第一場 第二景 池田屋事件

 僕が音楽の魅力に目覚めたのは中学生の頃だった。何気なく入った部活が吹奏楽部だった。今まで音楽経験はというと、嫌々ピアノを習わされていたけど、すぐ辞めてしまったくらいのものだった。

 譜面が多少読めるのと、今年は他に男子も入部するとの話を聞いて、入部を決断した気がする。しかし、気づいてみればどっぷりとアンサンブルの魅力に取り憑かれてしまっていた。

 なんでなんだろう。与えられた役割の中で自己表現することに、今まで希薄だった存在価値みたいなのを見出したからだろうか……それもあるかもしれないが、きっともっと根源的な……DNAに刻まれた本能のような気もする……

 漠然とした感覚ではあったが、ついに一生の友に出会えた気がして、絶対離れたくないと思ったし、音楽だけで生活が出来たらと、指揮者や作曲家に憧れたことだってあった。


 高校生になって、ネットや情報誌などを通してではあるが、プロの音楽業界のことを少しずつ知っていくことになる。

 第一線で活躍する音楽家の多くは幼い頃から音楽教育を受け、余りある実力と運命を引きつける力でその名声を勝ち取ってきたのだ。

夢は大きくとも、根気も自信も中途半端な僕は尻込みしてしまった。

「僕はとてもじゃないけど、音楽だけじゃ食っていけない……」

 僕は「音楽は趣味でやる」と早々に判断して、堅実に生きていく道を選んだ……選んだはずだった。


 大学受験の失敗がきっかけになり、引きこもりがちになった。

 あまり多くは語りたくはないが……友人は離れたし、アルバイトすらもまともに続かなかった。ぐうたらとした生活がダラダラと続く。残ったのは唯一の趣味の音楽だけだった、音楽だけは手放したくなかった。クラシックの情報を集めては、音盤を買い漁った。どうしても行きたいコンサートがあったら頑張って遠征もした。(なかなか都合のいい引きこもりである。)

 クラシックだけでなくネットの流行に便乗してボーカロイドの曲を作ったりもした。多分どこかで作曲をしたいという憧れが残っていたのだろう……


 そんなことを何気なく振り返りながら、人の流れに飲まれつつ、僕はまだフラフラとした足で出口への階段に差し掛かった。その時であった。


 ―ズルッ!―


 視界がくるりと逆上がりする。


 下り階段の最初の一段を完全に見誤り、見事に滑る。

 柔らかな絨毯が上等のすべり台になって、気持ち良いくらいにスムーズに階下へと加速しながら体を運んでいく……幸か不幸か誰も巻き込むことなく……位置エネルギーが効率よく速度に変わって……受け身を取る暇もなく階下直面の柱とご対面……


 ―ドンッ!―


 鈍い骨伝導を感じた瞬間だった……

 目の前が真っ暗になった!


 なんか昔やったゲームみたいだな。あっけなく終わって、何事もないかのように街から再開する。(ただし所持金は半減する)

 でも、ここは現実。現実ではどうなのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る