第3話 強くなりたい!
アルドとヨシュは町から離れた森に来ていた。ここは魔獣が出るところで、昼間なのに陽の光が、木々で遮られて薄暗かった。
強くなるために気合いの入ったヨシュは、ナイフと胸当てをつけて、一応は戦える姿で、深い森を進んでいた。
その後ろにはアルドがついていた。周囲を警戒しつつ、何かあった場合に備えて、ヨシュとの距離を一定に保っていた。
と、不意にアルドが声を
「止まってくれ。ヨシュ」
「ど、どうしたんだい?」
「あそこだ」
茂みの奥にイノシシ型の魔獣が、キノコを食べていた。
「まだこっちに気づいてないようだ。いけそうか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「サポートは俺に任せてくれ」
「お、大きいな。よ、よし……」
「どうした?」
「あのでかい身体で体当たりされたらどうなる?」
「よくて打撲。悪いと骨が折れるかもしれないな。少なくも無傷じゃいられないな」「あの
「場所にはよるが、最悪死ぬだろうな」
「そ、そうか」
「足が震えてるぞ」
「こ、これぐらいのハンデがないと、あいつも可哀そうじゃないか」
「大丈夫か? 戦う時は常に冷静でいた方がいい」
「ぼ、僕は至って冷静さ。手、足がすごく冷たくなってきているしね」
「唇も真っ青だな」
「いつでも戦う準備は出来てる」
「体はそうでもなさそうだがな――こっちに気づいたぞ」
「よし、来い!」
「なんで後ろに下がるんだ?」
「ここは距離を取るべきだ。くそっ、足が重くなっていく。あいつは呪いを使うのかい?」
「呪いというか、精神的な問題だろうな」
「あいつ、なんだがすごく怒ってる気がするんだけど。鼻息がここまで聞こえてくるよ」
「食事の邪魔したからじゃないのか? 威嚇してるんだ」
「誤解だ! 僕は君の食事の邪魔をするつもりはない! ただ、ちょっとだけ僕が強くなるために倒されてほしい!」
「言ってることがめちゃくちゃだぞ。そもそも、言葉は通じないからな。ここは一端引いた方がいいな」
「待ってくれ! ここで逃げたりしたら、僕は強くなれないじゃないか! 僕は逃げないぞ! ハルのために強くなるんだ!」
「落ち着いてくれ。戦うのが初めてだから、動揺するのもわかるが、このままだと怪我をするだけだ。少しは俺の言うことも聞いてくれ。手を貸すって言っただろ。俺を信じてくれ」
「くっ、仕方ない。アルドがそう言うなら、ここは引こう。けど、逃げるんじゃない。いいかい。これは強くなるための戦略だ。覚えておけ!」
「一体、誰に言ってるんだ? ――って、危ないっ!」
「うわあああ、こっちに来た!」
「任せろ」
アルドはヨシュに突っ込んできた魔獣を、腰の剣を抜いて、一瞬で倒してしまう。
「す、すごい」
「大丈夫か?」
「あ、ああ。すごいな。アルド」
「まあ、このぐらいは大したことない。それより、まだ何もしてないが、もう帰るか?」
「冗談はやめてくれ。僕は強くなるんだ。またサポート、お願いするよ」
「よし。なら、このまま森を進もう」
しばらくアルドたちが森を進んで行くと、今度はクマ型の魔獣が小さな湖近くで水を飲んでいた。
まだ魔獣との距離はあったが、その様子を見て、ヨシュの顔が強張っているのにアルドは気づいた。
「やめておくか?」
「い、いや、やる!」
「だが、さっきよりも大きいし、力もあるぞ」
「強くなるためには困難はつきものだ。僕は諦めないさ」
「意気込みはいいが、今度は落ち着いて対処してくれ」
「もちろんだ……ちなみに、確認しておきたいんだけど」
「どうしたんだ?」
「自分より大きいものと戦う時はどうすればいい?」
「そうだな。一人で戦うより仲間と一緒に戦う方がいいな」
「アルドは強いんじゃないのかい?」
「一人でも倒せないこともないが、リスクはなるべく避けた方がいい。それに強くても、一人じゃどうにもならない時だってある」
「どうにもならない……そうかもしれない。それでも、僕は――」
「強くなりたい、だろ」
「そうだ! 強くならないとダメなんだ!」
「サポートはするから、思いっ切り行ってくれ」
「よぉし」
「待て、ヨシュ。手ぶらで行くつもりか。せめてナイフぐらい手に持ってくれ」
「ああっ⁉ そうだった! ナイフなんて普段持たないから、慣れないんだよ」
「そんな奴が鎧を着て戦おうとしていたのか……」
「ほら、形って大事だと思うんだ。見た目を強そうにすれば、強くなった気分にはなれるだろ」
「防具屋でマネキンみたいに動けなかった時、そんなことを考えていたのか?」
「ははっ、僕みたいなひ弱な人間には、真っ先に強くなるために思いつくのはそれぐらいだからね。けど、冗談なんかじゃないんだ。僕は本気さ。ところで、一太刀で湖を割ったりできる剣や空を飛べる靴なんかは持ってないのかい?」
「いや、ないな。仮にそんなのがあったとしても、今のヨシュには扱えないだろう。鎧だってまともに着れないんだ」
「うっ、アルドは正直だな」
「嘘を言っても、何のためにもならない。本当はこんな無茶なことも辞めさせたいぐらいだ。強くなるための近道なんてものはない」
「僕もわかっているよ。けど、アルドはどうしてこんな僕に付き合ってくれるんだい? 時間の無駄だと思わないのかい? 言っておくけど、僕はあんまりお金は持ってないよ」
「いや、別に金が欲しいからじゃない。ヨシュのまっすぐな気持ちを知ったからだ」「僕の……」
「ああ、幼なじみへの想いだ。あれは本気だと思った。やってることは確かに
「そ、そんな、俺はただハルが好きなだけだよ」
「変わろうと思っても、人は中々変われないものだ。例え変わろうと思っても、行動する前に終わってしまう。それに自分のためじゃなく、誰かのために何かをしようとすることは中々できることじゃない」
「そんなに褒められると、照れるな」
「まあ、強くなれるかは別だけどな」
「褒めてから下げるにしては早くないかい! もう少し浸らせてくれよ!」
「これから戦うんだろ。なら――」
「冷静じゃないとだめ、だろ」
「ああ。そうだ」
「これじゃあ、僕は君の期待も裏切れなくなってしまったな。よし。見ててくれ。あ、本当に見てるだけなのは困るよ。ちゃんとピンチになったら、何とかしてもらえるよね?」
「そこは安心してくれ」
「よし。じゃあ、本当に行くよ? 行くからね? 行ってしまうよ?」
「……いや、行かないのか?」
「行く! 行くよ! ただ、準備運動はしておいた方がいいかなって思って。大事なところで足がつったりしたら、格好つかないだろ」
「さっき、『うああああああ』って、情けなく言ってなかったか?」
「あ、あれは僕なりの威嚇さ。声を上げて、相手を怯ませようと思ったんだ」
「変わった威嚇だな。まあ、身体が
「一つ言いかな。あの魔獣の爪で引っかかれたら、箔ぐらいつくかな。ほら、傷跡は勲章なんて言うだろ」
「確かに、歴戦の猛者は体中に戦った相手との傷跡があって、それを誇ったりするが、ヨシュの場合、箔がつく前に、身体がバラバラになりそうだな」
「だ、だよね」
「相手の攻撃は避けるに越したことはない」
「賛成だよ。ここは勲章より命大事にいこう。生き延びることだって戦いの経験になるし、勲章なんてなくても強くなれるよね」
「そうだな。経験は大事だ。相手の力量を図れるし、正確な状況判断もできる。ヨシュの言うように、戦いは勝つことだけじゃなく、生き残ることでもあるのは間違いない」
「僕ももう素人じゃない。一度戦いを経験したんだ。今度こそうまくやってみせるよ」
「今度はどんな間の抜けた声を上げるんだ?」
「あ、上げないよ! 見ててくれ。絶対、あいつに一太刀ぐらい決めてみせる」
「おい。あいつがこっちに気づいたぞ。慎重に距離を詰めていけ」
「ああ、わかった――って、うわぁ!」
「どうした?」
「あ、足が」
「また震えているのか?」
「違うよ! ぬかるみで足が! 湖の水の影響がこんなところに。予想以上に深くて、足がはまって、動けない!」
「ヨシュ! 前を見ろ! あいつが一気に駆けてきたぞ!」
「ぎゃあああああああああ!」
突っ込んできた魔獣を、またしてもアルドが難なく倒して、ヨシュは事なきを得た。ヨシュがぬかるみから足を抜いたところで、今まで見なかった
「ははっ、やっぱり、無理なのかな。僕が急に強くなるなんて……」
「諦めるのか?」
「だって、そうじゃないか。鎧を着ても動けない。刃物だってまともに持ったこともないし、アルドも無茶なことだって言ってただろ」
「ああ」
「アルドは僕のことを褒めてくれたけど、僕はそんな立派な人間じゃないよ。変わりたいと思う気持ちは間違いないけど、行動したところで結果が伴わない。そんなの口だけと何も変わらないよ」
「……」
「僕自身、戦いなんて向かないことぐらいわかってる。最初からすぐに強くなることも無理だってことも、ね」
「それをわかった上で、そうしなければならなかったんだろ? 幼なじみのために」
「うん。僕はハルのためなら、どんなことでもしてあげたいと思ってる。それはハルのことが好きだからなのはもちろんだけど、ハルしか
「怖い?」
「僕は物書きなんだ。子供向けの冒険ものの話を書いているんだけど、それを書くきっかけをくれたのがハルなんだ。幼い頃にハルと別れてしばらく経ってから、僕の両親が離婚して、僕は母親に引き取られたんだ。その母が病で亡くなってからは、僕は一人ぼっちで、現実が辛くて、生きる希望が持てなかったんだ。けど、ハルと別れた後も手紙のやり取りだけは続いていて、それが僕にとって何よりも大切なものだったんだ。生きがいと言ってもいい」
「手紙……そう言えば」
「どうかしのかい?」
「いや、続けてくれ」
「ハルからの手紙は、いつも僕を励ましてくれた。僕はハルを心配させないように、平凡な自分の話を少しおかしく書いて伝えたんだ。そしたら、ハルは面白いって言ってくれたんだ。僕はそれがすごく嬉しくて、それまで辛かった現実の中で、ちょっとでも面白いもの見つけようと探す日々に変わったたんだ。それもこれもハルに手紙を出すため」
「今のヨシュはその幼なじみのおかげなんだな」
「その通りさ! だから、僕はハルとまた会えたことが何よりも幸せなんだ。けど、それはただの僕の勝手な気持ちに過ぎないんだ」
「どうしてそう思うんだ?」
「さっきも言ったけど、僕はこれでも物書きなんだ。物書きっていうのは、相手が書いた文章の匂いがわかるんだ」
「匂い? よくわからないな。一体どんな匂いがするんだ?」
「ははっ、そうだよね。口で説明するのはちょっと難しいんだけど、その人の姿というか、本当の気持ちというのが透けて見えたりするんだ」
「それが匂い? 甘いとか刺激があるとかじゃないんだな」
「うん。ハルの手紙には迷いや不安。それに怯えがあったんだ。普通に読んでいたら、そんなことに気づかないと思うけどね」
「彼女は何に悩んでいるんだ?」
「そこまでは……僕にはわからない。けど、僕はハルの手紙を読んで、それをわかった上で気づかない振りをしていたんだ。自分が書いたものの感想欲しさに、自分のことばかり考えていたんだ。最低だよ……」
「そう思ったから、今、こうして行動しているんだろ」
「もちろんさ。見て見ぬふりはもうできないと思ったんだ。酒場でハルがガラの悪い連中に絡まれていた時に、見てしまったんだ。ハルがその連中を簡単に倒してしまうところを」
「彼女は昔から強かったのか?」
「少なくとも幼い頃はそんなことなかったよ。お互い離れている間の時間が長かったから、僕が知らないハルがいるんだ。ハルが強いのには理由がある。きっとそれが彼女が抱える悩みなんじゃないかと、僕は思っている」
「正直、俺にはよくわからないな。それでヨシュが強くならないといけないのか。ここまで来てなんだが、ヨシュはヨシュのままでいいじゃないか」
「簡単な話だよ。もちろん、男として強くなって好きな人を守るのは理想だし、カッコつけたいという気持ちもあるけど、僕が弱いとハルを守れない。それだけじゃない。ハルに迷惑をかけてしまうかもしれない」
「迷惑? 彼女の強さとどういう関係があるんだ。まさか、彼女の強さはただの強さとは違うって言いたいのか?」
「その、まさか――だよ。酒場での一件で、僕の不安は確信に変わった。ハルの強さは普通じゃない気がするんだ。だから、もしハルが危ないことをしていたら、一緒にいる僕が巻き込まれてしまう。そうなったら、ハルは自分を責めて、僕の下から離れてしまう。それが最後、きっともうハルと会うことはないと思う。手紙のやり取りも二度となくなるだろうね」
「ヨシュには悪いが、考え過ぎじゃないか。そこまで深刻な話だとは思えない」
「信じなくてもいいんだ。僕自身もそうだと思いたくないからね。けど、胸がざわつくんだ。たくさんの手紙をハルからもらって、酒場での一件のことを考えると、色々と想像してしまうんだ」
「職業柄じゃないのか? 悪い方に
「それもあるかもしれない。ただ、紙の上ではどんなに悪い状況でも、僕の筆一つで最高の状況に変えられる。けど、現実は本とは違う。そんなに甘くないんだ。今回のことでそれがよくわかったよ」
「いや、それは……」
「僕はやっぱり自分のことしか頭にない、ただの夢見る物書きだ。そもそも、僕みたいな人間が、ハルの助けになりたいなんて思うこと自体、間違っていたんだ」
悲観に暮れるヨシュに、アルドは声を上げた。
「待ってくれ! 彼女は君のことを――」
ついハルとの約束を忘れて、ハルのことを口にしようとしてしまった。が、背後に気配を感じた。振り返えると、そこには倒したはずのクマ型の魔獣が立っていた。
完全に倒したはずだと、アルドは一瞬混乱していると、ヨシュが叫んだ。
「アルド! 危ない!」
ヨシュはアルド目がけて体当たりするようにぶつかってきた。その衝撃でアルドは弾き飛ばされるが、アルドのいた場所に残ったヨシュは、魔獣の爪に襲われてしまう。アルドは思わず声を上げた。
「ヨシュ! 逃げろ!」
態勢を立て直してそう言うアルドだったが、ヨシュは傷を負い、動けそうになかった。さらに魔獣はヨシュを襲おうと雄叫びを上げた。
「くそっ、間に合わない!」
ヨシュは再び魔獣の爪の餌食になった。アルドがそう思った瞬間、一人の少女が茂みから飛び出してきた。
「ヨシュ!」
その少女はハルだった。ハルは目の前の魔獣にも臆せずに、向かって行き、手にしていたいくつもの糸のようなものを魔獣に向けて伸ばして、身体中に巻きつかせた。
「くっ、力が強い。私が抑えている間にあいつを!」
アルドは驚いている暇もなく、糸で体の自由を奪われた魔獣が拘束を逃れようと、もがいている隙に、一撃で仕留めた。
今度は確かに倒した。間違いないはずなのだが、何か言いようのない不安に駆られる。まるで魔獣の気配を感じなかった。それだけはない。魔獣をよく見ると、傷跡が二つあった。
一つは今つけたもの。
そしてもう一つは最初に対峙したもので間違いなかった。
どちらも致命傷なはずなのに。
アルドは疑問が拭えない。それでも今はヨシュの様子が気になった。
すると、ヨシュがいる方向から、ハルの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。
「ヨシュ!」
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