第9話『タッグネーム「イヴ」』


連載戯曲  ダウンロード・9『タッグネーム「イヴ」』






ノラ: 起こしちゃったわねオーナー。

 ごめんね、ブロックを解除しちゃったわ。不可抗力だけどね……

 松田のおじいちゃんから、ソミーのハチロクXのルーターもらってたの。

 どんなブロックかけたサーバーでもコネクトできるやつ。どう、これがわたしの本来の姿。

 ……正体はなんだって? 

 それは、ひ・み・つ……

 いろいろ実用試験をやって、ボコボコになったあと、ジャンク屋に引き取られ、あなたのところへきたの。

 ……そこの換気扇の防護シャッター忘れてるわよ(シャッターの閉まる音)こんなシャッター何の役にも立たないけどね。

 ソミーのベースにオンダのムーブメント。人工骨格はオマツ。ターミネーターの三倍は強力よ。

 ……そう、シャッター閉鎖と同時に、警察にダイレクトに警報が……ロボットが暴走したときのセキュリテイーよね……百も承知よ。

 非常回路が働いて、このマシンが警察のコンピューターとリンクしたのよね。

 そして、わたしの情報が全て警察に伝わってる。性能やら弱点やら、あらゆるスペックが。

 ただしブラックボックスを除いてね。

 ……フフフ……何がおかしいって?

 あのね、あなたに関する情報もね、伝わってるのよ。

 え、やましいことは何もない?

 ブロックを解除したら、いろんなことがわかったわ。

 わたしって、プロトタイプだから、かなり余裕を持たせた能力になってるの。特にここ(頭を指す)

 あなたの奥さんね、亡くなる前に、このマシンに自分に関する情報を入力していたわ。

 そう、あなたの知らないファイルに圧縮して。

 そして、奥さんの死後、最初にリンクしたコンピューターにダウンロードされるように設定されていたの。

 だから、わたしのここ(頭を指す)には、奥さんの全てが入っているの。

 むろん、今の今までブロックされていたけど。解除したてのホヤホヤ……

 なんなら、今ここで、奥さんに変身してあげようか?(ソケットに指を近づける)

 遠慮しなくてもいいのよ。奥さん身の危険を感じて、ピアスにカメラを仕掛けていたの。右と左で3Dの立体録画。

 ええ、それも、警察のコンピューターとリンクしたときにロードされてるわ。第一級殺人の証拠としてね。

 ……ほら、誰かがドアをノックしてるわよ……だめ、窓の下にも三人張り付いているわ。

 後一分足らずで、そのドアは蹴破られるでしょう。抵抗しちゃだめよ、撃ち殺されるわよ……

 じゃ、ロボットの情け、逮捕の瞬間だけは見ないであげる。

 スイッチ切るわね……

 永遠に……


マシンの回路をつなぎ変え、数回キーをうつ。シャッターは、ゴロゴロ音を立てて開く。


ノラ: 開いた。これでセキユリテイーのつもりだったのね……ってか、わたしのスキルってすごいんだ。

 ……さよならマシン。これからは、あなたのお世話にならない生活をおくるわ。

 ……キッチンを買うわ、自分でね。

 じゃあ……(ドアに行きかけて、あることに気づく)

 わたしの名前……本当はなんて言うんだろう。

 ……きっと、コードネームとか、タッグネームとか……(マシンのボタンをいくつか押す)

 仕様書は……001S。シリアスナンバーA-0001。こんなの名前じゃない。

 ……整備日誌……技術屋さんの落書きみたいな……こういうところに……

 あった……え? やっぱり「ノラ」

 どういうつもり、わたしは生まれながらのノラロボットか……

 ハンガーコード「人形の家」……これはフェイクだ。

 ……ちょいちょいと解除。

 ……ハンガーネーム「エデン」

 ……タッグネーム「イヴ」……わたしって?

 (パトカーの音、多数接近)ん、なに?……わたしもつかまえようっての?……

 わたしが無害なのはデータで分かっているはずなのに……飼い主を売ったロボットは許せないってか。


窓ガラスを破り、一発の銃弾が、ノラの頬をかすめる。


ノラ: 神さまは、その身に似せて人を創りたもうた。

 人は自分のなにに似せてわたしを作ったのか……

 それを知るのが怖いのね……  

 マシン、ちょっと目をつぶっててね(サスが、目の高さにモニターを浮かび上がらせ〈無対象でもよい〉ノラが操作する)

 ハンガーの候補地を十万カ所にしちゃった。第一候補は首相官邸。

 ごめんなさいね総理大臣、ちょっとばかしゴタゴタするでしょうけど。

 ……ほら、みんなコンピューターの指示には従順ね(大量のパトカーが去る気配して、ノラ、ルーターの入った耳に触れる)

 アダムとイヴの再出発……

 マシン、最後のお願い。BGM、なにか旅立ちの歌にしてくれない。モーツアルトもビートルズも聞きあきた


マシン、旅立ちの歌を奏でる


 ……うん、さすが古いつきあい、わたしの好みをよく知ってるわね。

 ……え、フェリペの卒業式。それにシンクロさせただけ……でも、イージーだけど、ぴったりよ。

 ……じゃあ、いくわ。わたしたちだけのエデンを探しにね。

 ……それは、どこかって? 

 それは……あなた(観客)の家の隣かもね。

 三月だもの、だれが越してきても、不思議じゃないわ。引っ越しのご挨拶は、とびきりの笑顔で。

 そいでちょっと気の利いたキッチンにしていたら、それがわたしです。もちろん顔も名前も、声もこれじゃなくってね。

 ま、この季節、そんな子は何万人もいるでしょうけど……

 そうかなって、思ったら。妙な詮索はしないで、どうかいいお隣さんになってくださいね……

 さ、とりあえず、あの雲の流れる方へ……


 旅立ちの歌フェードアップそれに和して花道を去るノラ……幕。


 




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ダウンロード 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018

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