捜し物

 黒樹は、視線を水晶板に向けたまま、言葉を続けた。

「君は、他の誰かになりたいの?そうすれば、手に入ると思ってる。そうすれば、願いが叶うと思ってる。なんだってできるって。自分ではなく、他の誰かになれたら」

 彼の言葉を、目を丸くして聞いていた。

 その通りだった。他の誰かにならなければ、学年トップにもなれず、どの教科でも理解できるようにならず、人の羨む才能は持てないと、心の奥でずっと思っていた。

「自分はなにもできない、役立たず」

 自分には、自信がない。飛び抜けた才能はない。そこまで熱中もできない。

「でもまぁ、近いうちに嫌でも本気になるよ。持つべきものは友人、だね」

「それが、答え?」

 戸惑いながら、尋ねる。

「答えというか、ヒントというか」

 はっきりしない彼の言葉の意味を考えていると、ずっと二人の様子を見ていた、楓と呼ばれた男が口を開いた。

「お前はお前にしかなれない、ってことだ。がんばれ、少年」

「うるさいよ、楓」

「ハイハイ」

 扉の鈴が重たい音をさせて、セキは帰っていった。与えられた言葉の意味を、頭の中で反芻させながら。

「お前って、ホント捻れた性格してるよな」

 それまで住居スペースとの境に立っていた楓は、棚に置かれたコーヒーメーカーをセットし始めた。

 黒樹は、ムッとした顔をしていた。

「邪魔しないでくれる?せっかく悩ませてたのに」

「俺が言っても悩んでたろ?関係なくない?」

「楓はホントお人好し」

「ありがとう」

「褒めてない。僕の仕事たのしみを邪魔したからには、覚悟は良いね?」

「……えー。働くのぉ……」

「自業自得」


 自分は、自分にしかなれない――――楓という男が言った言葉が、セキの頭を離れなかった。


 夏から秋に変わるその時、学校の廊下で、リョクが固まっていた。

 中間テストの結果が貼り出された、昼休みのことだった。

 リョクは、成績結果の掲示を険しい顔で睨みつけていた。

「……リョク?」

 セキが声をかけると、リョクは、その険しい顔をセキに向けてきた。

「あれは誰だ?!」

 リョクは貼り出された紙を指差した。名前が書かれた一番上を。

 そこに書かれていた名前は、リョクではない。しかし、セキでもない。

「……転校生、だな。噂の」

「なんでセキじゃないんだ?!」

「いや、俺の名前がそこにあるわけないでしょ」

 軽く返したセキの言葉に、リョクの怒りは更に増した。

「セキじゃないなら、認めない!お前は、頭がいいだろ!勝手に諦めてるだけだ。先に他のやつが上手くやってるのを見て、スネてるだけだ!先にできた他の奴らより、お前のほうが断然頭がいい!」

 セキは、呆然とリョクの怒りを聞いていた。

「……なんでリョクが怒るんだよ」

「ちゃんとやったら、お前のほうができるのに。俺は、悔しい」

 驚いていた。

 リョクはいつも冷静で、物静かで、あまり感情を表に出さない。こんなに感情的なリョクは、初めて見た。

「スネてないで、ちゃんとやれ!」

「(あ……そうか。リョク、俺のことを見ててくれたんだ……。)なら、教えてよ、勉強」

 その言葉で、リョクはやっといつもの冷静さを取り戻した。

「俺が教えるんだ。次のテストは俺たちが学年トップだからな?」

「わかった!」


 学年トップ奪還まで、あと、二ヶ月。


 扉の鈴が、重い音を立てる。

「楓、そこ店の入口」

 楓が「ただいま」を言うよりも早く、黒樹がそちらを向きもしないで冷たく言った。

「遠回りなんだもん。いいだろ?」

 ため息をついて黒樹の前に座る楓は、制服を着ていた。

「で、どうなの?」

「黒樹の思い通りです。もういい?学生は可愛いけど、勉強がなぁ……」

「なに言ってるの?二人が楓に勝つまで続けてよね。一応言っておくけど、手を抜いたらわかるから」

 楓は、うんざりしたようにテーブルに顔を伏せた。

 黒樹が静かに椅子から立ち上がり、程なくして、コーヒーの良い香りが、テーブルの上を満たした。

 楓が顔を上げると、黒樹の満足げな顔が見えた。

「あの二人は、賢いよ。楓が負けるまで、あと二ヶ月ってところかな」

「……なんか複雑だわ、その言葉」

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。楓は、とりあえず黒樹が淹れてくれたコーヒーを口にした。


 この国には、「闇」がある。手にすると、何でも願いが叶うのだという不思議な力が。

 誰も見たことも触れたこともない。

 

「スネないで、か。誰かさんに聞かせたかった」

「うるさいよ、楓」


 しかし、たしかに、それは存在するのだ。



Changeoverー捜し物承ります。ー:End  

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捜し物承ります。ーChangeoverー 久下ハル @H-haru

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