終章
今回の擬神機による暴走に関しては事後処理に様々な裏取引が行われた。
この国有数の財団が擬神機を保有し、それが暴走を起こして森林部に大火を起こした一連の流れは大幅に書き換えられ、今まで海上を進むだけだった機械神が突如として神無川艦に上陸し森林火災を起こし、それを疾風弾重工所有の秘密兵器が破壊して鎮圧したという、殆ど真逆の話になった。
これで機械神は暴走の危険性を内包するのが明るみになり、管理組織である黒龍師団の悪評が一段と上がったわけであるが、元々が悪の枢軸を自称している(否認もしているが)組織である。代わりに八号機が入手出来たのだから、自分達が悪役にすり替えられても特に問題にする要素もない。
森林部の火災は水で消火するのは無理であると判断され、周囲の木々を薙ぎ倒してそれ以上火の手が広がらないようにする旧時代的な方法により、一週間燃えた後にようやく鎮火した。しかしそれでも水上保安庁や陸上保安庁から大量の勢力を投入することにより何とかなったことを付け加えておく。
黒龍師団と疾風弾財団との間で様々な取引が行われた。
まず黒龍師団が欲したのはスズの複製機達だった。新たに入手に成功した八号機は第弐海堡の黒龍師団駐屯施設において改めて精査されたが、結局一体も自動人形は見付からず、八号機固有の自動人形はスズだけと言う状況に陥ってしまった。
その為、現状では八号機の常態維持を行えるのはスズとその
この状態でも機械神本来の使い道である牽引機として一垓米に展開するときには使えないのだが、本物の自動人形を取り戻す間の繋ぎとしては、これほど理想的なものはない。
スズを元にして黒龍師団で同じようなものを作れないことも無いだろうが、どれだけ開発に時間が掛かるか分からないので、代価を用いて入手できるのなら幸いなのである。
その代価には機械使徒が充てられた。疾風弾重工側としても動く状態の巨大人型機械を欲していたわけなので、この商談は問題なく成立する。
八号機を黒龍師団が入手したことに関しては疾風弾財団の力も借りた形となったのだが、その処遇に関しては財団総帥が「機械神に関しては不干渉を貫く」と表明したため、機械神八号機そのものの取扱いは黒龍師団の一括となった。
しかして、財団総帥は知っているのだ、とある自動人形と、とある長身女性が表に出てきて活動していれば、財団はなにも恩恵が得られないまま全てが解決していただろうことを。そして総帥もそんなことを表で喋るような女性ではなかった。
それに財団が背負うはずの罪を、黒龍師団が代わりに引き受けてくれたのだ。それが双方に必要な処置だったとしても、受けた恩は返さなければならない。
――◇ ◇ ◇――
「さーて、これからどうしよっかなぁ⋯⋯」
寮の自室で陽子が寝転んでゴロゴロしながら気の抜けたように言う。
「意外に早く事が済んでしまって府抜けたか」
テーブルの前に座る鬼越がそう言うが、彼女も珍しく頬杖を突いて気だるそうにしている。
「黒龍師団本拠地に戻ろうか?」
八号機は今現在第弐海堡の黒龍師団駐屯地に所属ということになっている。今はそこで修理や細かい整備を受けていた。
疾風弾重工所有の秘密兵器が破壊したことになっている機械神が、方舟艦隊側の駐屯地にいるのもおかしな話だが、黒龍師団本拠地に複数所有する同型機の一機を持ってきたとして擬装している。
「戻ってどうする?」
「白兵部隊に入れてもらってさ、水の魔物とか相手に戦うの」
「お前は何を言っているのだ」
「なにがさ?」
「お前は天下の機械神操士だろう! しかも機体所有者の機械神八号機正操士だぞ? 黒龍師団本拠地に戻るならばそれは八号機と共にだ。そうなったらまずは八号機の整備、習熟、解析と、やることはいっぱいだぞ。白兵部隊で暇を潰している時間などあるものか」
「うげー⋯⋯ミユキに八号機あげる」
「貰えるものなら貰うが、アタシじゃ機械神は動かんのだ」
「というかホントどうしよっか、こんなに早く任務終わっちゃったし」
「終わってはいないぞ」
「え?」
「中に乗っていた自動人形の行方はどうするのだ。正規の自動人形はスズ一体。代替品は疾風弾重工から受領できたが、あくまで代替品だ」
「――ん? そうか!」
陽子はそう言いながら、何かを思い付いたように跳ね起きた。
「リュウガのところの十三号機にはクラウディアって自動人形がいるんだけどさ」
「自動人形で名前付きとは珍しいな」
「で、そのクラウディアってコは、移動くらいなら十三号機を動かせるらしいんだよね。だからスズにもそうなってもらえればなーなんて」
「お前、何を企んでいる?」
「そうすればボクは必要な時だけ八号機に乗って、それ以外は白兵部隊なんかで体を動かしてルラルララ~っと」
「お前は本拠地に戻りたいのか戻りたくないのかどっちなのだ」
「体を動かす仕事がしたいだけですよーだ」
機械神操士も十分体を動かす仕事だと鬼越は思うのだが、一つの事にずっと従事させられる閉塞感を嫌がっているのかもしれない。
「犬に首輪は巻けるが狼には巻けんということか」
「なにがだワン?」
「お前はワンじゃなくてガオォだろ」
「そうだったがお、忘れていたがお」
「忘れぬ内にお前に言っておくが、アタシは明日にでも嘆願書をしたためて第弐海堡の黒龍師団駐屯地まで提出に行ってくるつもりだ」
「え、なにお願いするの?」
「機械使徒操士候補生として、正式に機械使徒の操作訓練を受けたいのだ」
鬼越が一拍あけて続ける。
「今回の一件では、アタシは最後の方は全く活躍できなかったからな。それも含めて自分自身を使える人材に進化させたい。せっかく機械使徒操士補として雇ってもらっているのだからな」
「はぁ、ホントミユキは昔っからちゃんと考えてるよねぇ」
「昔からというが我々は出会ってからまだ半年くらいだぞ」
その半年の中で陽子も大きく成長しているのを鬼越もずっと見ているのだ。そして相手は機械神正操士にまでなってしまった。あまりにも大きくなった差を、早く取り戻したい。
「まぁそれはさておき、ほーんとこれからどうしよっかなぁ⋯⋯」
陽子はそう言うと再び床に転がってゴロゴロし始めた。
それから一カ月ほど経ったある日。
「お帰りスズ」
第弐海堡の係留桟橋。そこに横付けされた輸送艦から降りてきた一体の自動人形を、機械神操士制服に身を包む陽子が出迎えた。
「ただいま帰還いたしました」
スズは複製機の流用である現行の体では少しの激しい機動(魔法の詠唱等)でも著しく機体を損傷するということで、黒龍師団本拠地に行って他の自動人形と同じ体に再生させる事になった。
八号機以外の機械神に来てもらえばその中で体の再生は可能ではあるのだが、スズは義足を繋ぐ事によって再起動を果たしたという
スズは一応は疾風弾財団の所有機ではあるが、総帥と交わした最初の取り決め「スズが機械神の中に戻りたいと願うならそれはスズの自由意思」に載っとり、基本的には黒龍師団所属で、疾風弾財団には出向という複雑な在籍形態となっている。
「義足はそのままなんだね」
陽子が訊く。
「これはもう私の体の一部なので。これを変に外してしまうと元の感情のない自動人形に戻ってしまうかも知れないので」
「そうか」
「八号機と妹たち共々、今後ともよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」
小さな再会。
でもそれはこの後に続く大きな想いの準備。
だから、小さな再会を。
――終――
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