第5話『架空の家族』


連載戯曲 

ダウンロード・5『架空の家族』







ノラ:窓辺のリビングで、ほら、ミンゴル2で勝負したのよ、憶えてる?

 お父さん十八番ホールでボギーたたいて、わたしが勝っちゃったの!

 ……あの時代にプレイステーションはまだなかった……?

 ……わたし……!?

 ……シュミレーションした架空の家族。

 ……うそ!?……一度も結婚なんかしたこと……ない!? 


 うそ! うそよ!!



 わたし、ちゃんと憶えているもの。小さいときのことも、お母さんのことも……

 この坂道も、この柔らかい木漏れ日も、角のケーキ屋さんも、ちゃんと記憶にあるよ。

 わたし、この道を、死ぬ二日前まで歩いていたんだから……

 それ……全部、お父さんが、コンピューターで立ち上げたバーチャルファミリー……フィクション……

 それを社員の人たちが本物と思った……お父さんへのプレゼントに。

 ……それをダウンロードされたわたしが本当と思った……お父さん……こっちむいて……

 それ、ほんと? ほんとのほんと?

 ……こっちむいて……(父の正面に行く。父、顔をそむける。チャンネルが変わったようにノラの表情が変わる)



 ……おもちゃじゃないのよ、ロボットは……



 特に、わたしみたいな人材派遣用ロボットは、その時その時、いろんなパーソナリテイーや、スキルをダウンロードされて……

 でも、その一回一回のパーソナリテイーは、わたしにとっては本物なんです。

 生身の本物として生きているんです……だから、だから、そうでないと言われたら……意識の居場所がありません。

 パーソナリテイーのダウンロードは、CPUにも、ボデイーにも、大きな負担になるんです……

 ふつうロボットは、生まれたときに、その役割にあったパーソナリテイーを一度だけダウンロードされます。

 わたしたち人材派遣ロボットは、それを毎日くりかえすので、劣化が激しく、ひどく寿命が短いんです。

 わたし、もともと中古で、下取りの時に、元のメモリーとパーソナリテイーをブロックされているんです。

 いっそメモリーごと消去されていれば……

 むろん消去されていたら、こんな人間的な動きや、感情表現はできません……

 お父さん、お願いこっちを向いて……わたし、あの地震で死んだときのような気持ちよ……

 激しい揺れに足をとられ、民宿のドアに手をかけた、そのとたんに、壁が崩れて……

 お母さんと二人下敷きになり、早回しのビデオのように短い一生が思い出され……思い出しながら遠のいていく意識……

 最後に憶えているのは、握ったお母さんの手のぬくもり……その……手のぬくもりさえ、本物じゃなかったのね……

 みんな、お父さんがこさえた戯れのバーチャル……




 ノラ一人に照明がのこり、モーツアルト、フェードインする。気づくと、もとのノラのハンガー。




ノラ:  ……ありがとう、連れて帰ってくれたのね……憶えてない……暴走しかけて、フリ-ズしてしまったの……

 お母さんは? ああ、バグと認識して最初から動いてない……さすが大手のモリプロね……

 ごめん?……もういいわよ。早く消してくれる、この子のパーソナリテイー(ノロノロと柱のマシンへ)

 え……メモリーに焼き付いて、消去できないの……

 もうそろそろ寿命かな……ねえ、オーナー。オーナーはどうしてこんな仕事してんの?

 ……男一人食うのにちょうどいい……

 自分で働いたら?

 ……え、マネージメントやメンテナンスで、けっこう働いている?……ほんとかな……



 ね、このマシンの中にもブロックされたメモリーがあるんだけど……このハンガーのシステムメモリー?



 ……え、わたしが勝手にいじって、キッチンなんかつくってしまわないようにブロックしてあるって……

 え、オーナーにもわからない?

 ああ、奥さんが使ってた中古。これも?

 ……ん、次の仕事!?

 だめよ、わたしまだ幸子のパーソナリテイーのままなんだから。

 今日はもう休ませて、お願い……(マシンから衣装が転がり出てくる)

 もう……わたしはね……

 これ、「ローマの休日」のオードリーのコスチューム……

 新作ゲームのCMの依頼……「ローマの休日をもう一度」

 ……チープなギャルゲーね……わたしのこと、すりきれるまで使うつもりね……

 いいわ! このブルーな気持ちを少しでも紛らすことができるなら……

 もともとオードリー似だものね、幸子は(間、着替えの動きとまる)

 ……え、あ、ごめんなさい。ちょっと考え事……

 しかたないでしょ。わたしのメモリーは幸子のままなの。その幸子がオードリーを演じるの!

 よいしょっと……ハハハ、お婆さんみたいね……え、いつも言ってる? 中古だものね……さ、行くわよ……

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