第14話

あれから数日が過ぎ、寧々子はクラスに馴染んでいた。

まあ、わりとすぐ馴染んでた。主にマスコット的な扱いで。


「クロちゃん、ノートみる?」

「ありがと」

「黒猫ちゃん、魚肉ソーセージたべる?」

「ありがと。んふー、うまい」


餌付けされてるなぁ。


「ねぇねぇ、なんで圭人君はずっと黒猫ちゃんの傍にいるの?」

「何故って、お兄ちゃんだからだが?」


買って来た牛乳にストローをさしてから寧々子に渡す。

その手で流れる様に頭を撫でている俺を、怪訝そうに見る琴理。


「あのね、ことりさん思うんだけど、それどう見ても同級生の女の子への扱いじゃないよね?」

「妹の扱いとしては正しいだろ?」

「んむ、あにうえの言う通り」

「なんで時代劇みたいな呼び方なのよ…」


相変わらず、寧々子の俺に対する呼び方は定まらないな。

まあ、慣れたけど。


「いやでも、同い年の男女だよ?距離感おかしくない?」

「もぉ、とりさんは頭がかたい…おかしくないよ?余計な事を言うな

「今ぼそっと本音が聞こえた気がするんですけどぉ~。

そのとりさんって呼び方も、なんか微妙に敵意感じるんですけどぉ~?」


うん、実に微笑ましいなぁ。

学校が始まるまではどうなるか心配だったけど、はやくもクラスに馴染めて友人も出来たようだし、よかったよかった。


などと思って居たら、寧々子の背後からぬっと現れる人影が。


「寧々子ちゃん!コレ先生から預かったプリントよっ!」

「…ありがとうございます」

「あんっ!いいのよっ!寧々子ちゃんは今日も可愛いわねっ!!」


今、上機嫌でプリントを持ってきたのは、クラス委員長の加賀千百合かが ちゆりさんだ。

この人は寧々子に、特に良くしてくれていて、彼女のお陰でクラスに早く馴染めたと言ってもいい。


「…兄さん、あの人なんか怖い」

「ハハハ、何を言ってるんだ。千百合さんは良い人だぞ?」


全く、何を言ってるんだ寧々子は。


「寧々子が早くクラスに馴染めたのも、勉強で範囲が違う所を教えてくれたのも。

全部、千百合さんのお陰じゃないか」

「…がちゆりさん、怖い」


おいおい、名前が違うぞ?

加賀千百合さんだ。

だからビクビクしなくていいんだぞ?


「なんで、プリント渡すのに手を握ってくるの…?」

「ん?女子だとそんなもんじゃないのか?」


男子でも、気安く肩を組んでくる奴とかいるしな。

俺はあんまりやらないけど。


「兄さん、もしもの時は守って」

「ははは、寧々子に何かあれば必ず守るさ、お兄ちゃんだからな」


そんな平和な日々が続いたある日、事件は起きた。



「兄さん、ううっ…」

「寧々子?どうした何があった?!」


話があるからと寧々子に呼び出され、校舎裏の人目につかない場所までくると、寧々子は涙目で訴えかけてきた。


「まさか…イジメか?」

「…分からない。でも、酷い嫌がらせを、受けてる」


そう話す寧々子の手に、何かが握られている。


「これが、着替えのロッカーに入ってた」


なんだ…フリルの付いた、かわいらしい感じの…?

まさか、これは…?


「ブラジャーか?」

「ん、しかも…Dカップ…くっ…」


そ、そんな…Dカップだって!?

そんなの寧々子が一生縁がないサイズじゃないか!

それを、寧々子のロッカーに!?


「なんて酷い事を…!!」


人間は、ここまで残酷になれるのかよっ!?


高校生が着るには少し背伸びしたデザイン。そしてデカイ。

…当然だが寧々子には全く合わない。

まず、Aでも足りないし。


「むー、おのれ…おのれ…」

「寧々子落ち着け」


ぎぎぎと歯を食い縛ってる、今にも犯人を噛み殺しそうな気迫で。


そんな寧々子を歯がゆい思いで見ていると、突然彼女は目を見開いた。


「そこにいるの、誰!?」

「あちゃあ、見つかってしもたか」


見覚えのある小柄な女子生徒だ、ってクラスメイトの愛貍あいりさんじゃないか。

この怪しい関西弁の女子は、寧々子が来るまではクラスで一番背の低い生徒だった。

ただ、残念ながら胸の大きさは寧々子が遠く及ばない頂にある。

トランジスタグラマーっていうのかな、とにかくデカイ。

アニメでいえば、ヘス〇ィア様とか種島ぽ〇らさんかな?

何がって?言わせんなよ分かってんだろ?


「いや、ウチも覗くつもりはなかったんやけどな?

ちょっと通りがけに話がきこえてしもうて…ほんまごめんな?」


どうも、愛貍さんには一部始終聞かれてしまったみたいだ。

普段から垂れ気味のぱっちりした瞳の目尻を下げて、申し訳なさそうにしている。



「…仕方が無い」

「まあ、愛貍さんなら大丈夫だろう」

「…兄さんは、おっぱいが大きい人に甘い」

「ちちちちげーし!!」


純粋に、人柄を評価してます!


「ああ~、それなんやけどな…よかったら、ウチも相談のろか?」

「ええ?それは助かるけど…いやでもなぁ…うーん…」


この人はクラスでの立ち位置が絶妙だ、女子のどのグループとも交流しているし、その上で八方美人と呼ばれないだけのバランス感覚を持っている。

この世渡りの上手さ。多分だが、この人も俺や寧々子みたいに、いじめや謂われない扱いを受けた事があるんじゃないかと思う。

その為か、俺も愛貍さんには不思議と信頼感を持っている。


「兄さん…どう?」

「悪い話ではないけど…愛貍さんはいいのか?」

「これも、乗り掛かった舟ちゅうもんや、ウチでよければええで」

「俺は正直たすかると思うけど、寧々子はどうだ?」

「わかった、乗った」


こうして俺たちは、犯人探しに乗り出した。

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