捜し物承ります。ーChangeoverー

久下ハル

セキとリョク

 二人は、幼馴染とか親友とかそういう深いつながりがあるわけではなかった。

 たまたま同じ学校で、たまたま同じクラスになった二人だった。

 一人はセキといい、見るからに明朗快活、友だちも多く、喜怒哀楽のわかりやすい生徒だった。

 もう一人はリョクといい、冷静で物静か、きれいな顔つきをしているが、その表情が崩れることはなく、よく何を考えているのかわからないと言われていた。

 二人とも学年では上位の成績。

 しかし、セキは地道にコツコツとか、努力することが嫌いだった。面倒くさくて仕方がない。

 それに比べて、リョクは、毎日復習も予習も欠かさないし、課題も忘れたことがない。しかも、学年トップの座を守り続けている。

 二人は、一見すると正反対の存在で、気が合わないように思われた。

 そもそもセキは、自分の前にリョクの席があってもそれほどには気にしたことがなかった。それは、リョクも同じだったが、友だちの多いセキの周りは賑やかで、同じクラスになったばかりの頃は、休み時間がうるさくて仕方なかった。そういう意味では、最初から意識をしていたのかもしれない。

 

 二人の関係は、ある日突然変わった。


「なぁ、」

 後ろから背中を突かれて、リョクは小さなため息のあとで振り返った。

「なに?」

 彼は、先程までいつものように賑やかに騒いでいたはずだった。今は、困ったような顔をして、リョクを見ている。

「次の課題やった?やってるよな、リョクは忘れたことないし」

「やったけど?」

 セキの表情は、パッと輝いた。

「さすが!お願い、写させて!」

「え?」

「だよな……。でも、写させて!自力でやるには時間がないからさぁ」

 確かに、次の授業までに課題をするには時間がない。それに、次の授業を担当する教師は、課題を忘れることに対して厳しいことで有名だ。一つ忘れるごとに、補習が30分ついてくる。

 リョクは、少し考えたあと、二度目のため息をついてノートを渡した。

「ありがとう!!」

 セキは、大げさなほどに感謝している。

「さっさと写せよ?時間がない」

 言われてセキが、ノートを広げる。

 リョクの表情は変わらない。すぐに前に向き直り、テキストをパラパラと捲って暇をつぶす。

 会話はそれで終わった。授業が始まるギリギリ、担当教師が扉を開けると同時に、ノートは返ってきた。借りるときと同じに背中を突かれて、振り返るとノートを渡された。その時、なにか言いたそうな顔をしていたが、すぐに教師が話し始めて、二人とも教卓へ向き直るしかなかった。

 皆が、テキストやノートを開き始める。

 リョクは、課題をやったノートのページを開いて静かに驚いた。

 自分の字ではない文字が、端に記されていた。矢印が一緒に書かれている。

「(ミス?俺が?)」

 それは間違いを指摘していて、確認してみれば、新たに記されたもののほうが確かに正解だった。非常に小さく細かいミス。しかし、大事なポイントだった。

 誰かに勉強の指摘を受けたのは、久しぶりだった。前に間違いを指摘されたのは、随分と前、学校に通い始めた頃のことだ。

 それを、後ろで常に気楽に過ごしている男に――――。

 授業が終わってすぐに、セキから声をかけられた。

「ノート、ありがとう。助かったよ」

「さっきも聞いた」

「さすが学年トップだなー。課題どころか、授業中も完ぺき」

「……セキもだろ」

 指摘されて、セキは明るく笑った。

「理数系は好きなんだ」

「好き?」

「うん。面白いから」

 次の授業は移動だ。二人は、テキストやノートなどを持って、次の教室へと移動しながら、会話を続けた。

 まともに話をしたのは、これが初めてじゃないかとリョクもセキも思っていた。

 話せば話すほどに、正反対の存在だとお互いに感じた。

 触れたことのない世界――――そこに、興味をそそられた。

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