石だけをほじくりだして金に換えるなどという暴挙に、財宝庫官は目をむいた。

 「まったく、武器を道具としか思わん武人には宝の持ち腐れじゃな。ついてくるがいい。その剣に見合う代価に加えて、鉄剣の名工の一振りもくれてやるわい」

 返事も聞かずに室を出ていくマーニーをあっけにとられて見送ったファルシードたち三人は、我にかえって顔を見合わせ、後を追いかけた。

 先行く財宝庫官にようやく追いついたとき、向こうから騒ぎ声が聞こえてくる。

 見れば、三人の男が警吏にひったてられ連行されるところだった。

 不満をわめき続ける男たちのうちの二人が、ファルシードの姿を見て声をあげた。

 「おまえは、昨日仕事を邪魔しやがった奴じゃねえか」

 「あれから、おれたちのつき・・はすっかり地に落ちちまったんだ」

 「一日もしないうちに再会するとは、よほど私に気があるようだな」

 ファルシードは、腕と足に布を巻いた男たちが森人の娘を連れ去ろうとした売人だと気づいて、軽口をかえす。

 自分たちに傷を負わせてまったく悪びれない態度にいきりたった男たちは、彼女の姿に気をとられた警吏の隙をついてとびかかってきた。

 ファルシードは後ろにさがると襲撃の間合いからはずれ、恐るべき速さで財宝庫官の手から剣をつかみとった。

 鞘の先端で男の鼻下を強打すると剣を抜き、もうひとりの右腕を断ち落とす。

 あっという間のできごとに、誰も身動きできなかった。

 うめき声を漏らしながらうずくまる二人の男と、それを見おろすファルシードがいるだけである。

 捕らえられた残りのひとりはもはや反抗の意志もついえ、顔をひきつらせて惨状をながめている。

 「すぐに止血すれば死にはしない。早く処置してやるといい」

 ファルシードが警吏に言うと、彼らは慌てて男たちを連れていった。

 ミドハトとマウザは、まだ突然のできごとに衝撃をうけているようだ。

 マーニーだけがすばやく剣に目をやって「まったく無駄に汚しよって」と文句を言った。

 そのころには騒ぎを聞きつけた人々が集まっていたが、そこへ人垣をしりぞかせながら壮年の男が現れた。

 周囲の者たちが臣下の礼をとったので、ファルシードは彼がペールサ国王だと気づく。

 皆と同じように礼節を示すと、王は興味深げに彼女を見あげた。

 「騒ぎが扉の向こうまで聞こえてきたが、おさまったようだな。おぬしのおかげでけが人をださずにすんだ。名をなんという」

 ファルシードは偽名を名乗るべきか逡巡したが、もはやアルバディア帝国皇女の名になんの影響力もないことを思いだして、本名を告げる。

 「それはまた、みごとに体を表す名だ」

 輝ける太陽にちなんでつけられたことがすぐにわかるファルシードの緋色の髪と金眼を見ながら、王は豪快に笑った。

 「それにしても、奴らを殺さずにすませてくれて助かった。まだ使い道があるんでな」

 王の言葉にファルシードはうなずく。

 罪人をわざわざ城の奥まで連れてきたのは、おそらく高官じきじきに尋問でもするのだろうと、初めから推測していたのだった。

 まさか国王が出てくるとまでは思わなかったが、ミドハトとマウザの話からも人盗りの売人の悪行は大きな問題らしいとうかがえ、国をあげて解決をはかっているのだろう。

 王はあごひげをなでてしばらくのあいだ思案し、マーニーに目をやった。

 「ファルシードはおぬしの客人か。先ほどの礼もせねばならん。皆ついてこい」

 だんだん大事になっているような気がして、ファルシードはどうしたものかと息をついた。

 森人の夫婦もとまどって所在なげに彼女を見る。

 しかし考えをまとめる間もなくマーニーにせかされ、彼らは王に従い人だかりを後にした。

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