第10話
翌朝おきたら、俺の上半身がアバンギャルドな感じになってた。
原因は多分、左肩に噛みついたまま寝てる寧々子だ、まいったなぁ…。
ともあれ、俺は何とか夜を乗り越えた。何事も無く。
「むー、スッシーが…寿司湖のスッシーが…うにゃ~…」
「どういう夢見てるんだこいつ…?」
「さあ、でもきっと幸せな夢よ?うふふ…」
「おわぁぁ!?み、美夜さん??」
「ただいま、圭人くん。寧々子とはうまくやってるみたいね、お母さん安心したわ~」
帰ってきてたのか、びっくりした…。
「昨日の夜はお楽しみだったのね?」
「いや、寝てただけですよ」
断じてえっちなことはない、うん。
いや、普通に同じ布団で寝てるのがおかしいとは思うけど。
「冗談よ、うふふ…それでね、圭人くん。
少しだけ、二人でお話しましょう?」
「良いですけど。俺が動いたら寧々子も起きるんじゃないですか?」
「大丈夫よ、今はちゃんと寝てるから起きないわ。
寝たフリだったり、眠りが浅いこともあるのだけれど、今は余程安心してるのかしらね」
「はぁ、俺には見分けつきませんけど…」
猫なのに狸寝入りするのか。
とにかく、俺は寧々子を起こさないように、ゆっくりとベッドから離れた。
◇
リビングに降りると、美夜さんがコーヒーを入れてくれた。手早いな、そういや喫茶店で働いてたんだっけ。
「お砂糖はどのくらい入れる?」
「あ、俺はブラックで大丈夫です」
普段俺が使うマグカップとは違う、白いおしゃれなカップを二つ持ってくる美夜さん。それも家に無かったヤツだな、持ってきたカップかな?
「あの、そういえば親父は何処に?」
「それなんだけどね、私ったらお父さんの事、少し酷使してしまって…特に腰が、ね?」
「あっわかりました、もう聞かなくていいです」
「今は部屋で寝てるのよ、それもあって一度帰ってきたのだけれど、元々一週間くらいで、一度様子を見に帰るつもりだったから、実は結構近場の温泉に居たのよ?
そうそう、お土産の温泉まんじゅうあるから、後で食べてね」
なるほどな、様子見してたのか。
でも、腰が逝く程がんばったのかぁ…親父達の旅、もうすぐ終わるんじゃないか?
「それで、どうだったかしら?二人で数日間暮らしてみて」
「そうですね。最初は不安でしたけど、家事なんかは寧々子の方が上手いし。まあマイペースな所はありますけど、お互い協力していけば大丈夫だとは思いました」
「…それだけかしら?」
「え?いや、まあ…いきなり兄妹って言われて、まだよく分からない所は俺にもありますけど…?」
「はぁ…あの子もまだまだねぇ。まあ圭人君相手に、よくやった方なのかしら」
なんの話だ…やっぱ女性の考えはよく分からないな。
「圭人君、なんだかさっぱり分からないって顔ね?」
「…それは否定しませんけどね。
ぶっちゃけて言いますけど、美夜さんだけじゃなく寧々子も、女性の考える事は俺には理解出来ない事が多いので」
「例えば?私は新米だけど圭人君の母親になったのだから、少しくらい相談してくれると嬉しいわ」
相談ねぇ、まあ聞いて欲しい事は山ほどあるけど、今最初に思い当たる事っていうとなぁ…。
「…寧々子は、なんであんなに距離が近いんでしょう」
思えば最初からだよな。俺に嫌われない様に無理してたとはいえ、それにしてもだ。
「そうねぇ…圭人君は今、なんで自分が寧々ちゃんに懐かれてるのだろう?そう疑問
に思って、理由を考えてるのよね?」
「そうだと、思います」
「それが間違いなのよ」
「…え?」
そんな禅問答みたいな事を言われても…。
「一応初めに言っておくわね、寧々があんなに懐いた人は、圭人君が初めてよ?むしろ今まで男性は避けてたもの、あの子は」
「…そうなんですか」
小学校時代、いじめられてたのは男子からだって言ってたしな、そんな気はしてた。
俺と同じなら、そうだろうとは思ってた。
俺は女子にいじめられてた訳じゃないけど、どうしても苦手意識は抜けなかったし。
高校に上がって、大分マシにはなったとは思うけどな。
「でも、なら余計に理由が分からないんですが…」
「あのね、圭人君。
女の子が男の子に積極的になるのに、明確な理由なんて無いのよ?」
「はぁ…??」
「例え話だけどね、理由が無いと誰かを好きになっちゃいけないのかしら?
全く、男の人はいつもそうなのよね…」
例え話か、まあそうだよな、うん。
「圭人君。女の子は結構、感情で行動するものなの。もちろんそれには色々な情報を見聞きした結果なんだけど、わざわざそれを意味のある言葉になんてしないのよ?
だって、大事な事を一行に纏めてから行動してたら、出遅れちゃうでしょ?」
「はぁ…そういうものですか?」
よく分かりません、すいません。
「分かってないって顔ね、でもそれで良いのよ?女の子の気持ちなんて、簡単に分かると思わない様に」
「…はい」
「どうしても知りたいのなら、自分の行いから推測しなさい。
最初に出会った時、あの子に玄関で噛みつかれた時に、あなたはどう行動したか。
あの子が圭人君の部屋で寝てる時に、何て言ったか。
殆ど下着のまま寝てるあの子を前にして、どう行動したのか。
寧々ちゃんは言葉にはしないけど、その行動一つひとつで、圭人君がどういう人間なのか、ちゃんと見てたのよ?」
「…え、待って下さい、なんでそんな細かく知ってるんですか…??」
うわ怖っ、おんなのひと怖っ。
「そこで疑問に思うようだから、圭人君もまだまだなのよ。寧々ちゃんの事が分からないのも当然、これからも頑張ってね」
「まあ、頑張りますよ。俺も兄なんてやるのは初めてですけど、寧々子を失望させないよう、良い兄になります」
「…まあ、仕方がないわよね。先ずはそこから、頑張ってみなさいね」
…何か含みのある言い方だが、取り敢えず俺の意思は伝わったのかな。
今までの言い方だと、聞いても素直に答えてくれないだろうし。
これも、女性の感性とか、そういうのなんだろうなぁ。
「さてと、この後お父さんを腰の病院に連れて行かないといけないから、お昼は二人で食べててね。明日から学校に行く準備もあるし、今日は出前ですませちゃいなさい。その分はお金別に置いていくから、遠慮しなくていいわよ。
それと、夕飯はお母さんが作るから、用意しなくていいわ」
「すいません、ありがとうございます…って、これだと他人行儀すぎますか?」
「うふふ、そうだけど、無理して距離を詰めなくてもいいのよ?私も圭人君に合わせるから」
「ははは、そう言ってもらえると助かります。
ああ、でもお金とかは大丈夫なんですか?親父はああ言ってましたけど…やっぱり気になって」
退職金って言っても、そんなに貰えるもんなの?
「あのね、実はお父さんのお金には、手を付けてないのよ?」
「え、そうなんですか?」
「圭人君は、私が元の夫と離婚したことは、もう聞いてるわよね?」
「ええ、はい」
寧々子から聞いたばっかりだけど、何で知ってるんだ?
結構、密に連絡取り合ってるのかな、美夜さんと寧々子は。
「それで、当時貰った手切れ金に、今も寧々子への養育費が振り込まれてるの。お金払いだけは良い夫だったから」
「はぁ、そうなんですか」
ちょっと美夜さんの口調が、イラっとしてるな。
「それで、そのお金には今まで手を付けてこなかったの。あいつの金で寧々子を育てるなんて、虫唾が走るから。ムカつくでしょ?」
「はぁ、まあ落ち着いて下さい」
なんかエンジンかかってきたな、美夜さん。
「一応何も責任取らせないなんて言うのは悔しいから、お金が振り込まれるのだけはきっちり確認してきたけど、使わないお金がどんどん通帳に貯まってたのよ。
あんなお金絶対に寧々子には使わないつもりだったから、どうしようかと思ってたのよね。
それでね、今回お父さんと再婚して私思ったのよ。どうせ使わないなら、今ぱーっと遊んで使っちゃえって」
「わかります」
いや、本当はあんまりよくわかんないけど?
こう言ったほうが良い気がしたから。
「考えてみて?昔の嫌いなオトコからの金で、新しいオトコと遊びに行くって…最っ高に気持ちいいの!!
もうね、実際やってみて本っ当ーーーに良い気分だったわ!!あはははは!!!ざまぁ!!!」
「あの、美夜さん落ち着いて」
まじか、まじだ。
女って、やっぱ怖えな。
「あんたが養育費として送って来た金で、新しいオトコと遊んでまーーす!!って動画で送ってやろうと思ったわ!!」
「思い留まってくれて、よかったです」
「お父さんに止められたから送れなかったのよねぇ」
「親父マジありがとう」
あぶない所だった。
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