第5話 村に伝わる、好きな人に贈る白い花

「さあ 戻ろう」


俺は布団に入ってきた女性を起き上がらせると両肩に手をやり戻るように説得した。

顔を見ると女性は少女だった。

10代後半で セレネの妹と同じ年くらいだろうか。

そして 手に触れた髪は 渇いているようでなぜか少し濡れている感触だった。


照れ笑いというかほろ酔いのようなニタニタとした笑顔でこちらを見ている少女。

これは、、 少女はその気のようだ。

というか この少女、村長の一人娘だった。

俺も そういうことは嫌いじゃないし、むしろ大好きだけど、でも、問題は部屋の外だ。

扉の外に誰かいるだろう。。


俺は 少女を連れてすぐに部屋の外にでた。

すると 一人の女性がいた。

いつも 部屋を片付けてくれたり、お水を持ってきてくれたり、お花を花瓶に生けてくれたりする

ビルさんだ。

ビルさんは ばつの悪そうな顔をして上目遣いでこちらの様子をうかがってきた。

悪い事をした後の飼い犬のような顔をしている。


「この子 部屋を間違えたみたいです」


そういって 彼女をビルさんに託した。

ビルさんも 理解してくれたようで少女に自分の羽織っているショールをかけると

優しく少女を連れて行った。


一件落着した。


でも ほんとは もっと 大勢いたことだろう。

探索スキルなんてあればいいけど 鈍感な俺が気付いたのだから

さっきまでは 扉の前に大勢の人がいたに違いない。

田舎の村は 小人より怖いぞ。。


そして 夜が明けた。


次の日の朝、朝食はベーコンエッグだった。

ヤギのベーコンは 初めて食べたときにはちょっと苦みがあったし歯応えも強かったけど

食べなれてくると逆にそれがいい、というかコクが深い味で調味料なしでも食べられる。

一緒に食事をしている村人たちは 普通に挨拶をしてくるし、何事もなかったような朝だった。


食事が終わった俺は 日課の散歩を始めた。

ほんとは ランニングしたいところだけど、この世界では趣味で走る人は珍しいようだ。

そして 俺の散歩の目的地は村長の家で病棟がある、セレネの部屋の前だ。

以前は何気なく セレネの部屋に立ち寄っていたのだけど、女性の病室だということに

最近、ようやく気が付いた。

そして 用事もなく病室へ行くのは気が引けるようになった。

そこで セレネは起きているときは外を眺めていたことを思い出して

食事の後とか 起きていそうな時間に散歩をすることにしている。


眠っているときもあるけど、結構 いい確率で窓からひょっこりと顔を出すセレネに

会うことが出来た。

俺が手を振ると 彼女もニッコリ微笑んで手を振ってくれる。

ただ それだけだ。何もないのだけれど。

でも 何か・・病室にこもっているなら、花か何かを贈れないだろうか?



「Пожалуйста, помогите мне с моей работой」


部屋でビルさんが生けてくれた花瓶の花を眺めていた。

すると、窓から羊飼いのヨーゼンたちに声をかけられた。

それにしても 今日は出発する時間が遅いな。

この世界の羊飼いの仕事は あまり朝早くはない。

小人がいるので、薄暗い時間帯に外に出ると襲われてしまうから。


でも 今日は遅すぎた。

そして なんか俺に仕事を手伝ってほしいみたいな事を言っているような感じだ。

仲間に用事でもできたのかもしれないな。

特に頼まれている仕事もなかったので 世界樹の実をお弁当替わりに用意して

今日は羊飼いの仕事を手伝うことにした。



羊飼いとは・・ 

それは 男の仕事・・ブレード(大剣)を背中に装備して沢山の羊たちをエサのある草原まで

連れていくという危険な仕事だ。

危ないのは エサ場に行くまでの道中の移動で、小人に出くわすこともあるので

そういう時に戦闘をしなくちゃいけない事だ。

ブレードは火の矢と違って一撃で 大ダメージを与えることが出来て小人を倒すこともできる。

ただ、これが重い。オノでよくねぇ?って思ってしまう。


そして 羊飼いという職業だけど羊のほかにもヤギや牛も連れて歩く。


「ドサ!!う!」


俺が村の外に出たときに ブレードに背中を引っ張られた。

ブレードは かなりの重量があるようで村から出て 村人並みの体力に戻ってしまった

俺にはかなり重かった。そして 後ろに倒れてしまった。


「はっははは!!Что делаешь?」

ヨーゼンたちに笑われてしまった。

ブレードを背負って 羊を追い回す仕事をするのは俺には無理だろう。

いや 世界樹の実を食べ続ければできるだろう 

でも それだと朝食を食べた後の俺のお腹がパンパンになってしまう。

だから一つだけ、世界樹の実を食べた。

そして 羊を追いかける仕事は放棄してブレードを背負うことに専念した。


途中で小人が出ても 散らばった羊たちを集める仕事に専念した。

「手伝ってくれー」みたいなことを言われたと思うけど 

ブレードを担ぐどころか ブレードを地面に置いて羊を追いかけていた。

言葉が通じない事をいいことに うまくやり過ごした。


でも、いろいろあったけど昼頃に ようやくエサ場についた。

エサ場は 広い草原で羊が逃げてもすぐにわかる場所だ。

そこに 石の塔が何棟か建っていて二人ずつその塔の上で羊と小人を監視する。

石の塔は地面からは2mくらいしかないけど下はお城の堀のような穴の状態になっていた。

穴に羊が落ちたらどうするんだろう??

でも 羊ってガケぐらいだったら登れるんだっけか。


早速塔に登ると ツボを取り出して火種を取り出し、塔の真ん中のカマに火を起こした。

ほかの塔でも同じことをしているので 4つの塔から煙が上がっていた。

お湯を沸かして 紅茶を温めるとそこに新鮮な牛のミルクを入れていただく。

ブレードも重かったこともあって 苦労した後の紅茶は美味しかった。

紅茶をいただきながら羊を眺めていると、暇というか・・ 

ケンカをしている羊や地面にグリグリと頭をこすりつける羊など、マイペースな

羊たちを見て時間をつぶした。


しばらくすると向こうの塔で木の棒を打ち付ける姿と「コンコン」という音が聞こえた。

何してるんだ?

すると 塔に3匹の小人が駆け寄って来て塔目がけてジャンプした。

しかし そのまま塔の下にほられているお堀に落ちてしまったようだ。

その後は 火の矢で小人は倒された。

このお堀は小人を落とすための穴だった。


帰りの時間になってみんなで動物を一か所に集めた。

そして 数を数えたけどヤギが一頭いなかったので探しに行くことになった。

広い草原だし見晴らしはよかったのにどこへ行ってしまったのか?

でもそれは 意外な場所だった。

何気なく歩いていて 大きな木があった。

木の上を見上げると、なんと ヤギが木の実のようになっていたのだ。

ヤギは木の上にいた。

木に登ってヤギに降りるように促すと ピョン ピョンと飛び跳ねながら軽やかに下に降りてくれた。

これで安心だ。

俺も 木を降りようとふと枝に目をやると白い花が咲いていた。

幹と枝の間にコケがはいていてそこに きれいな白い花がある。

ヤギの狙いはこれだったのかもしれない。

俺は 花を摘んで木を降りた。

すると 案の定ヤギが俺のほうへ寄ってきたのでそのまま 

花を利用して、みんなのところまでヤギを連れて帰った。


「みんな まだ ヤギを探しているのか?」


今度は ヤギを探しに行ったヨーゼンが帰ってこなかった。

何をやっているのだろう?

すると 遠くのほうの塔から煙が上がったのが見えた。

それは 消し忘れじゃなくてヨーゼンが塔に登って火を起こしたのだ。

そして 黒い塊が塔の周りを取り囲み始めた。

ヨーゼンは小人の群れに遭遇して 塔まで逃げたのだ。

それにしても 何体いるのだろうか? 

お堀があるはずなのに塔を小人たちが駆け上がろうとしていた。

火の矢があると言っても この数では矢が尽きてしまうことだろう。

それなのに 木の棒を打ち付けて小人たちを引き付けている。何やってるんだ?


「Позвольте овце убежать」


俺は もう一人のヨーゼンの仲間に腕を引っ張られて何かを言われた。

そして 彼は羊たちを連れて村のほうへ移動を始めたのだった。

羊と人の命を天秤に賭ければ 人の命のほうが重いかもしれない。

だけど この数の羊・ヤギ・牛となると 人一人の命よりも重いのだろう。

そして 彼らは羊飼いだ。だから 覚悟もできているのかもしれないし

塔にはお堀もあるので小人は普通には登れないから安全なはずだけど。


あの数の小人はおそらく想定外の数だろう。

あれでは 塔に小人が駆け上がるのは時間の問題だった。


俺は 木の棒を持って駆けだした。

まだ 世界樹の実は食べていないから俺は小人のターゲットになるはずだ。

そして 塔まで行くと「コンコン!! こっちだ!! 俺はこっちだ!!」と木の棒を打ち付けながら

小人を引き付けた。

やっぱりそうだ。 小人は知能があるからターゲットが俺に移った。

さっきまで塔によじ登ろうとしていた小人たちは 諦めて俺のほうへ駆けだしてきた。

八割がたの小人を引き連れて逃げることに成功した。

あとは そのままダッシュして塔が見えなくなるくらい離れたら世界樹の実を食べた。

世界樹の実を食べると 小人たちはそのまま俺を通り過ぎて森の中へ走って行ってしまった。

20匹以上いたな。


その後 塔のほうへ戻ったけど ヨーゼンたちの姿も羊の姿もなかった。

塔に残った小人を倒して 無事に村に帰ることができたのだろう。

そして 夕日が沈むころに俺もようやく村にたどり着いた。


すると・・


「セレネ!!」

「オグマ~・・ゲホゲホ。。」


セレネが 村の入り口で俺の帰りを待っていてくれた。

ショールを肩から3枚くらい重ねてかけていて、そのショールをバサバサと蝶のように羽ばたかせて

ニコニコしながら俺の帰りを喜んでくれた。

もちろん 言葉はわからない。


「そうだ。 良い物があるんだ」

俺は ヤギを見つけたときに手に入れた奇麗な花をセレネに渡そうと道具袋から取り出して

手に持った。

すると 花を見たセレネは驚いた表情になった。

やっぱり 珍しい花だったのだろう。

そして 花を贈ろうとしている俺の姿を見て 村人たちは笑ったり口笛を吹いたりしてきた。

まあ 自分で言うのもなんだけど このシチュエーションはちょっといい感じに決まったよね。


「Признание в любви?。。。я・・・ Я скоро умру」


ためらったように見えたセレネだったが セレネはオグマから花を受け取った。

薄暗い中、白いその花は二人を照らすように、白さを放っていた。



「バキ!!」


少し離れた場所で何か 枝が折れるような音が聞こえた。

それは 村長の娘だった。

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