第5話
翌日、両親は朝から出発していった。
「本当に行ったな…」
「ぬー、まじだった」
それも、かなりウキウキで。
冗談かと少し期待してたんだがな。
見送りした玄関の廊下で立ち尽くす俺。
昨日から義妹になった、隣で座りこむ寧々子を見下ろす。昨日と同じ体制だな、まあ服装は私服になってるけど。
上は長袖、下はショートパンツで、どっちも裾がモコモコしてる。裏起毛?まあ寒がりっぽいからな。
それと、昨日は素足だったけど今日は厚めの黒タイツだ。華奢で綺麗な足が隠れてしまったのは残念だが…いや、タイツもなかなかいいかも?あーダメダメ意識するな、俺はお兄ちゃん、お兄ちゃんっ。
まあ、タイツがどのくらい暖かいのか分からないけど、今日は朝から天気も良い。
家のなかに居るなら寒くないだろ、外は少し風が出てるから寒いけど。
春なんだし、もうちょい暖かくならないかな。
しかし、寧々子は相変わらず寝そうだ。
癖っ毛を揺らしながら、こしこし顔を擦ってる。
小さな口があくびと一緒に開いていくと、ちらっと八重歯が見える、可愛いらしいなあ。
それで、こうやって隣にすわって見ていると…やっぱり猫だな。
こう、庇護欲が掻き立てられる…甘やかしたい…。
「ほーらよしよしよし」
「ん~んふふふ~♪」
軽くウェーブ掛かった髪を撫でたり、昨日みたいに頭をかりかり掻いてみる。うん、気持ちいいらしい。
「ハハハ、この辺が気持ちいいか?」
「むー、ふんっ」
「おおっと、何か間違ったか…?」
そっぽを向かれた。
ちょっと強く撫ですぎたかな?匙加減がまだつかめないな…。
「ふー、はむっ」
「こらこら手に噛みつくな」
昨日は腕だったけど、今日は手か。
小さい唇だ、ぷるっとしてる。
撫でるのはさほど抵抗無いんだけど、やっぱり同年代の義妹が、自分の手に唇押し付けてるのは…照れるな。
そして、背が引いからいつも上目遣いで見上げてくる。少し背徳感があるな…。
ただ、寧々子は歯も立ててるから下手に動かせない。でも痛い、特に八重歯が。
あくびした時くらいしか見えないけど、けっこう尖ってるよな。
やっと手を離した寧々子は、今度は俺の服の袖に顔をぐりぐり押し付けてきた。いや俺の服で顔を拭くなよ。
「いや、顔はちゃんと洗面所で洗ってくれ…」
「むー、起きてから洗った」
「じゃあなぜ…まあいいや、俺は手を洗って来るから」
まだ濡れて光って、歯形が消えてないし。
「ぬ、必要ない、貸して」
「いや貸してって…まてまて!なぜ舐めてる!俺の手を!!」
動揺して倒置法になっちゃっただろ!いや動揺しなくても使うけどな!
舌ちいさい、ちょっと気持ちいい…じゃなくてな!!
「大丈夫、歯もみがいた」
「そういう問題じゃなくて、濡れるし、ほら…もうっ!!」
義妹に手を舐めさせるとか、変態だろ…。
いやまて、もう今更かもしれない?
段々こうやって、感覚を麻痺させられてる気がするぞ…。
「じゃあ、こうする」
「あああ!服の袖で拭いちゃダメです!」
「む、乾くまで待つ」
「よし、洗ってくる」
「だめ、ゆるさない」
「痛って!はなせはなせ爪を立てるな!!」
なんだこの義妹、華奢なわりに指の力すげえ!!
ぜんぜん引きはがせない?!
「よし、乾いた」
「はぁ…満足したか?」
やっと放してくれたか…って乾いたからか、もうどの辺かわからない。
どこだ舐められたのは、左手の甲は大体被害にあったはず。
匂いとかついてないよな…いやついててもイヤじゃないし別に構わないけど。
ん、何か微かに匂う…。
「…お前、起きてから牛乳飲んだ?」
「…牛乳は、一日三回…飲む」
牛乳、好きなのか?
「まだ、成長するはず…」
「…
そ、そうか…うん、そうだな」
そこにある筈のものを、追い求めてるのか。
美夜さんは…普通にあるもんな。たぶんDだ。
そうか、寧々子はすでに成長期を終えてるだろうに。
それでも、まだ諦めてないっていうのなら…お兄ちゃんとして、協力してやらないとな。
「…俺も、出来るだけ協力するからな」
「…ありがと、期待してる」
「気にするな、俺はお兄ちゃんだしな」
「うん、あにき」
「チンピラかお前はっ」
今度は兄貴かよ。
本当に、飽きさせない義妹だな。
それはそれとして、後でこっそり手を洗おう。
◇
「んで寧々子、新しい学校の準備は大丈夫か?」
「んふ、ばっちり」
自信たっぷりに鼻を膨らませて、無い胸を偉そうに反らせている。
じっと見てたら、どっちが背中か区別つかなくなる…トリックアートか?
「お母さんも確認ずみ」
「ああ…なら大丈夫か」
美夜さんは、しっかりしてそうだしな。
「んじゃ、早速だが家事やるか」
「あにき、洗濯はわたしがやる」
「ん、なぜ?」
「お母さんが、そうしなさいって」
「あー…まあ下着とかあるからな」
おれは別にパンツ見られても…まあ、多少は恥ずかしいけど、逆よりは大分ましだ。
義妹のパンツを洗濯するとか、想像出来ない。
「ん、男の人に洗濯させない。全部適当に放り込む。ネットに入れないとブラとか色々駄目になる」
「そうなのか?」
え、まって。寧々子、ブラしてるのか…?
中学生用か?いや小学生用だな。
おっといけない、俺は巨乳派だが、大きさに優劣なんてないんだ。
それは置いておいて、たしかに女子の下着の洗い方なんて知らない、今まで男所帯だったし。
美夜さん、色々と気遣い出来るな。俺と親父じゃそこまで気がまわらない。
「そんじゃ、色々分担しながら始めるか。勝手が分からなかったら聞いてくれ」
「わかった、まかせて」
◇
色々と寧々子にやってもらって分かったこと。
意外だが、俺より家事スキル高い。
早いし、しかも仕事が丁寧だ。ちょっと悔しい。
そして、余った時間で居眠りする、やっぱりな。
ただ、寝てもすぐに起きるし、やることは予定どおりに終わらせるから問題ない。
正直侮ってた、すまない助かる。
そして、特に料理の腕前は際立っていた。
「白身魚のムニエル、レモンバターソースがけ」
「いや昼に軽く食べるメニューじゃないだろ…」
「む、まだ食べちゃ駄目」
そう言うと、おもむろにスマホで料理を撮影し始める寧々子。
「むふ、
「SNSに上げてるのか…」
しかもかなり手慣れてる…。
こういうの見ると、女子高生なんだなって実感できるな。
「はい、食べていいよ」
「あ、ああ…いただきます。
うん、うん…凄い旨い…」
「ん、よかった」
なにこれ、レストランみたいな味なんだが…。
これに比べたら、俺の料理なんか…。
すいません寧々子さん、正直舐めてました。
俺より全然女子力高いじゃないですか…。
食べ終わった食器を洗い、意気消沈して虚空を見つめていると、心配そうに寧々子が声を掛けて来た。
「…あにき、元気ない?」
「はは…こんな俺を、兄と呼んでくれるのか?こんなダメダメな男を…」
同情したのか、義妹の口調も少し丁寧だ。
「むう…あにき、家族は助け合うもの」
「うん、そうだな」
「なら、ここにくる」
話しながら、ソファーに座り隣の席をぼんぼん叩く。そこに座れと、説教かな?
「よしよし、する」
「よしよしって…頭なでなで?いや、いいよ高校生なんだし」
「むー、あにきもやった」
「やったか?ああ、やったか」
玄関で。
…まあいいか、義妹のワガママに付き合うのも兄の役目だ。
しかし、座ってもこいつ背が低いな、当たり前だけど。
「ぬぬ、届かない…もっとこっち」
「ああ、分かった…って待って!襟を引くな髪を掴むな!」
座ったまま横に倒された俺の頭、は収穫したスイカみたいに寧々子に抱えられた。
「よしよし、よしよし」
いやまて、お前これ距離感分かってねえだろ…。
「んふふー」
「抱きしめるな!俺の後頭部に胸が当たってんだよ!
ん、あれ?胸かな…??」
おかしい、やけに硬い。
いや、実は背中かもしれない…?
「…兄さん?」
「痛い!いてててなんで爪をたてる!!」
口調が美夜さんぽくなった?!
怒り?怒りで覚醒したのか?
「よけいな事を言うと、狩るよ?」
「は、はい!ごめんなさい!!」
寧々子の握力は何なんだろうな…指だけ鍛えてるのか?
しかし、こいつ身体も少しミルクっぽい匂いするな。
「わかったら、次の言葉を復唱する」
「お、おうっ!」
「ひんにゅうは、世界一かわいい、はい」
「貧乳は世界一可愛い」
「こえがちいさい」
「貧乳は世界一可愛い!」
「…やるきあるの?」
「ひ、貧乳は世界一可愛い!!!」
「もっと、すまーとに」
「貧乳は世界一可愛い!!!!!」
「ん、よし」
お許しがでたか。
よかった、肩から力が抜けてく…そして食後の眠気が…。
…あれ、気が付いたらこれ、膝枕されてる?
「ん、そのまま寝ていいよ?」
「いや、俺の頭重いだろ」
「飽きたらおろす」
「そ、そうか…」
よく分からん義妹だ。
ただ、たまに髪の毛を撫でられるのが気持ちいい。
女の人に頭撫でられるって、こういう感じなのか…。
悪くないかも。
「ああ…本気で眠い」
「うん、おやすみ…兄さん」
気持ちよく意識が落ちていく。
眠りに落ちる直前の義妹は、一瞬だが美夜さんみたいに優し気な雰囲気だった。
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