第三章 機械神操士選定

「アレックスさん、またよろしくお願いします」

 カークリノラースの操作室に出向いたメグハは、操作席に座るアレックスに声をかけた。

「あらあらわざわざ挨拶に来てくれるとは真面目ですわね」

 アレックスが後ろに振り向きながら応える。

「この前とは違って機械使途操士の制服姿ですわね。似合ってますわ」

「あ、ありがとうございます⋯⋯」

 アレックスの素直な褒誉にメグハも素直に照れる。

 第参海堡に機械使途四十四番機プルカロルと他の物資を運んできたカークリノラースは、整備のために黒龍師団本拠地へと帰還することになっていた。そのため黒龍師団本拠地行きの便ではこれが最速であったので、メグハは再びアレックスの機に同乗しているのである。ちなみにリュウナはプルカロルを整備工場に放り込むと、直ぐに別の便で飛び立っているので、既に姿を消している。最初から第参海堡行きは目的地までの中継であった様子。

 メグハは機体の離陸(海上に着水していたので正確には離水なのだが)後に操士に挨拶したいと客室乗務員に頼むと、既に顔見知りだからかすぐに快諾してもらえた。「あなたも着任早々本拠地へ出向だなんて大変ですね。制服お似合いですよ」と、言葉をもらう。

「それはそうと、あなたを四番機機長フィーアのところへ送り届けてからまだ三日しか経ってないのですけど、なにがありましたの?」

「⋯⋯それが」

 リュウナに連れられてプルカロルに乗った処から、今度はその姉の審問を受けて機械神操士選定を受けにいくことまでを掻い摘んで 説明した。

 それを聞くと、アレックスは軽く吹き出した。

「若い頃の苦労は買ってでもしろとは言いますが、メグハは少し苦労のお買い物アヤングァイドラァンオルドベガのしすぎなのでは」

「はぁ⋯⋯そう思います」

 なんなんだろうこの展開はと自分でも思う。でも半分以上は自分の所為なので自己嫌悪に落ちいる。


 ――◇ ◇ ◇――


 一日ほどの道程を経てカークリノラースは黒龍師団本拠地へと到着した。敷地内には広大な駐機場がありそこへ巨体を着陸させる。

 他の乗客に続いて外部昇降階段タラップを降りると、駐機場の端を機械使途の一機が歩いているのが見えた。

「⋯⋯」

 少し前の自分だったらそれを驚嘆の顔で見ていたのだろうけど、なんだかごく普通の日常的な光景として頭が処理してしまっている。機械使途そのものに同乗して水の巨人を倒すのに立ち会ってしまったからか、感覚が麻痺したのだろうか。

「あ、そういえば私、始めて地面に降り立ったんだな⋯⋯」

 つい先日、方舟艦ふねから第参海堡ふねに転居することになり、自分は一生地面に足を着けることはないんじゃないかと思っていた処に、この出向。

 伸展の目まぐるしさに意識が追い付かなくなっているが、そうもいっていられないので、到着後の予定を書いた紙を衣嚢ポケットから出して広げた。

 まずは黒龍師団本拠地中央搭に出向き、ここへ来た目的を告げる。

 そのように書いてある――自分で書いたはずなのに他人行儀なのはなぜだろう――と、思いながらメグハは中央搭へ向かう。

 中央搭には正面に入口があって、何人もの人が行き交っている。故郷にあった役所の正面口みたいだなと思い、役所と同じならどこかに受付があるはずと見回して見たのだがそれらしいものは見つからない。ここへ来る者は最初から目的地が明確らしく、メグハのように何処へ行けば良いのかと呆然と立っている者はいない。

 このままここにいては迷惑になるだろうから、一旦外に出て案内所のような場所を探そうと思っていると

「どうしたお嬢さんフロイライン、迷子か」

 声をかけられた。

 候補生の腕章を着けた迷い者を見かねて誰かが声をかけてくれたのかと思いメグハが声のした方に顔を向けると

「⋯⋯」

 狐がいた。いや、狐の顔をした人間――獣人がいた。リュウガやアレックスが着ていた黒の制服と同じようなものを着ている。しかし良く見ると、上半身は同じなのだが、下半身は牛飼洋袴カウボーイパンツに前垂れという意匠。そして丸出しになっている後ろは

(九尾の尻尾⋯⋯?)

 脚の後ろに九肢のふさふさが、風に流れるように艶かしく動いている。

 そしてそんな人物(?)が自分に声をかけてくれている。

「すみません、機械神操士選定を受けに来たのですが、どうしたら良いのかわからなくなってしまって」

 迷子であるのは確かなのでメグハは素直に言い出た。

「そうか、それは随分と大事を抱えて此処に来たのだな」

 狐の獣人が言う。魅了されるような美しい声。

「私で良ければ案内してやらんこともないが」

「良いんですか!」

 その救済を聞いてメグハは思わず目を輝かせるが

「ああ、私で良ければな。して、その前に一つ尋ねたいことがあるのだが」

「はい?」

「お前は私の姿を見ても恐くないのか?」

「⋯⋯はい?」

 本人(本狐?)にいわれてようやく気付いたが、狐の獣人を目の前にしても、恐いという感覚が殆どないのは確か。

 幼馴染みと入った地下迷宮で最初に遭遇した怪物モンスターが狼女だったので、ある程度耐性が着いていたのか、と思うが、今日に至るまでの経験も大きいとは思う。

「あの、恐いとかよくわからないんですけど、これから黒龍師団の中でよくわからないことがあったらこう言いなさいといわれました」

「ほう、なんだ?」

「私は紅蓮の死神と二回遭遇して生還し今ここにいます、と」

 出発前に先達から教わった言葉。メグハはこれを使うのは気乗りしなかったが、見た目だけで判断するものが非常に多いのも知っているので、とりあえず言ってみた。

 それを聞き、狐の獣人の目の色が変わる。

「お前とんでもない奴だったんだな」

 狐の獣人は口元を歪めて笑った。笑うと犬歯が飛び出して中々恐いが、それもメグハには恐怖に感じれなかった。

「お前、この後の予定は?」

 そう訊かれてメグハは機械神操士選定の予定時刻を伝えたが

「まだ余裕があるな、ならば私に付き合え」

 これが故郷に居たままだったら妖艶なる九尾の狐からの黄泉の国への誘いだと思い躊躇しただろうが、メグハも此処に到着するまでに多すぎる経験をしてきてしまったために素直に「はい」と頷いた。


 ――◇ ◇ ◇――


 九尾の狐に連れられて中央搭内を進むと二階へと上がった。そこから少し進むと落ち着いた雰囲気の喫茶室カフェがあった。師団員が打ち合わせなどで使う場所であるらしく先客が数人。そしてその先客も狐の獣人が現れても、見飽きた光景なのか気にする様子もない。それよりも連れられているメグハの方が注視を受ける始末。

「私の名前はレベッカだ。機械神操士をしている。お前は」

 窓際の席に体を落ち着けると、給仕に「珈琲二つ」と注文してから、切り出してきた。

「私はメグハ・クルスといいます。四日前からダンタリオン四番機機長の下でお世話になってます」

「ダンタリオンの四番機というと、磁力の魔女フィーアのところの新しい娘か!」

「は、はい」

「しかし四日前というのも不可思議な話だな。フィーアは第参海堡にいるはずだが、お前なにかやらかしたのか」

「やらかしたというか⋯⋯」

 メグハがここに至るまでの経緯を説明すると「わはは!」と、相手は腹を抱えて笑いだした。周囲の人間も一瞬こちらを見たが「また御狐様レベッカがなにかやったのか」と判断したらしく直ぐに自分の時間に戻る。

「お前のことを誘って良かった。黒龍師団中央搭の入り口でうろうろしている候補生なんて普通はいないからな。衛士に保護される前に私が捕まえておいたのは徳だった」

 通常であれば黒龍師団中央搭正面口で迷っている者があれば、衛士役の師団員が飛んできて道案内をしてくれると、レベッカは説明する。

「第参海堡の方から機械使途四十四番機プルカロルが大破したから修理完了まで動けないと本拠地こちらにも連絡が来たが、お前がそれに同乗していたとはな」

「あの⋯⋯レベッカさんも、私のことを審問するのですか?」

 メグハが恐る恐る訊いてきた。

「審問?」

「はい。レベッカさんは自分は機械神操士だといいました。同じ機械神操士の紅蓮の死神リュウガさんは私のところに異端審問官として現れたんです。だからこれも審問なのかと」

「なるほど、そういうことか」

 九尾の狐は得心がいったような顔になる。

「リュウガも説明しただろうが、異端とは機械神の取り扱いを知らぬまま機械神の有無を知ろうとする者を指す。機械神など伝説の存在でこの世に存在しないと偏向しているのに、その真実に迫ろうとする者の下へ異端審問官はやって来る」

 フィーアが怖がらせて止めさせようとした言葉を逆に信じて、メグハは真相を知る者へ会いたいと、第参海堡で見つけた地下迷宮入口にまで行ってしまった。そして磁力の魔女と異端審問官リュウガの戦いを引き起こさせてしまい、その償いとしてメグハは今ここにいる。

「しかしお前は、真実を知りたいという立ち位置を通り越してしまっている。なにしろ伝説のはずの機械神に今から乗りに行くのだからな」

 レベッカが面白いものを見るように口許を歪める。

「だからお前を審問する必要などもうない。ただ単に興味深い新人の話を聞いてみたいという欲求を満たしているだけだ」

 先ほど給仕が持ってきた珈琲をレベッカは一口飲んだ。

「では私のことも話そう。お前から聞いてばかりでは不公平だからな」

 カップを受け皿に戻しながらレベッカは続ける。

「私はこう見えても黒龍師団では最古参の機械神操士だ。お前の直属――私にとっても直属だが、上官にあたる師団長や副長よりも閲歴えつれきは長い」

 レベッカが昔日の話を始める。

 レベッカ自身は自分がいつ頃の生まれなのか全く覚えていない。生まれた時もどのような状態だったのかも知らない。最初は獣人でもない普通の狐として生まれて来たような気もするのだが、やはり思い出せない。

「魔女に作り替えられてこの姿になったのか、それとも自分が遠い昔は魔女だったのか⋯⋯とにかく、もう記憶に無いのだ」

 気付いた時には小さな社に祀られる、土地の守護神のような扱いを受けていた。その見た目から大いなる存在として社殿を結界にして封印されていたのだろうと述懐する。

「まあこんな体だからか魔力も霊力も高くてな、私を退治すれば願い事が叶うとか勘違いしてやって来る勇者やら冒険者やらを相手にして時間を潰していたのだが」

 メグハもほんの少しだけ冒険者として活動していたので「退治すれば願い事が叶うと思い込む」というのは何となく分かってしまい、申し訳なくなる。

「そういう輩も毎日はやって来ないので、とにかく暇でな。社の封印とはいっても封印されている私の方が封印よりも元々力が強くて、結界の綻びから外に出て色々散策していたのだが」

 この九尾の狐には社の結界が殆ど効力を発揮していなかったのだが、それをあえて受け入れるのも強い力を持ったものの責務なのだろうか。

「その時に見つけたのさ」

「⋯⋯なにをですか?」

「機械神をさ」

「はい!?」

 メグハの驚いた顔が見れたのを嬉しそうにレベッカが続ける。

「社殿近くで崖崩れがあってな、その場所は並の動物の類いが行けるような場所ではなく、鳥などが辛うじて近付ける天然の要害。まあ私にとってその程度は塁壁にもならんので見に行ってみたのだが、その時に鉄製の扉のようなものが露出しているのを見つけたのだ」

 一拍置いて続ける。

「開こうとすれば簡単に開くので中に入ってみると、中は妙に明るい。通路の奥に進むと椅子のようなものがある。試しに座ってみると、壁面に埋め込まれた機器の類いが光って動き出した」

 そこは操作室であり、レベッカが洞窟探検気分で入ったその場所――機械神四号機・アーリマンは、操作席に座った彼女を操士として認めたのである。

「なんだなんだと思っていると後ろから動く人形が現れて『あなたは本機の操士として認められました』とかなんとかいわれて、私は自分でも良く分からずに機械神操士というものになった」

 今から考えたら四号機の守り神として、この姿が与えられたのかとも思うが、それを確かめる術もない。

 それからは機械神を動かすよりも、機内に常駐する動く人形――自動人形オートマータと会話する方が関心が高くなった。彼女たちは意思を持たないと自称するが、それが逆に興味深く、いつまでも会話は尽きることもなく、レベッカは社殿から四号機へと通い続けた。

「そうやってだらだらと機械仕掛けの淑女たちとお喋りを楽しんで過ごしていたのだがな、遂にやって来たのだ、私の下に」

「遂に⋯⋯?」

「創設間もない黒龍師団の機械神回収機構だ」

 当時の黒龍師団には今現在の主要な構成員は誰もおらず、師団長も副長も経験の浅い初代の者たち。だからその場に現れたのは、現在もこの黒龍師団を掌握する創始者。

「お前もいずれ会うことになるだろう、我らの組織を真に牛耳る鋼の女神キュアノスプリュネルがやって来た。そして一方的にいうわけだ『この地に眠る機械神を回収する』と」

 相手は自動人形。血の通わぬ計算付くの意見に、こちらから交渉しても受け入れられることが無いのはレベッカにも分かった。

「だから私はこう願い出て見たわけだ『ここに居ても暇だから一緒に連れていってくれ』と」

 鋼の女神もレベッカが四号機アーリマンに認められているのはもちろん知っている。だからその申し出は無下にも出来ず「操士として働いてくれるのなら相応の席を用意しよう」と、連れていってもらえることとなった。

 機械神に自らを操れし者として認められた存在は貴重である。その資格を持っているレベッカが一緒に行きたいと願うなら、鋼の女神にとっても渡りに舟だったのだろう。

 そうして黒龍師団所属の機械神操士となったレベッカは愛機アーリマンと共に、世界中に眠る未保有の機械神回収へと駆け回ることになる。

「他の地に眠る機械神の回収の際には酷いことをしてしまった土地もあるからな。世界中に伝わる悪狐伝説はだいたい私だな」

 当時を思い出してレベッカが苦笑する。

「というわけで現在に至るわけだ」

 レベッカは壁の時計を見た。メグハから聞いた機械神操士選定の予定時刻が近付いていた。

「もうすぐ時間だな。私が選定場所へ案内してやろう」

 そういいながらレベッカが席を立つ。

「お前の良き話を聞かせてもらい、私の昔話にも付き合ってもらった。その等価交換を果たさねばな」


 ――◇ ◇ ◇――


 二階の喫茶室を出ると再び階段を下りた。そのまま中央搭一階を奥へと進む。この中央搭自体がその先にある施設の門代わりになっているらしく、一階通路は広くて長い。

 ようやく終点に辿り着いて外へと出る。

 そこには台形山テーブルマウンテンのような巨大建築物があった

「これが機械神格納施設。我が黒龍師団の中心となるもの」

「⋯⋯」

 メグハは言葉が出なかった。

「これを始めて見たものは誰しも言葉を失う。私ですら最初に見たときはなにも言えなかったくらいだ」

 この土地にやって来た自動人形は、まずこの格納施設を作り上げた。そして周囲に人間が働く上で必要な施設なども建設し、今の状態となる。

 開口部というにはあまりにも大きすぎる格納施設出入口へ二人は進む。

「この扉自体が機械使途の一つといっても良いくらいの技術が詰め込まれているからな」

 開口部左右にある鋼板を見ながらレベッカが言う。これが扉として機能するのは信じられないほどの大きさ。

「⋯⋯」

 格納施設に入って少し歩くとそれはいた。

 整備用の重厚なサイロに挟まれて赤色の巨人と青色の巨人が向かい合うように立っている。青い巨人の向こうには藍色の巨人がいた。その奥には空のサイロが続いている。この奥行きからから推測すると、第参海堡の容積と同じだけの大きさがあるのではないだろうか。

「これが⋯⋯機械神」

 メグハがその広大な場所に格納される巨大なるものを見上げて、思わず呟く。人の姿をしているのは分かるが頭が全く見えない。それほど大きい。

「人は大きすぎるものを見るとそれを視界に納めることすらできず、そこにあると認識できない。しかしお前は少なくとも機械神あれを視界に収めているのだな」

 レベッカが言う。

「そこにいる赤いのが一号機・アスタロト。向かいにいるのが二号機・リヴァイアサン。その奥の藍色が私の愛機、四号機・アーリマンだ」

「⋯⋯」

 飛行船の窓から遠くに見えたあの偉容。それと同じものが直下そそり立つ。

 しかし――紅蓮の死神リュウガと始めて遭遇した時と同じような、感覚があるのはなぜだろう。触れるのを躊躇わされる威力。人と機械の違いの他に大きさだって全然違うのに、それを同一に感じるのはなぜ?

「⋯⋯」

 メグハが呆然とした顔で見上げていると、一号機アスタロトの足下から一体の自動人形がやって来た。

「お迎えだ」

 それを見て、レベッカが促す。

「機械神操士選定は古来より一号機が使われる。紅蓮の死神が一号機を壊してしまった時は一時的に二号機が使用されたが、基本的にはこの最初の機体が受け入れる」

 やって来た自動人形が案内をするような仕草をする。

「行ってこい」

 レベッカの簡素な見送りの言葉にメグハも「はい」と質樸に答えた。


 ――◇ ◇ ◇――


 メグハは格納施設の壁に接地された昇降機に乗ると、その機体の頭部近くへと上る。

「⋯⋯」

 昇降機を降りて空中回廊キャットウォークを歩くと、頭部側面に到着する。扉が開かれている。そこを潜り中を進むと、中央に頑丈な座席が設えられた小部屋に辿り着く。

 メグハはそこに座った。

 カークリノラースやプルカロルの操作室は実際に入ったことはあるが、それよりも複雑且つ洗練された内部。ここは機械神一号機・アスタロトの主操作室。

「⋯⋯」

 自分が座った処で何も起こるはずもない――そう思っていると

「⋯⋯?」

 止まったままの計器類が、僅かに動く。点検灯も少し明滅する。座席の下から何かの鼓動のような震動が伝わって来た。

(え⋯⋯動く?)

 メグハは目の前にある操作桿を握ってみようとするが

「候補生殿」

 操作桿を掴んだ瞬間、後ろから機械音声が聞こえた。振り向いて見ると自分を案内してくれた自動人形が立っていた。

「あなたは機械使途操士候補生として今後も修練を積むことを望みますか? それとも機械神操士となることを望みますか?」

 機械仕掛けの淑女が問うてきた。

「⋯⋯私は幼馴染みと約束したんです、夢を実行する前に、機械使途操士になろうって。もうすぐ幼馴染みもやって来るんです。だから共に同じ道を目指す者として迎えてあげないと」

 メグハは正直な気持ちでそう答えた。

「分かりました。あなたは、失格です」

 自動人形の顔部は動かないはずだが、それでも少し微笑んだようにメグハには見えた。

「機械神操士は貴重な存在で一人でも多く確保したいのは事実。ですが今のあなたを機械神に乗せても不利益が大きい。その自動人形の考え方から判断すればあなたは失格です」

 自動人形が「これを」と一通の封書を渡してきた。

「今回に選定における詳細が封入されています。あなたの教官と機械神操士のみが閲覧出来ます。そして教官か機械神操士が許可をしなければ、あなた自身も見てはいけません」

 メグハはそれを受け取った。

「私は、失格⋯⋯なんですよね」

「失格です。あなたに渡したその封書の内容が記録されます」

「⋯⋯」

 選定に失したという悔しさはもちろんあるが、肩の荷が下りた解放感も大きい。

 メグハは席を立つと自動人形に先導されて出入扉へと向かう。


 ――◇ ◇ ◇――


「どうだったのだ」

 一号機アスタロトの足下からとぼとぼと歩いてくるメグハをレベッカは迎えた。

「失格、でした」

 力が抜けたようにメグハが言う。

「そうか」

 レベッカも何か思うところがあるようだが、彼女が語るその結果を簡潔に受け入れた。

 メグハは貰った封書の説明をする。

「私が見ても良いか?」

「どうぞ」

 レベッカは機械神操士であるので、メグハも素直に渡した。

「⋯⋯なるほど、確かに今のお前であるならば失格だな」

 中身をあらためたレベッカはそれをメグハに返した。

「疲れたろう、外様用の宿泊所まで連れていってやる。そこで第参海堡行きの便が出るまで休むといい」

「はい⋯⋯」

 メグハはレベッカに付き添われて格納施設を後にする。

「メグハ」

 レベッカが開口部を抜けて中央搭裏門の手前で立ち止まって振り向いた。

「お前も、今一度見るんだ」

「⋯⋯」

 そう促され、メグハも立ち止まり、振り向く。

「ここは今を刻んでいない、止まった時計かも知れない。だが、止まった時計も日に二度は正しい時間を指している」

 レベッカが格納施設を見上げて言う。

「その二度しかない機会のためにいるのが機械神操士わたしたちだ。それだけは良く覚えておいて欲しい」

「⋯⋯」


 ――◇ ◇ ◇――


 メグハは宿泊所の窓から椅子に座って外を見ていた。

 故郷を出てから本当に目まぐるしい毎日が続き、ようやく静かな時間を過ごしているような気がする。

 手の中にはもらった封書。自分では見てはいけないもの。

 これを見たとき先達フィーアはどんな顔を見せるのか。

 そう考えたら三日しか過ごしていないあの場所が、急に恋しくなってきた。

「早く⋯⋯あの場所へ戻りたいな」

 メグハはそう呟くと、少し休もうと背もたれに身を預けて瞼を閉じた。

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