第2話 ヨシュという男

 アルドは町を周り、防具屋を訪れると、髭を生やした店主がカウンターで困ったような顔を浮かべていた。その視線の先を見ると、店内の防具が並んだ棚の前に、全身鎧が倒れていた。

 アルドは首を傾げて、店主に声をかけた。

「あれは、どうしたんだ?」

「見ての通りさ」

「……いや、わからないな。マネキンが倒れてるんじゃないのか?」

「それなら、すぐに直しに行くさ」

「……まさか、中に人でも入っているのか?」

「ああ、そのまさか、さ」

 店主は呆れるように肩をすくめた。

「戦うための強い装備が必要だと言ってたから、色々試させてやったんだが、正直あの客に合う鎧はここにはないな。一番軽い鎧でもあのざまだ」

「鎧じゃなくても、防具なら他にもあるだろ」

「もちろん、俺もそう言ったが、鎧ぐらい着こなせないと強くなれないとか何とか言って、かたくななんだよ」

「頑な……」

「まあ、後は好きにすればいいさ。俺にできることはもうないからな。あんたも鎧が必要か?」

「いや、間に合ってるよ」

「そうか。何かあったら言ってくれ。その時は身のたけに合った注文だと嬉しいよ」

 そう言うと、店主はカウンターにあった書類に目を通して、仕事に戻った。

 アルドは倒れたままの鎧の人物が、床の上でもがくように少し動いたのを見て、放っておけなくなった。

「大丈夫か?」

 鎧の人物に歩み寄り、そう声をかけると、予想よりも元気な男の声が聞こえてきた。

「ああ、もちろんさ! これぐらいの重さの鎧なんて大したことないよ! すぐに立ち上がってみせるよ!」

 アルドはしばらくその男の動きを見ていた。腹ばいになって手足を動かす様子は、どこか虫のようだった。それから男は一向に立ち上がらず、痺れを切らして手をだしてしまった。

「ほら、手を貸すよ」

「あ、ありがとう」

「このままだと他に来た客が驚くからな。店主だって、呆れてるぞ」

「ははっ、そうみたいだね。つい自分のことで夢中になっちゃって――っと、おっとっと」

 また転びそうになる男をアルドが支えると、男は鎧の頭を外した。その男は身体の線が細く、柔和な顔をしていた。

「ふぅ、僕はヨシュ。助かったよ」

「ヨシュ……」

「どうかしたのかい?」

「い、いや、何でもない。それより、どうして鎧が必要なんだ?」

「それは今すぐ強くなるためさ」

「強く……悪いが、君に必要なのは鎧より、身体を鍛えることだと思うが」

「うん。僕もそう思うよ」

「いや、気分を悪くさせたのなら謝る――って、え?」

「君の言う通りだよ。僕は見ての通りひ弱で、強さとは無縁の男だ。もちろん、努力は惜しまないつもりだ。身体って鍛えるよ」

「なら、どうしてそんなに急いで強くなりたいんだ?」

「僕には幼なじみの女の子がいるんだけど、その人を守りたいんだ」

「幼なじみ……」

「うん。名前はハル。とても優しくて、少し素直じゃないところがあるんだけど、そこもまた魅力的なんだ。ハルとはずっと離れ離れだったんだ。最近再会して、綺麗になっていたから驚いたけど、ハルはハルだった。僕が子供の頃に知っていたままだったんだ」

「へえ」

「そうだ! 見たところ戦いの経験がありそうだし、もしよかったら、僕が強くなるために協力してもらえないかな?」

「えっ、ああ、まあ、こっちとしては都合がいいが」

「都合?」

「あ、いや、何でもない。協力する」

「本当かい⁉ そうと決まれば早速魔獣まじゅうがいる場所に行こう!」

「ちょっと待ってくれ! 戦った経験はあるのか?」

「いや、ないよ」

「それなら、まず戦闘訓練から始めるべきだ」

「それじゃあ、だめなんだ! あ、いや、その、大きな声を出してごめん。けど、できればすぐに強くなりたいんだ。何か方法はないかな? 伝説の剣とか、鎧とか、秘薬だったり」

「そう言われてもなあ……」

「そっか。なら仕方がない。僕一人でも、魔獣と戦って強くなるしかないな。時間を取らせて悪かったね」

「それはダメだ!」

「えっ?」

「ほ、ほら、怪我だってするかもしれないだろ」

「そんなこと百も承知さ」

「それに万が一魔物に襲われて、死んだりしたら、その幼なじみだって悲しむんじゃないのか?」

「……」

「悪いことは言わない。今できることをして、少しずつ強くなっていけばいいんじゃないのか? 焦る必要はない」

「君は――」

「アルドだ」

「アルドはもし大切な人が助けを求めていたらどうするんだい?」

「それは、助けるさ」

「けど、そのための力がなかったら、どうする? 目の前で助けを必要としているのに、何もできなかったら、辛くないかい?」

「それは……」

「僕は弱い人間だ。この前もハルがガラの悪い連中に絡まれていたのに、何もできなかった。それじゃあ、ダメなんだ。強くならないといけないんだ」

「例えばの話だが、その幼なじみが望んでいなくてもか?」

「彼女の気持ちは大切だよ。きっと僕が危ないことをしないように心配してくれると思うし、その気持ちは嬉しいよ。けど、これは僕自身の気持ちの問題でもあるんだ」

「気持ち……」

「ああ、僕はハルが好きなんだ。好きな人が困っていたら、男なら誰よりも真っ先に助けたいと思わないかい? その子のためなら、多少の危険なんて大したことないよ」

「ヨシュ、そこまで、その幼なじみのことが」

「ハルと再会できて嬉しいけど、今のままの僕じゃ、また別れることになるかもしれない。なんだか、そんな気がするんだ」

「それですぐにでも強くなりたいんだな」

「うん」

「よし! わかった! 俺でよければ手を貸すよ」

「いいのかい? 僕が言ってることは無茶なことだ」

「無茶なことにはもう慣れっこさ。任せておけ」

「ありがとう! よろしく頼むよ」

 アルドはハルとの約束もあったが、ヨシュのハルへの想いに感化され、ヨシュに付き合うことにした。


 

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