第4話『125歳のサラリーマンの娘』


連載戯曲

 ダウンロード・4『125歳のサラリーマンの娘』







 モーツアルト、フェードインして素にもどる。モニターのフレーム上がる。


ノラ: ……と、こんなもんでよかった?

 うん、今のは演技。ダウンロードしても、あの子たちの心の中には無いの。

 お母さんも、マミーも、ムーテイーの記憶も愛情もなにもないのよ。赤ちゃんの時にほっぽりだされちゃったからね。

 だからテキトー。

 あの秋園くずはも相当いいかげん……引き受けてくるオーナーも……

 嫌みいう前にマシンを見ろ?……オーーーーーーー新発売の美肌ドリンクじゃない!?

 これ高いのよ、出たばっかしで……ありがたくいただくわ……

 ん?……試供品……ケチ……いえ、ひとりごと(ドリンク片手に窓辺へ)

 あ……裏のビル取り壊したのね……気がつかなかった……ぐらいこきつかわれたのね……ううん、なんでも……

 大通りが見える……こんな時間に……ああ、卒業式の予行か……意外に近かったんだねフェリペって……

 あそこ、創立以来百九十年、制服かわってないんだよね。中身は現代の子なのにね……

 ハハハ、歩きながらJポッド。マンガだろうねケラケラ笑って……

 あの子は三つ編みほぐして……本当は好きほうだいしたいんだろうね、自由にさせてくれって……

 でも、今のまんまでも自由なんだぞ、君たちは! 

 こんなマシンにダウンロードされることもないし。なんたって自分のキッチン持ってるんだからね……

 え……着てみないかって……あの、制服?……フフ、ヘタなふりかた。どうせ仕事でしょ……はいはい……

(マシンから服とプリントをとりだす)……ゲ、また年寄りの相手!?

 松田電器の会長、松田孝之助……この人、ギネスブックにのってるんでしょ、世界最高齢のサラリーマン……百二十五歳!?

 ……それが近ごろ元気がない?……当然でしょ、このお歳なんだから。

 で……この人の娘さんに? あのねえ、何度も言うけど、わたしは、二十五歳プラスマイナス十歳……よく見ろ……


 フェリペの制服とキュートな猫顔のポートレート……ちょっとオードリー・ヘプバーンに似てるわね……でもこれって、大昔の写真でしょ。

 昭和生まれの 九十八歳……よく読め……だから、九十八……ああ、生きてれば……

 八十年以上前に死んでるんだ。なーる……(着替えはじめる)

 お母さんといっしょに……社員の人たちのアイデアで、一日、妻と娘をプレゼント。お母さんは?

 モリプロ……ああ、大手のロボットプロに……で、娘役がうちに。どうして?……

 ノラの魅力がピッタリ?……モリプロにも、こんなのいないって?……ヘタね、のせるの……まあ、いいけど……

 え、窓の外……大通りのカフェテリアのおじいちゃん……あ、あの人がそうね、わかったわ。じゃ、ダウンロードして……


 着替えおわってマシンに接続。スパークと振動。おさまると、モーツアルト、カットアウト。ノラはドアを開け、大通りのカフェテリアへ。テーブルとイスがセットされている様子。会長の背後に近寄り、後ろから目かくしをする。


ノラ: だーれだ!?

 ……だめだめ、あてなきゃ許してあげません。

アケミ:?……レイラ?……カルーセル!?……ユキエ?……それって、みんな銀座のオネエサンたちでしょ!

 ……わ・た・し……最初からわかってた!?

 ……社長さんとか重役の人たちに無理矢理休めって?……アハハ、会社の玄関にも入れてもらえなかったの?

 それで、このカフェテリアで座って待ってろって……

 で、察しがついた? さっすがお父さん!

 ……でも、わたしが来るとは思わなかった? それも突然後ろから目かくしされるとは……ハハハ。

 ……そう……小学校の入学式でも、わたし、そうしたんだ……

 お父さん仕事で、入学式も何もかも全部終わってから来たんだよね。

 お母さんに肩車してもらって、後ろから目かくし……その時のこと思い出したんだ。

 ……今日、何の日だか憶えてるよね?……記念日……そうだよ。

 何の?……春分の日?……サラダ記念日!?……結婚記念日だよ、お父さん。九十九回目! 知ってた?

 お母さんもお家で待ってるよ。お料理いっぱいこしらえて。

 きっと、お父さんの好物のたこ酢とか……少し歩く、弥生坂のあたりまで?

 ……うん。でも、大丈夫? お父さん百二十五歳だったのよね。

 フフフ、とてもそうは見えないけど……きっと、わたしとお母さんの分まで長生きしたんだよね……

 ……フェリペの入学式は、お父さん、ついてきてくれたよね……この坂道の土手……ずうっと桜並木で……

 見とれてるうちに、お母さん、迷子になっちゃって……その日はお母さんのほうが遅刻……

 あのころは携帯電話もない時代だったから……わたし、ちょっと背伸びしてフェリペに入っちゃったでしょ。

 最初の中間テストで欠点三つ。二学期の期末テストで、ようやくとりもどして……え、もういい?

 ……そうだね……お父さん、あやまることないよ。

 神戸に行きたいって言ったのは幸子の方なんだもん。北野の異人館が見たいって……まさか、あんな地震が……

 ああん、ごめん! こんな話しするつもりじゃなかったのに。

 幸子って、いつまでたってもおバカね……はい(ハンカチを差し出す)そんなに水分だしたら、ミイラになっちゃうよ。

 ちょと待ってて……

(無対象の自販機で缶コーヒーを買う)アチチ、ハンカチ貸しちゃったから……

 ハハハ、ほんと、わたしってアトサキ考えないのよね……もーー、お父さんが笑うことないでしょ。

 はい、糖分控えめ……え、アトサキなんか考えない方がいい? ああん、わたしにも、一口……

 お父さん……ハハハ、わたしもうつちゃった(手の甲で涙をぬぐう)

 お母さんは、桜とか花水木(はなみずき)が好きだったけど。わたしは、こういう春の木漏れ日がいい……

 光のシャワーみたいでしょ。

 ね……この坂を下りて曲がったところにドイツ人のおじさんがやってるケーキ屋さんがあるわ。

 そこでケーキでも買って……え、何十年も前の話しだろうって? 失礼ね。

 ちゃんと、今もあるのをチェックしてあります。

 マスターは四代目で、どこから見ても日本人なんだけど、名前はちゃんとヤコブさん。

 奥さん、フェリペの卒業生なんだよ。すごい美人。うん、わたしの次くらいに……

 アハハハ、そいで、そのケーキ屋さんからはタクシー拾ってお家へ行こう。

 お父さん、元気そうに見えても、百二十五歳なんだもんね。お母さんの待ってる銀座九丁目に。

 ……どうしたの、疲れた?

 ……え。

 ……銀座は八丁目までしかない?

 ……八丁目のむこうは海?

 ……だってわたしたちの家は九丁目のギンザシーサイド……でしょ。

 ベイエリアのマンションめっけて、お父さん、惚れ込んで買ったんだよ。

 バブルの最中だったから、それこそ億ションでさ、お母さん目を三角にして……

 でも、お父さん、飛ぶ鳥を落とす勢いだったから、即金で……朝起きると、目の高さにヨットのマストとかユリカモメとか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る