ハルとヨシュ ――幼なじみの恋模様――

輝親ゆとり

第1話 ハルの心配事

 アルドが町を歩いていると、妙にそわそわした少女がいた。少女は長い黒髪に、華奢な体つきで、大人しい雰囲気だったが、今の彼女は眉をしかめて、不安げで、落ち着かない様子だった。

 アルドは気になってしまい、いつものように声をかけた。

「何かあったのか?」

 その声に、はっと我に返ったように動きを止めた少女は、アルドの格好を見て、口を開いた。

「あなた、腕に覚えはある?」

「あ、ああ、まあ、それなりには」

「それなら、頼みがあるの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ? 説明してくれ」

「そうね。慌ててしまって、ごめんなさい」

 少女は一拍置いてから、言った。

「私はハル。酒場で仕事をしているんだけど、面倒なことがあって」

「面倒?」

「……その、私には幼なじみがいるの。名前はヨシュ。彼が私の働いている店に来たのだけど、その時丁度、ガラの悪い連中がいて」

「絡まれたのか?」

「ええ。そうなんだけど、ヨシュじゃなくて私がね」

「それで?」

 アルドが先を促すと、ハルは少しバツが悪そうな顔をした。

「その、倒してしまって」

「へえ、君を守ったってことだろ。いいじゃないか」

「いえ、違うの。倒したのは……私、なの」

「……」

 アルドが沈黙していると、ハルは慌てるようにかぶりを振った。

「ち、違うの! 私、酒場で働く前は、ちょっと家業を手伝ってて、力には少しだけ自信があったからで!」

「いや、何も聞いてないんだが」

 恥じるように耳を赤くするハルに、アルドは苦笑いを浮かべた。

「それで、何が問題なんだ? 特に慌てるようなことはないと思うんだが?」

「そのガラの悪い連中を、私が倒すところをヨシュに見られてしまったの」

 アルドは首を傾げた。

「幼なじみなんだろ? なら、君のことをよく知っているんじゃないのか?」

「ヨシュとは最近再開したの。小さい頃に家の仕事の都合で一緒にいられなくなって、別れる時に、必ずもう一度会おうって約束していたから」

「じゃあ、君が強いってことは」

「知らないわ」

「けど、ますますわからないな。それの何が問題なんだ? 彼の前ではお淑やかでいたかったのか?」

「そんなつもりはないわ。お淑やかだなんて私には似合わないもの」

 自嘲気味に笑うハルに、アルドは余計なことを言ってしまったと、言葉を詰まらせた。

「あ、いや、悪い」

「気にしないで。はあ、こんなことになるなら、ヨシュと再開するべきじゃなかったわ」

「そんなにマズいことなのか?」

「ヨシュは争いごとが苦手なの。力も強いわけじゃないから。けど、ガラの悪い連中に私が絡まれた時、助けられなかったことを気にしてしまって、それから強くなりたいと異様に気合いが入ってしまったの」

「心配なのか?」

「ええ。ヨシュは真面目だから。無茶なことをしないか――ああ、もう、ヨシュのバカ!」 

「なら、止めたらいいんじゃないか」

「当然、そうしたわ。けど、言っても聞かなくて、今日は装備を整えるなんて言ってたわ。戦い方だって知らないくせに!」

 不安と焦りを募らせるハルに、アルドは目をまたたかせた。

「君は随分彼のことを知っているんだな。幼馴染みとはいえ、再開したのは最近なんだろ?」

「た、確かに、そうだけど、離れている間も手紙のやり取りをしていたから、これぐらいのことはわかるの」

「そういうものなのか」

 アルドが曖昧あいまいに頷くと、ハルは嬉しそうに表情を緩めた。

「ヨシュがくれる手紙はいつも面白いの。自分の出来事をストーリーにして語ってくれて、手紙が来るのがすごく楽しみだった。それに、いつも私のことを気遣ってくれたの。読んでいるととても温かい気持ちになれたわ」

「いい奴なんだな」

「そう! そうなの! ヨシュは戦う力なんて必要ないの。ヨシュは十分今のままで魅力的なんだから!」

「……」 

 アルドの無言に、何かを勘違いしたようにハルは取り乱した。

「べ、別に、幼馴染みとして! 幼馴染みとしてだから! ヨシュのことが好きだからってわけじゃないわ!」

「いや、何も言ってないが……」

 ついさっきも同じようなやり取りをしたような気がして、アルドは呆れるように、ため息をついた。

「で、俺はどうすればいいんだ?」

「そう。そうだったわ。あなたにお願いしたいのは、ヨシュが危険なことをしないように見張っていてほしいの」

「それは構わないが」

「ほんと! 助かるわ! いい。言っておくけど、くれぐれも私からお願いされたからなんて、言わないようにしてね」

「どうしてだ?」

「私が言っても聞かなかったんだもの。私が仕向けたことだとわかったら、ムキになって、より無茶なことを考えるかもしれないわ」

「そこまで彼のことを想ってるんだな」

「ち、違うわっ! ヨシュはた、ただのおさ――」

「ただの幼なじみ、だろ?」

「そ、そうよ」

「まあ、とにかく、店に行って探してみるよ」

「よろしく」

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