路地の先
この国には、「闇」がある。手にすると、何でも願いが叶うのだという、不思議な力が。
誰も見たことも触れたこともない。
しかし、それは、確かに存在するのだ。
「セキは、信じてるのか?」
移動教室のときだった。廊下を次の授業の教室へと歩きながら、リョクが聞いた。
この国の伝承を、セキが話したあとのことだった。
「あったら良いなぁって思うだろ?奇跡だよなぁ」
「奇跡を待つより、コツコツやったほうが早くない?」
あるかどうかわからないものへとあこがれの眼差しを向けるセキを、リョクは呆れて見つめた。
幼い頃からこの伝承を信じていたセキは、リョクと話すようになってから、何よりソレを欲するようになった。
ソレさえあれば、リョクと並ぶことができるのに、と――――。
自分も、羨まれる側になれるのに――――。
この街の路地は、細く入り組んでいて、歴史と妖しさとが混在していた。
メインストリートと一本入るだけで、すぐに情緒ある路地へと変わる。
表の通りから少し奥に入ったところに、一つの店があった。
特に看板もない。路地に面した壁に、四角い窓と木の扉が一つずつ。扉には20センチ四方の覗き窓があるが、小さなカーテンがかけられていて、中を見ることはできない。
店を表すものは、そこにある「Open」の文字が書かれた白い木札だけ。木札の端には、「闇の在処についてはお答えいたしません」という注意書きがあった。
放課後、セキは、扉の注意書きをじっと見つめて悩んでいた。
噂があった。
捜し物を見つけてくれる店があるという噂だ。
言いようによっては、どんなものでも見つけてくれるらしい。それなら、「闇」を手に入れられなくても「奇跡」は手に入るのではないか。リョクと並ぶことができるほどの実力が手に入るのではないか。
しかし、それでもだめだったら――――。
「いらっしゃい、お客さん」
ビクリと肩が跳ねた。
「あぁ、悪いね。ちょっと買い物に行っていたんだ。OPENなのに、開かなかっただろう?」
高く若い少年の声。しかし、感情のこもらない声に振り返ると、セキの胸ほどの背の高さの少年がそこにいた。
黒髪と黒い瞳、綺麗な顔つきだが、声と同じで感情が見えない。
目を丸くしたまま、セキがなにも返せないでいる間に、少年は香ばしい匂いをまとわせた紙袋を片腕に抱えたまま、空いている方の手をノブにかざした。
カチャリと解錠の音がして、扉が開く。
リンと少し重い鈴の音がした。
「どうぞ」
やはりなんの感情もない声で、少年が中へと促す。
「あの!ここで、捜し物を見つけてくれるって聞いて!幾ら、なのか聞いていいですか?それから、どういう感じなのか!」
後を追うようにしてセキも中に入った。
少年は、呆れたような顔をして、振り返った。
「ちょっと落ち着いてくれる?とりあえず、座って」
「……はい」
少年は、抱えていた袋を後ろの棚に置いて、セキの正面にある椅子に座った。
座り心地のいい椅子だった。
店の中は広くない。
今前にしている丸いテーブルと、二脚の椅子、それから少年の後ろに棚があるだけだ。天井には光を室内に取り込む窓があり、ステンドグラス調になっていた。光が差し込む時間は、さぞキレイなことだろうと、セキはその時を思い浮かべていた。
「で、なにを捜してるの?」
改めてそう尋ねられて、セキは、言葉を探した。
「あぁ、料金なら気にしないでいいよ。払いたいだけ払っていって」
覚悟を決めて、セキは口を開いた。
「どうしたら、リョクみたいに頭が良くなる?」
「…………勉強しなよ」
たっぷりの間のあとで、そう呆れたように言われた。
少年はため息をついて、椅子の背にもたれかかった。
「見るまでもないね。っていうか、他所でしてくれる?全く……。ここは何でも相談所じゃないんだけど」
その時、愉快に笑う声が聞こえた。
「そう言うなよ。捜してやれば?その方法」
棚の近くにあるおそらくは住居との境目の布を少しだけ開けて、男が立っていた。室内の明かりが十分にないため、姿ははっきりとは見えない。背が高いことだけはわかった。
「お客さんだろ、
黒樹と呼ばれた少年は、実に嫌そうな顔をして、声のしたほうを振り返った。
「
「ハイハイ」
黒樹は、大きくため息をついてセキに向き直った。
「……君が本気になれる方法ね」
黒樹が、テーブルに置かれていた水晶板に細い指で触れる。
セキは、続く言葉を緊張の中で待っていた。
「ふーん」
ニヤリと意味ありげな笑みが、黒樹の口元に溢れる。
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