第5話 幼なじみだから、わかってしまう

 ヨシュの怪我は幸い、命に別条がなかった。胸当ては壊れていたが、傷は深くない。しばらく安静にしていれば、数日で完治するようだった。

 ヨシュを病室に預け、安堵したハルは、アルドを伴って建物の外へ足を向けた。

「ありがとう。あなたには感謝しても、しきれないわ」

「俺はほとんど何もできなかった。お礼はヨシュが起きたら、改めてしてあげてほしい」

「ええ。それはもちろん。けど、あなたがいなかったら、今と同じ結末になっていたか、わからなかったわ。感謝もそうだけど、それ以上に迷惑もかけてしまった。ごめんなさい」

「謝る必要はないさ。俺が勝手にお節介を焼いただけだ」

「お人好しね」

「それはヨシュに言ってくれ。俺よりも重症だ」

「ふふっ、それは子供の頃からのことだから、治りそうにないわね」

「それより、本当によかったのか?」

「何が?」

「あの、外套の男だよ。また君を狙ってくるんじゃないのか?」

「多分、いえ、また来るでしょうね。私を殺す依頼が続く限りは」

「あいつは君のことを同業者って言っていたが、顔見知りなのか?」

「顔見知りって言っても、言葉通りよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。それに、私、ううん、私たちの家族がしていたことは、あいつとは違うわ……違う。そう思いたいだけかもしれないわ」

「その話は、俺が聞いても平気なのか? 話したくないなら、必要以上に聞くつもりはないけど」

「あなたには助けてもらったし、聞く権利があると思う。ただ大した話じゃないけどね。それでもいいかしら?」

「ああ。聞かせてもらうよ」

「わかった。私は幼い頃、自分の両親のことがよくわからなかったの。それは表ではいい顔をして、裏では人を殺していたから。どっちが本当の顔なのかわからなかったの」

「その頃はヨシュはいたのか?」

「ええ。私はヨシュにそのことを打ち明けられなかった。自分でもどうしていいのかわからなかったし、幼い自分には、たとえ家族のことでも、関係がないと他人事だったから。しばらくして町を離れることになった時、私はヨシュと別れるのが嫌で、理由を父に聞いたの。そしたら父は『長くとどまると他の人たちに迷惑がかかるかもしれないから』って言ったわ。だから、私は人を殺すような悪いことをしているからじゃないって言い返したの」

「必死だったんだな」

「うん。けど、私の言葉なんて聞く耳を持ってくれなかった。父は『自分たちのしていることは許されないけど、誰かがやらないといけないんだ』って、とても悲しそうな顔をして言っていたの。その時のことを今でもよく憶えているわ」

「誰かがやらないといけないこと……」

「あなたが疑問に感じるのも無理はないわ。私もそうだったから。そこから、どうして両親がそんなことをするのか、こっそり調べることにしたの。そしたら、二人はただ単純に人を殺しているわけじゃなかった」

「理由があったんだな」

「ええ。お金はもちろん受け取っていたけど、それはあまり重要ではなかった。大事なのは、依頼人の気持ちだった」

「気持ち……恨みとか憎しみとかか?」

「その気持ちは誰にだってあるもの。依頼に来る人のほとんどはそういうものがほとんどだったけど」

「それだけじゃないのか?」

「両親が引き受けていたものは、何の罪もないのに、理不尽に殺されてしまった人たちの親族や友人たちの依頼だけだった。彼らはみな弱い立場にいて、大切な人を失って、恨みすらも晴らすことができずに苦しんでいた」

「……」

「それを知って、私は両親がやっている仕事について理解できたけど、同時にもっと両親たちのことがわからなくなったの」

「どうしてだ? 確かにやってることは褒められることじゃないが、その人たちを救おうとしたんじゃないのか?」

「私もそう思った。大きな力を持った人間は私腹を肥やし、他人の命を物のように扱っていた。そんな連中に同情の余地なんてないわ。けど、それは私たち家族がしていることも同じなんじゃないかと思ったの」

「同じ……」

「誰かを救うため、正義のため、という建前があるからと言って、人を殺すことが許されるわけじゃない。結局、やっていることは権力を持った連中と同じ、身勝手な人殺しに過ぎない」

「それは違うんじゃないのか。君たちの行いで、救われた人もいるんだろ」

「確かにそうね。私も成長しながら、両親の仕事を手伝うことになって、たくさんの依頼人から感謝されたわ」

「それなら、身勝手とは違うだろ。君の両親は正しさを貫いたんだ」

「本当に正しいことなら、私の両親はどうして堂々としなかったのかしら? どうしてヨシュと離れなければならなかったの?」

「それは……俺にはわからない」

「後ろめたかったのよ。それだけじゃない。自分たちの命も惜しかった。人を殺せば、恨みを買う。今日あったように。だから、私の両親は殺された」

「え⁉」

「依頼人が裏切ったの。その依頼人は最初から両親をはめるために、別の依頼人に雇われていたみたい」

「なら、あの外套の男は君の両親のかたきなのか? それに、あの魔獣を操るような能力は何なんだ?」

「あの力は催眠のようなものだと、両親に教えられてはいたけど、私も初めて見たから詳しくはわからなし、あいつが両親の敵かどうかも……」

「そうか」

「裏の世界には私と似たような連中が何人もいるの。単独で動いている者もいれば、私と同じように家族で動いていたり、纏まった組織があったりもするの。そのほとんどが、報酬さえもらえれば、誰でも簡単に人を殺す」

「君は大丈夫だったのか?」

「私は丁度、別の仕事を請け負っていたから、両親の側にはいなかった。正直、私たちがしていたことを考えれば、そうなることぐらい常に頭の中にあったわ」

「それから、君はどうしたんだ?」

「復讐も考えたわ。けど、色々探っても、殺した奴の手掛かりは掴めなかった。私一人で犯人を見つけるのは危険が多く、無理があった。それに怖かったの。一人になってみて、私も殺されるという恐怖や誰かに狙わている不安に、押しつぶされそうになった。夜も安心して眠れなくなって、滅入る日々が続いたわ」

「精神的にも追い詰められていたんだな」

「そうね。私は逃げて逃げて、逃げ回った。行く当てなんてなくて、どこにいっていいのかもわらなかった。私の居場所なんてどこにもなかった。誰も信用できなくなって、自分が自分でいられなくなっていった。それでも、私が私でいられたのは、ヨシュの手紙があったから。手紙だけが私にとって何よりも心安らげたの。楽しかった昔を思い出せて、一人じゃないことに気づかせてくれる。きっとそれがなかったら、私は壊れていたかもしれない」

「ヨシュも言っていたが、君にとっても手紙は大切だったんだな」

「ヨシュは自分のことばかり考えていたなんて言っていたけど、それは私も同じ。ううん、私の方がひどいと思う。手紙のやり取りをしていたら、ヨシュにも危険が及ぶかもしれないというのをわかっていながら続けた。私が私でいるために、手紙を捨てることができなかったの。その結果がこれ。最低なのは私の方」

「そこまでわかっていて、ヨシュと会おうと思ったのはどうしてなんだ?」

「ヨシュのことが気になっていたの。手紙を読んでいて、ヨシュが私に何かを悟られないようにしているふしがあったから」

「……君も物書きだったりするのか?」

「えっ? いえ、違うけど」

「ヨシュが言っていたが、物書きは書かれた文章から、その人の裏の気持ちが匂いでわかるって。だから、君もそうなのかと思って」

「ふふっ、それは多分、私がヨシュの幼なじみだからだと思うわ。離れていた間もずっと手紙のやり取りは続けていたし、再会したヨシュは見た目こそ大人になっていたけど、心は昔と変わっていなかったもの。でも、再会したのは間違いだった。最初は様子を見るだけで、立ち去るつもりでいたの。けど、ヨシュを見ていたら、話をしたくなって、その気持ちを抑えられなくなってしまった。ヨシュに迷惑をかけるのをわかっていながら」

「あまり自分を責めるのはよくない」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私はヨシュの側にいるべきじゃない。それが今回のことでよくわかった。遅過ぎるぐらいだけど」

「ヨシュとまた別れるつもりなのか?」

「その方がヨシュのためでもあるから」

「ヨシュはまた無茶なことをするんじゃないか? それにもうヨシュが狙われないって保証はあるのか?」

「わかってるわ。しばらくはヨシュを守るために側にいるつもり」

「なんだか、嬉しそうだな」

「そ、そんなことないわっ!」

「関係ない俺が言うのもなんだが、ヨシュには君が必要だと思う。君もヨシュが必要なんじゃないのか? 一人でいるのは限界なんじゃないのか?」

「……」

「ヨシュはいい奴だ。放っておいたら、その内誰かに取られるかもしれないぞ? ほら、後ろ。ヨシュが綺麗な女の人と話してるぞ」

「えっ⁉」

「嘘だ」

「あなたね」

「自分の気持ちに正直になることも大切なことだ。二人はいい幼なじみだけど、君は今の関係のままで満足なのか?」

「そんなわけないわ……」

 ハルのささやくような声が聞こえず、アルドは眉をひそめた。

「ん? 何か言ったか?」

「な、何も言ってないわっ! ま、まあ、そうね。ヨシュは私のことがすすす、好きみたいだし、その気持ちを無下にはできないのは確かね!」

「まずは君が素直にならないと、何も始まりそうにないな」

「余計なお世話よっ!」

「ははっ、まあ、二人なら、俺が言うまでもなく、うまくやっていけるだろうな」

「あなたに声をかけられて、ヨシュのことを頼んだけど、正直不安だった。誰も信頼できない中で、何のあてもなかったから。あなたみたいなお人好しがいることがわかっただけ、私がヨシュと再会したのはいいことだったと思うわ。世の中、悪いことばかりじゃないみたい」

 ハルは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「ありがとう。アルド。私自身、まだ迷いはあるけど、もう少し頑張ってみるわ」

「ああ。協力できることがあったら、またいつでも言ってくれ」




                                終わり


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ハルとヨシュ ――幼なじみの恋模様―― 輝親ゆとり @battlingtake

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