第6話

起きると、義妹は俺とソファーの背もたれに挟まる形で寝てた。

おかげで、俺が落ちそうだったけど…。


しかし、よくこんな狭い場所に挟まれるな。


「ん…いまなんじ?」

「起こしちゃったか、ごめんな。2時過ぎたところ」


変な体制で寝てたから、背中が痛い…。

しかし、もう午後2時か。バイトも学校も無いから、ちょっとだらけ過ぎてしまったか。


「夕飯は少し遅めでもいいかな」

「ん、時間はあにきにあわせる」


また呼び方が兄貴になってるな。


「豚バラがあるから、それで何か作るか」

「豚肉…にするの?」

「ん、なんだ豚は苦手か?」

「おさかなは好き、苦手はない」


まあ魚が好きなんだろうなってのは分ったよ、初対面で。

そういや、今日は別にマグロの臭いさせて無い筈だけど、変わらず噛みついたりしてきたな。その辺はあんまり関係ないのかな?


「わたし、さかな以外料理できない」

「…え、冗談だろ?」

「ぬ、無理」


いやいや、あれだけ出来るならいくら何でも。


「味噌汁は?」

「あら汁なら」

「カレーは?」

「サバカレーなら」

「チャーハン…」

「サケチャーハン」

「なんでだよ」

「お魚以外の、火加減分からない。

焦げたり、生だったりする」


…さっきまでの俺の劣等感を返せ。


「ぬ、下ごしらえは手伝える」

「…まあ、もともと俺が作るつもりだったし大丈夫だ。

昼飯は任せたんだし、夕飯は俺が作るよ」

「ん、助かる」


まあ、おかげで俺は、多少お兄ちゃんとしての威厳を保てるから良いけど。

お互いの出来る事と出来ない事、これから知っていかないとな。





俺が作った無難な夕食を終える。

いつもは大体ひとりで夕食を済ませて、部屋に戻って気ままに過ごしてたけど、今日は寧々子が居る。

彼女を残して、一人そそくさと部屋に引っ込むのは気が引けたので、そのままリビングで一緒にテレビを見たりしてる。

普段テレビなんて見ないから、ドラマだと内容が分からない。適当なバラエティー番組を見てる。でも、あんまり面白くはないな…。

時間的に、そろそろ風呂に入ってもいいかもしれない。

少し早いけど、女の子は風呂長そうだし。

とか思っていたらまた問題が。


「むー、お風呂入りたくない」

「…本気か?」


牛乳を飲みながら、そんな我が儘を言い出す義妹。

入れよ…お前小学生じゃないんだから。


「めんどう、三日に一回でいい」

「駄目だって、頼むから毎日入ってくれ…」


なぜ俺は、同い年の女子高生を風呂に入るよう説得してるんだ。


「別にくさくない、嗅いでみて」

「いや、そういう問題じゃなくてだな…」

「いいから嗅ぐ」

「あ、はい」


…なんで俺は、義妹の臭いを嗅いでるんだろう。

恐る恐る寧々子の頭を嗅いでみるが…うーん。

なんだろうな、汗臭くはないけど、この甘ったるい匂い。


「なんか、女子の体臭と牛乳がまざったような匂いがする」

「…やっぱり入る」


よかった、一応恥じらいも持ち合わせてたか。

でも、ちょっとしょんぼりしてるな…。


「別に不快な匂いではなかったけどな」

「じゃあもっと嗅ぐ?」

「いや妹の臭い嗅ぎまくる兄って変態だろ、やらないよ」

「わたしは大丈夫、あにきが変態になるだけ」

「それが問題だって言ってるだろ!?」


まあ、取り敢えず風呂には入ってくれ、頼むから。





とりあえず女の子から、という事で寧々子から先に風呂に入らせた。

リビング、一人だとやっぱり静かだよな…。

ちょっと気まぐれ過ぎる義妹だけど、居ないと寂しいな。

正直にいえば…まだ家族という実感はないと思う。昨日の今日で気持ちの整理はついてない。


でも、美夜さんと一緒の親父は、本当に楽しそうだ。あんなのは何年ぶりだろう。


だから、俺に出来る事で協力していこうと思ってる。

兄というのが何なのか、実際の所分からないけど、精一杯お兄ちゃんしないといけないな。


間違えても、あの義妹に嫌われる事はしないように。

そう、例えばえっちなのはダメ、ぜったい。

だから、もうちょっと手加減してくれと思うんだけど…。

俺が巨乳派じゃなければ、何度ピンチを迎えていたことか。


そんな事を考えて居たら、ドタドタ騒がしい足音が。

もう上がったのか、早いな。


「あにき、シャンプーがない」

「言ーーーってるそばからぁ!!お前だから服を着てこいよぉ!!!!」

「ん、タオルで隠してる」

「隠すならもっとでかいバスタオル使え!!それ手ぬぐいサイズのやつ!!」


前だけはバッチリ隠れてるけどな!!

うん?あのサイズで隠せるのか?…そっか。

いやいや、うしろが危ない!


「お、お前…いいか、そのままだぞ。絶対に後ろ向くなよ…?」

「ん、うしろ?」

「だからダメなんだよ!!もおおお!!!」


フリじゃねえんだよ!!そういう前フリじゃないの!!

ああー俺はお兄ちゃん!!お兄ちゃんだ!!

そして巨乳派、貧乳には屈しない、屈しないぞ…。


「なぜ、目を閉じてるの?」

「瞑想中だ。ていうかシャンプー風呂場に無かったか?」

「ちがう、わたしの」

「そんなのは知らないぞ…」


なぜ俺に聞く。


「わたしの部屋にある」

「入る時に持って行けよ…」

「忘れてた」


はあ…まあ仕方が無い。


「持ってくるから、お風呂で待っててくれ」

「ん、わかった、ありがと」

「よし、じゃあ俺に背を向けず、ゆっくりと刺激しない様に後ずさるように風呂に…」

「むー、さむい」

「ひとのはなしを聞けよお!!って、あれ??」


なんか背中とか尻の部分に、白いモコモコが。

泡か、ボディーソープの泡だな。

あぶない部分はギリ見えなくなってる。

はぁ~…。


「…廊下、泡だらけだなぁ」


…後で拭かなきゃ。


ちなみに、寧々子の部屋は綺麗に片付いてて、パステルカラーな女の子の場所になってた。




翌日。

義妹が来て、今日で三日目だ。

寝るときは居なかった寧々子が、朝起きたら俺の布団の中で丸くなってたという、多少のハプニングはあった。

起きたら寝汗が出てたが…暑い、体温高いんだな。

冬場はいいかもしれない。


それで、今日は俺のバイトの日。帰ったらまた噛みつかれるかもしれないが…今更だな。

手袋して作業してるんだけどな?匂いわかるの?

もっとしっかり手を洗ってから帰ろう。


「3時くらいに帰るから、その辺で買い物とか、適当に過ごしててくれるか?」

「…わかった、3時」

「鍵はちゃんと掛けろよ。ああ、家に居る時もだぞ」

「むう、わかってる、子供じゃない」


…今日は少し機嫌が悪いかな?

おっと、バイトに遅れる。


「じゃあ、いってきます」

「…いってらっしゃい」


うーん、やっぱり機嫌が悪そうだ。

帰ったら何かで、ご機嫌とらないとな。





まいったな、今日は早く上がりたかったのに…もう六時か、夕飯が遅くなってしまう。

先に食べててもいいって連絡したかったけど、寧々子の携帯電話番号、聞くの忘れてたからな。

いや、あれだけ色々やられればタイミング逃すだろ。

玄関の鍵はちゃんと掛かってるみたいだな、家に居るか分からないけど。


「ただいまー!…って?」


玄関の廊下に、初めて会った日と同じように寧々子が座り込んでいた。

違うのは、服装が私服なのと、泣きはらした真っ赤な瞳…?!


「う…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「え?な、なにかあったのか!?」


玄関を上がる間もなく、寧々子は勢いよく俺の胸に跳びついてきた…?!

なんだ?何か不味い事が起きたのか?!


「三時に、帰るって言ったのに!いったのに!!」

「ああ…ごめん遅くなって…」


俺の帰りが遅くて、心配してたのか。

もしかして、俺が帰るまでずっと…ここで待ってたのか?

玄関先で、一昨日と同じ様に…。


「うう、ひっく…もう、帰って来ないと思って…」

「い、いや…俺の家は此処だぞ?帰らないわけないだろ…」


駄目だ、しがみ付いたまま…泣いて、離れない。

なんでだ?そんなに寂しかったのか?

そりゃ、今は親父と美夜さんは居ないけど…。


「でも…は、帰らなかった。家族なのに…帰ってこなかった…」

「…それは、寧々子の父親の事か?」


寧々子は、一瞬動きが固まったけど…俺にしがみ付いたまま、ゆっくり一回だけ頷いた。


「…お母さん、再婚して、本当に幸せそうだった。あんなに笑ってるの、すごくひさしぶりに見た。

でも、前のお父さん、わたしが駄目だったから…出て行っちゃった、から。

もう、家族に捨てられるのは、嫌です。

もう、わたしのせいで、お母さんを悲しませたく、ないです。

悪いところ、直します。ちゃんと、妹やります。

だから、キライにならないで、ください。

…わたしも、お母さんも、じゃない…そんなこと、もう言われたくない、です…」


…自然と、俺が寧々子を抱きしめる手に力が入った。


「…兄さん、少し痛い」

「…あ、ごめんな。手、離したほういいか?」

「んん、やっぱり…もう少し強く

、して」

「…ごめんな、不安にさせて」


うん…そっか、俺も寧々子も、お互いに連れ子だったよな。

寧々子も…俺と同じか、似たような境遇なんだ。

お互いに避けてたからか、前の親の話はしてない。

そうやって、触れてこなかったのは失敗だ。俺は寧々子の、お兄ちゃんになったのに。


でも…。

捨て猫だって?昔、誰かに言われたのか?

何処の誰だ、そんな酷い事を言ったのは。


俺の妹に、言ったのか?

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