第23話 23年前の夢を見る真一…『23年ぶりの「どうしたらいい?」』⑥
(回想・真一の記憶)
ある日の夕方、真一が一人で高校駅に向かう途中、後ろから優香が抱きついてきた。
真一「うわぁ…」
優香「こんにちわ」
真一「ビックリするやんか」
優香「そうかぁ?」
真一「おもいっきり抱きついてきたよなぁ…」
優香「嬉しかった?(笑)」
真一「…別に」
優香「素直じゃないねぇ…顔に書いてあるのに❗ 『優香ちゃんに抱きつかれて嬉しい~』って(笑)」
真一「んなアホな。そんなわけないやろ…。ビックリしただけやんか。急にやもん」
優香「かわいくないねぇ…。女の子に抱きつかれて『嫌』って言う男の子は、まずそういないと思うけど…」
真一「中にはおるかもしれんやんか」
優香「嫌やったん?」
真一「別に…」
優香「しんちゃんはウソつけないんやからね。顔に書いてあるし、顔赤いし(笑)」
真一はいつものように自動販売機でミルクティを2本買って、1本を優香に渡す。
真一「はい」
優香「ありがとう」
真一「おう」
しばらく沈黙が続いた。
優香「なぁ、しんちゃん」
真一「ん?」
優香「私な…好きな人がおるんや…」
真一「…あ、そう。そうなんや…ふぅーん…」
優香「………しんちゃんは好きな人いないの?」
真一「オレ? おると思うか?」
優香「さぁ…(苦笑)」
真一「キライな人間以外は、みんな好きやで。…でも、優香ちゃんはそういう意味で聞いてるんやないんやろ?」
優香「……………」
真一と優香はどちらも緊張している。
真一「…オレ、みんなの前では『興味ない』って言うてるけど、いま優香ちゃんとしかおらんから、ここだけの話にして欲しいんやけど、厳密には『わからん』というか、『考えたことがない』っていうか…そんなんなんや…」
優香「一回も考えたことがないん?」
真一「…うーん、一回だけ考えたかもしれん」
優香「最近考えた?」
真一「昔や」
優香「昔って?」
真一「もう忘れたけど、考えた記憶があるようなないような…」
優香「………そうか…」
(回想・真一の記憶)
季節は秋、夕方になると肌寒くなってくる。
優香「寒くなってきたね」
真一「ホンマやなぁ。大丈夫か?」
優香「うん」
真一が優香の手をさわる。
真一「冷たい手やなぁ。ほら、手袋」
優香「ありがとう」
真一は照れながら持っていた手袋を優香に渡した。優香も少し照れていた。
優香「寒いね…」
真一「うん。大丈夫か?」
優香「うん、大丈夫」
真一と優香はバス停のベンチに座る。バス待ちの人がいるにもかかわらず、優香は寒そうにしていた。
真一「寒いから、はよ帰った方がいいんやない? 風邪ひくで」
優香「大丈夫。しんちゃん見送ったら帰る」
真一「わかった。マフラーは?」
優香「大丈夫やから…」
真一「寒そうにしてるがな」
真一は優香の首にマフラーを巻いた。
優香「ありがとう」
真一「うん」
優香「しんちゃんは寒くないの?」
真一「大丈夫や」
優香「一緒にマフラー巻かへん?」
真一「大丈夫や」
優香「巻こう」
優香は真一のマフラーを少しほどいて、真一に半分巻いた。
真一「ゴメン、優香ちゃん」
優香「ううん、いいよ、しんちゃん」
真一「オレら密着してるけど、いいの?」
優香「いいやん。幼稚園の時とあまり変わらんやろ」
真一「そうかなぁ…。甘えたかったんか?」
優香「しんちゃんが私に甘えたいんでしょ?(笑)」
真一「いや、オレ何もないけど」
優香「顔赤いで(笑)」
真一「優香ちゃんも顔赤いで(笑)」
優香「しんちゃん」
真一「ん?」
優香「ありがとう」
真一「…うん」
優香は頭を真一の肩にもたれていた。真一は何も言わずに受け入れた。このときお互い、一瞬『幼なじみ』を越えた気がした。
そして、ようやくバスが来た。
真一「長いこと待ってくれてありがとう」
優香「ううん、楽しかったで(笑)」
真一「また、行くか?」
優香「うん」
真一「今度こそ、京都か?」
優香「そうやな(笑)」
(回想・真一の記憶)
真一は優香たち女子生徒からバレンタインデーでお菓子をもらったときのこと。帰りの電車の中で真一と優香が話している。
優香「…しんちゃん」
真一「ん?」
優香「私のクッキーで良かったん?」
真一「うん。どうしたん?」
優香「くーちゃん(村田)とかはケーキ作ってきてたから…」
真一「まだ気にしてんの?」
優香「だって、私だけクッキーやったんやもん」
真一「それは…、優香ちゃんがオレに『何がええ?』って聞いたやろ? オレが『前に食べたクッキー』って答えて、優香ちゃんはオレのリクエストに答えてくれたやんか。だからオレは嬉しかったんやで(笑)」
優香「でもくーちゃんとかはチョコパイとか作ってきてたやんか」
真一「確かに3人のもおいしかったよ。でも、優香ちゃんのはオレが好きな『シンプル』なお菓子やからやで。優香ちゃんはオレの意見を採用してくれたんやから、オレ個人的には村田さんとかのよりも優香ちゃんのクッキーが一番よかった。さすが幼なじみやなぁ…って(笑)」
優香「そうかぁ…。ありがとう」
真一「いやいや、こちらこそオレ中心で考えてもらって嬉しかった」
優香「なぁ…」
真一「ん?」
優香「ううん…」
真一「うん…。このラッピングしてあるクッキーも、優香ちゃんの気持ちが入ってるみたいやな…」
優香「うん」
真一「ホンマに優香ちゃんは、幼稚園の時からオレに優しいなぁ…」
優香「だって、しんちゃんやもん。しんちゃんだって、私に優しいやんか」
真一「だって、優香ちゃんやもん」
2人はお互いを見て笑った。
(回想・真一の記憶)
真一が白木に電話をかける。
真一「もしもし」
白木「どうしたん?」
真一「今日の話や」
白木「加島の事か?」
真一「あぁ」
白木「どうすんの?」
真一「一度だけ考えるわ」
白木「そうか」
真一「聞いてくれんか? 『付き合って欲しい』と」
白木「お前、それはお前から直接言えよ」
真一「なんでや?」
白木「そらそうやろ? 本人同士の話やろ」
真一「アホか。オレは元々興味ないねん。にもかかわらずオレに色々言うてきたのは誰や? お前らやろ? それなら、お前から言ってくれ。オレを担いだのはお前らや。それで返事しだいで話はどっちが正しかったかわかるやろ? あくまでもオレは(恋愛に)興味はない」
白木「……わかったけど、どうなっても知らんぞ」
真一「オレは興味ないねん。どうなろうがオレには知ったことやない」
白木「わかった」
真一は電話を切り、白木からの返事を待った。期待はしていない。なぜなら、あえて白木に告白を伝える形にしたからだ。結果は目に見えていた。本当は普通に恋愛したかった。でも真一の心の中は傷だらけだった。『自分が我慢すればうまく回るようになる』、そう考えたのだ。自分の気持ちは押し殺したのだった。
30分後、白木から電話がかかってきた。
真一「もしもし」
白木「すまん、遅くなった」
真一「うん」
白木「『興味ない』って」
真一「見てみぃ、オレの言うた通りやろが❗ 担ぐだけ担いで、怒らせてるやないか❗ 二度と入れ知恵してくるな❗」
白木「いや入れ知恵なんてしてないで。2人がええ雰囲気やったから…」
真一「だから言うたやろ、普通やって。オレの言うたことが正しかったんや。二度とそんな話はオレにしてくるな❗」
真一は啖呵を切って電話を切った。
真一(これでよかったんや…)
真一は自分に言い聞かせた。
翌朝、真一は気まずかった。南駅から電車に乗る。いつものように先頭車両に乗る。すると優香の姿は無かった。
真一(これでよかったんや)
(回想・真一の記憶)
高校駅の待合室で電車を待つ真一は、腕を組ながらふて寝している。そこへ優香が静かに隣に座った。
優香「ふて寝してんの?」
真一「眠たい。おやすみ」
優香「……。話があるんよ」
真一「オレは無いから。おやすみ」
優香「私が話あるの。聞いてくれへんの?」
真一「聞くことないわ。オレ、もう関係ないし」
優香「しんちゃん、どうしたの?」
真一「オレの事はもうほっといてくれたらええから、はよアイツ(森岡)の所へ行ってこい」
優香「もう今、送ってくれたんや」
真一「あ、そう」
優香「しんちゃん、お願いやから話聞いて」
真一「何? 彼氏ができました。器用な男とってか? 自慢か? もういいで」
優香「違う」
真一「なんやねん?」
優香「しんちゃんが傷ついてるのはわかってる。後で聞いたんよ」
真一「同情なんていらんわ」
優香「違う。くーちゃんから聞いたんや」
真一「……」
優香「白木くんから言われてあんなこと…」
真一「もう忘れたわ。そんなに面白かったか? なんぼでも笑い者にしてくれたら良いわ」
優香「しんちゃん…違う」
真一「もう、オレの事はほっといてくれ❗」
(回想・真一の記憶)
真一がそそくさと職員室を後にすると、優香も真一についていく。
優香「しんちゃん」
真一「………」
優香「しんちゃん、ちょっと待って」
歩くのをやめない真一に優香が走って追い付く。
優香「しんちゃん、ちょっと待って。なんで私の事ずっと避けるの?」
真一「………」
優香「……この間はゴメン。誤解招くようなことしたなぁ私。謝る、ホンマにゴメン」
真一「………」
優香「しんちゃん、さっき森岡くんに何を言われたの?」
真一「何もない」
優香「私の事でしょ?」
真一「………」
優香「黙ってても顔にかいてある」
真一「………」
優香「あのな、しんちゃん、私、皆から話聞いたんや」
真一「………」
優香「しんちゃんが辛い目に遭ってるって。それ、私のせいなんや」
真一「………」
優香「私がしんちゃんを苦しめたんや…」
真一「………」
優香「私がしんちゃんを裏切ったんや…」
真一「………」
優香「白木くんから話聞いた。白木くんも大分反省してたよ。坂本くんと一緒に大川先生から雷落とされたらしいよ」
真一「………」
優香「みんな、しんちゃんを苦しめたんや。みんな、しんちゃんに謝りたいのよ」
真一「………」
優香「私が気づいてあげんとアカンのに、私もしんちゃんを苦しめた。森岡くんと付き合うことになって…」
真一「………」
優香「しんちゃん、許してもらえんよね…」
真一「………」
優香「………」
真一と優香は沈黙する。
優香「私って、ホンマにアカンなぁ。調子にのったらしんちゃんめっちゃ傷つけて…。幼稚園の時じゃ考えられんかったことやもんなぁ」
真一「………」
優香「いいのよ、許してもらおうなんて思ってへんから。許さへんのならそれで良いよ。私らが悪いんやから…」
優香は泣くのを必死でこらえていた。
真一は一切話さない。真一はこの場から去ろうとしていた。
すると、森岡がやって来た。
森岡「堀川、お前、何とか言うたらどうなんや?」
真一「………」
森岡「お前知らんのか? 加島はなぁ、オレに頼んできたんや。『もしお前に器用なことせんとアカン時になった時、オレの事をほっといてでもお前の所へ行かなアカン。だから、そのときは了解して欲しい』と。オレが『嫌と言うても、お前の所へ行く』って…。お前、こんな幼なじみはおらんぞ❗」
真一「…………」
森岡「堀川、お前何とか言うたらどうなんや❗」
真一「…めんどくさい幼なじみやなぁ…。そんな事エエから、あんたが必死で行かんように食い止めんか❗」
森岡「食い止めれんわ。だってお前ら幼なじみなんやろ? オレはお前の存在があることはわかってる。だから許したんや。ホンマにめんどくさい幼なじみやのう」
真一「ホンマにめんどくさい彼氏やのう」
森岡「誰がめんどくさいんや?(笑)」
真一「あんたや」
森岡「なぁ、これでええんか?」
優香「2人とも…」
優香は喜んだ。
森岡「許してやってくれ」
真一「ただし条件がある」
優香「何?」
真一「オレには二度と『興味ない』もんには誘うんやない」
優香「みんなに言うとくわ」
真一「………」
森岡「ホンマに世話焼かせやがって」
真一「はぁ? どっちが世話焼いてると思ってんねん」
森岡「『持つべきものは友』というが、お前らは『持つべき友は幼なじみ』やのう」
真一「お前が言うか? その立場で?」
森岡「言わせるな❗」
優香は笑っていた。
(回想・真一の記憶)
真一は保健室で大川先生に自分の本当の気持ちを話し始めた。
真一「ちょっと先生と2人で話したい事があって…」
大川先生「何や? 加島さんのこと?」
真一「…ええ」
大川先生「あんた、加島さんのことどう思ってんの?」
真一「…幼なじみですよ」
大川先生「でも好きなんでしょ?」
真一「………」
大川先生「好きやって言うたらエエだけのことやな」
真一「そうはいかんのですわ」
大川先生「なんでや?」
真一「誰にも絶対言わないで欲しいんですが…」
大川先生「なんや?」
真一「約束していただけますか?」
大川先生「…わかった。約束する」
真一「……実は、オレが中学3年の時、叔父さんが亡くなったんです。叔父さんは高校の時、好きやった同級生と付き合ったのですが、彼女は高校卒業後、大学に行くことになったんです。叔父さんも彼女と同じ大学に行きたくて、ウチの婆さん(叔父さんの母親)に『大学に行かせて欲しい』と頼み込んだのです。けど、ウチは貧乏だったので大学に行くお金などありませんでした。それでも叔父さんは彼女のこと諦めきれずに、婆さんの反対を押しきって奨学金制度を使って大学に行ったんです。けど、大学に行ってから、2人の間に子供ができたんです。双方の両親からこっぴどく叱られ、子供は中絶となったのですが、本人たちは本当に愛し合っているので家族が無理から引き裂くのはどうか…とのことで、中絶を条件に結婚したのです(当時は『できちゃった結婚』が世間では許されなかった時代)。結婚後は2人の女の子を授かったのですが、叔父さんは名古屋で就職しても人間関係でやめてしまう事が度々あったんです。それで、叔父さんは地元に帰って来て夜勤の工場で働く決心をしたのですが、奥さんに何の相談もなく地元に引っ越すことに、奥さんは怒ってしまって、地元に引っ越ししてしばらくして離婚してしまったのです。その時、金目のものは全て離婚した嫁が引き揚げ
、娘2人と一緒に地元を出て名古屋に帰ったんです。その時叔父さんは『うつ』になっていました。正気の状態でないときに離婚の相談をして、叔父さんをドン底に沈めたのです。そして、叔父さんは車ごと海にダイビングしたんです。叔父さんが亡くなってしばらくして、婆さんがオレにこの話をし始めて『お前の両親にも誰にも言うな』と言われたんですが、いまのオレは叔父さんと同じ轍を踏もうとしているんです。それに、叔父さんは『オレみたいな男になったらアカンぞ』と何度も何度もオレに言うたんです。それが最期の言葉でした。だからオレは『女の子と付き合ってもロクなことはないんや。他人に担がれても結局遊び半分で笑い者にされるだけ』やと。『それなら始めから女の子には興味を持たないでおこう』、そう決心したんです。だから、オレは優香ちゃんとは一緒になれんのです」
大川先生「………。けど、それは叔父さんの人生であって、あんたの人生やないやんか? あんたは叔父さんみたいにならんように気をつけたらエエだけなんと違うんか?」
真一「叔父さんが亡くなった時、親父は叔父さんの兄なので、悔し涙をにじませてました。何度も何度も叔父さんは酒に溺れても親父は必死で話し合っていました。それに婆さんにそんな話聞かされたら、親父の息子であり婆さんの孫であるオレは、この話を無視なんてできませんやん❗ やっぱり目の当たりにした者しか、この気持ちわからんのでしょうね…。」
大川先生「………。あんた、相当傷ついてるんやな…。その事を考えんと加島さんのことだけ考えられんか?」
真一「優香ちゃんのこと考えたら、(叔父さんの事が)出てきますわ」
真一が幼稚園の園舎(校舎)を眺めつつ、これまで夢で見ていたこともあり、甦った記憶を思いながら心の中で考えていた。
真一(やっぱり『叔父さんのこと』があったから、当時は恋愛に全く前向きになれんかった。『もう誰とも恋はしない』と心に誓ったのが、中学3年の時の叔父さんが亡くなった“あの日”からやった。それから半年ほど経って高校入学したら、よりによって優香ちゃんと再会した。
そして真一はまた、次から次へと甦る記憶を幼稚園の園舎を眺めながら辿った。
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