第10話

翌朝おきたら、俺の上半身がアバンギャルドな感じになってた。

原因は多分、左肩に噛みついたまま寝てる寧々子だ、まいったなぁ…。

ともあれ、俺は何とか夜を乗り越えた。何事も無く。


「むー、スッシーが…寿司湖のスッシーが…うにゃ~…」

「どういう夢見てるんだこいつ…?」

「さあ、でもきっと幸せな夢よ?うふふ…」

「おわぁぁ!?み、美夜さん??」

「ただいま、圭人くん。寧々子とはうまくやってるみたいね、お母さん安心したわ~」


帰ってきてたのか、びっくりした…。


「昨日の夜はお楽しみだったのね?」

「いや、寝てただけですよ」


断じてえっちなことはない、うん。

いや、普通に同じ布団で寝てるのがおかしいとは思うけど。


「冗談よ、うふふ…それでね、圭人くん。

少しだけ、二人でお話しましょう?」

「良いですけど。俺が動いたら寧々子も起きるんじゃないですか?」

「大丈夫よ、今はちゃんと寝てるから起きないわ。

寝たフリだったり、眠りが浅いこともあるのだけれど、今は余程安心してるのかしらね」

「はぁ、俺には見分けつきませんけど…」


猫なのに狸寝入りするのか。

とにかく、俺は寧々子を起こさないように、ゆっくりとベッドから離れた。





リビングに降りると、美夜さんがコーヒーを入れてくれた。手早いな、そういや喫茶店で働いてたんだっけ。


「お砂糖はどのくらい入れる?」

「あ、俺はブラックで大丈夫です」


普段俺が使うマグカップとは違う、白いおしゃれなカップを二つ持ってくる美夜さん。それも家に無かったヤツだな、持ってきたカップかな?


「あの、そういえば親父は何処に?」

「それなんだけどね、私ったらお父さんの事、少し酷使してしまって…特に腰が、ね?」

「あっわかりました、もう聞かなくていいです」

「今は部屋で寝てるのよ、それもあって一度帰ってきたのだけれど、元々一週間くらいで、一度様子を見に帰るつもりだったから、実は結構近場の温泉に居たのよ?

そうそう、お土産の温泉まんじゅうあるから、後で食べてね」


なるほどな、様子見してたのか。

でも、腰が逝く程がんばったのかぁ…親父達の旅、もうすぐ終わるんじゃないか?


「それで、どうだったかしら?二人で数日間暮らしてみて」

「そうですね。最初は不安でしたけど、家事なんかは寧々子の方が上手いし。まあマイペースな所はありますけど、お互い協力していけば大丈夫だとは思いました」

「…それだけかしら?」

「え?いや、まあ…いきなり兄妹って言われて、まだよく分からない所は俺にもありますけど…?」

「はぁ…あの子もまだまだねぇ。まあ圭人君相手に、よくやった方なのかしら」


なんの話だ…やっぱ女性の考えはよく分からないな。


「圭人君、なんだかさっぱり分からないって顔ね?」

「…それは否定しませんけどね。

ぶっちゃけて言いますけど、美夜さんだけじゃなく寧々子も、女性の考える事は俺には理解出来ない事が多いので」

「例えば?私は新米だけど圭人君の母親になったのだから、少しくらい相談してくれると嬉しいわ」


相談ねぇ、まあ聞いて欲しい事は山ほどあるけど、今最初に思い当たる事っていうとなぁ…。


「…寧々子は、なんであんなに距離が近いんでしょう」


思えば最初からだよな。俺に嫌われない様に無理してたとはいえ、それにしてもだ。


「そうねぇ…圭人君は今、なんで自分が寧々ちゃんに懐かれてるのだろう?そう疑問

に思って、理由を考えてるのよね?」

「そうだと、思います」

「それが間違いなのよ」

「…え?」


そんな禅問答みたいな事を言われても…。


「一応初めに言っておくわね、寧々があんなに懐いた人は、圭人君が初めてよ?むしろ今まで男性は避けてたもの、あの子は」

「…そうなんですか」


小学校時代、いじめられてたのは男子からだって言ってたしな、そんな気はしてた。

俺と同じなら、そうだろうとは思ってた。

俺は女子にいじめられてた訳じゃないけど、どうしても苦手意識は抜けなかったし。

高校に上がって、大分マシにはなったとは思うけどな。


「でも、なら余計に理由が分からないんですが…」

「あのね、圭人君。

女の子が男の子に積極的になるのに、明確な理由なんて無いのよ?」

「はぁ…??」

「例え話だけどね、理由が無いと誰かを好きになっちゃいけないのかしら?

全く、男の人はいつもそうなのよね…」


例え話か、まあそうだよな、うん。


「圭人君。女の子は結構、感情で行動するものなの。もちろんそれには色々な情報を見聞きした結果なんだけど、わざわざそれを意味のある言葉になんてしないのよ?

だって、大事な事を一行に纏めてから行動してたら、出遅れちゃうでしょ?」

「はぁ…そういうものですか?」


よく分かりません、すいません。


「分かってないって顔ね、でもそれで良いのよ?女の子の気持ちなんて、簡単に分かると思わない様に」

「…はい」

「どうしても知りたいのなら、自分の行いから推測しなさい。

最初に出会った時、あの子に玄関で噛みつかれた時に、あなたはどう行動したか。

あの子が圭人君の部屋で寝てる時に、何て言ったか。

殆ど下着のまま寝てるあの子を前にして、どう行動したのか。

寧々ちゃんは言葉にはしないけど、その行動一つひとつで、圭人君がどういう人間なのか、ちゃんと見てたのよ?」

「…え、待って下さい、なんでそんな細かく知ってるんですか…??」


うわ怖っ、おんなのひと怖っ。


「そこで疑問に思うようだから、圭人君もまだまだなのよ。寧々ちゃんの事が分からないのも当然、これからも頑張ってね」

「まあ、頑張りますよ。俺も兄なんてやるのは初めてですけど、寧々子を失望させないよう、良い兄になります」

「…まあ、仕方がないわよね。先ずはそこから、頑張ってみなさいね」


…何か含みのある言い方だが、取り敢えず俺の意思は伝わったのかな。

今までの言い方だと、聞いても素直に答えてくれないだろうし。

これも、女性の感性とか、そういうのなんだろうなぁ。


「さてと、この後お父さんを腰の病院に連れて行かないといけないから、お昼は二人で食べててね。明日から学校に行く準備もあるし、今日は出前ですませちゃいなさい。その分はお金別に置いていくから、遠慮しなくていいわよ。

それと、夕飯はお母さんが作るから、用意しなくていいわ」

「すいません、ありがとうございます…って、これだと他人行儀すぎますか?」

「うふふ、そうだけど、無理して距離を詰めなくてもいいのよ?私も圭人君に合わせるから」

「ははは、そう言ってもらえると助かります。

ああ、でもお金とかは大丈夫なんですか?親父はああ言ってましたけど…やっぱり気になって」


退職金って言っても、そんなに貰えるもんなの?


「あのね、実はお父さんのお金には、手を付けてないのよ?」

「え、そうなんですか?」

「圭人君は、私が元の夫と離婚したことは、もう聞いてるわよね?」

「ええ、はい」


寧々子から聞いたばっかりだけど、何で知ってるんだ?

結構、密に連絡取り合ってるのかな、美夜さんと寧々子は。


「それで、当時貰った手切れ金に、今も寧々子への養育費が振り込まれてるの。お金払いだけは良い夫だったから」

「はぁ、そうなんですか」


ちょっと美夜さんの口調が、イラっとしてるな。


「それで、そのお金には今まで手を付けてこなかったの。あいつの金で寧々子を育てるなんて、虫唾が走るから。ムカつくでしょ?」

「はぁ、まあ落ち着いて下さい」


なんかエンジンかかってきたな、美夜さん。


「一応何も責任取らせないなんて言うのは悔しいから、お金が振り込まれるのだけはきっちり確認してきたけど、使わないお金がどんどん通帳に貯まってたのよ。

あんなお金絶対に寧々子には使わないつもりだったから、どうしようかと思ってたのよね。

それでね、今回お父さんと再婚して私思ったのよ。どうせ使わないなら、今ぱーっと遊んで使っちゃえって」

「わかります」


いや、本当はあんまりよくわかんないけど?

こう言ったほうが良い気がしたから。


「考えてみて?昔の嫌いなオトコからの金で、新しいオトコと遊びに行くって…最っ高に気持ちいいの!!

もうね、実際やってみて本っ当ーーーに良い気分だったわ!!あはははは!!!ざまぁ!!!」

「あの、美夜さん落ち着いて」


まじか、まじだ。

女って、やっぱ怖えな。


「あんたが養育費として送って来た金で、新しいオトコと遊んでまーーす!!って動画で送ってやろうと思ったわ!!」

「思い留まってくれて、よかったです」

「お父さんに止められたから送れなかったのよねぇ」

「親父マジありがとう」


あぶない所だった。

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