第四章

「これ、案内状ガイドブックって言ってた割には詳しく書いてありすぎなんじゃないの?」

 キュアノスプリュネルから貰った封書の中身を読んだ雪火は、まず第弐海堡の疾風弾重工の施設へ連絡を入れて、を積み込んだ輸送機を飛び立たせ、現場へと向かわせた。今現在本機はその輸送機の到着に合わせて減速し、現場へと差を少しずつ詰めている。

「陽子さん、あなた本当に機械神を動かせるの?」

 キュアノスプリュネルの封書には、陽子が機械神八号機の操士となって擬神機を討つ――そうなるように書いてあり、そのために実行するべきことが幾つか書いてあった。

「機械神を動かす資格は黒龍師団本拠地での選定で受けてきました。だから機械神が万全な状態であれば動かせる筈です」

 陽子はそう答える。

「万全か⋯⋯陽子さんとスズは、一度機械神の表層に降りているのよね。そしてその時に機体内に他の自動人形の存在を感じなかった」

 雪火が状況を把握するように言う。

「それでも動いているって言うのは、なにかが取り憑いているとでも言うのか?」

 呪的なものを感じて今まで黙っていた鬼越が口を開いた。呪術とは深い係わりのある委員長も難しい表情になっている。

「うーん、中に入って調べて見ないとなんともいえない。それとは別に自動人形が一体も乗っていない機械神が動いているのなら早く止めないと大変なことになるのは前に話し合った時と同じだよ」

「機械神を止めなければならないのは分かったけれど、それは擬神機を倒した後よ」

 陽子の言葉に雪火が付け加える。

『総帥、我が社の輸送機が目視可能距離まで来ました』

 操縦室からの声に全員が窓外を見る。太い胴体の四発機が五機、編隊を組んでこちらに向かってくる。

「速度を上げて! 現場へ急行!」

『了解!』

 雪火の指示を受けてパワードリフト機が速力を上げる。

「必要な道具は揃ったわ。あとは陽子さん、スズ、あなたたち二人次第よ」


 ――◇ ◇ ◇――


 神無川艦の沿岸部を南西部に移動する鉄の塊がある。巨大な筒を二本背負った人型の上半身。

 機械神八号機。方舟艦に住む者達が災害と同義に扱うもの。

 八号機に意思は無い。八号機の体の中で蠢くが、機体を動かしているのだ。

 天空より落ちてくる鋼鉄の巨人は、の住み処を侵す。侵略者達が住む火の星と同じように、この星を作り替えようとしている。そして作り替えられてしまったらはもうこの星に生き続けることができない。

 は、自分達の生きる領域を守るために、抜け殻となっていた機械仕掛けの神に取り付いた。

 そして今、侵略者達が過去に投下した整地機械を討つために、決戦場ここへ来た。


 海上を進んでいた機械神八号機は、徐々に上昇を始めた。今まで水面下に隠されたままだった下半身を完全に露出させると海上に浮かび上がった。

 そして低空を移動して鉄岸へと降り立つ。

 その鋼鉄の瞳が見据える向こうには、燃える森林があった。

 機械神はその燃え立つ炎に向かい歩を進める。


『機械神が鉄岸へ上陸!』

 再び操縦席より客室へと情報が入る。

「⋯⋯」

 雪火は状況の推移が、自動人形キュアノスプリュネルからもらった封書の内容通りに動いている事実に、なんとも言えない嫌悪を抱いていた。

(私たち人間は機械神やら自動人形なんかの手の平の上で踊らされてるだけだというの?)

 そして彼女らに従わなければ、状況が進んでいかない事実にも更に嫌な感情が芽生える。

(しかし今は、従わなければ事が収まらない)

 雪火は自分の気持ちを押さえ込むようにして、指示を出した。

「各輸送機へ通達。積み荷の投下準備に入って」

『了解』

 雪火の指示を受け、操縦士を通して、輸送機各個へ指示が届く。

『全機準備完了』

「よし。投下!」

 投下指示を受け、各輸送機の後部カーゴハッチが開く。そこから軽車両用投下台が何基も吐き出される。本来ならその台の上には装甲車などが乗るが、今そこには鉄製の少女達――スズの複製機いもうとたちである仮設自動人形が乗っていた。投下台一台につき十体。それを各輸送機に二台ずつ収容していたので五機で計百体。いくら複製機とはいえ数ヵ月の時間でこれだけの数の自動人形を作り上げられたのは、疾風弾重工の高い技術工業力あってのものである。

 落下傘パラシュートを開いて投下台が落着し、乗っていた仮設自動人形が一斉に機械神八号機に向かって走る。そして燃える森林に向かって進んでいる八号機に足部から取り付こうとする。

 そう、失われた自動人形の代わりにこの複製機達が中に入って動かそうというのである。しかしこの鋼鉄の彼女たちは複製品であるから単体では本物と同じ作業は再現できない。複製品の彼女達が完璧な作業をこなすためには、統率するものが必用である。

「そろそろボクたちも行こうかスズ」

 陽子がそう促す。

「はい」

 スズが答える。先行している複製機たちが複雑に動作するためには、長姉オリジナルの力が必要。スズの腹部には複製機いもうとたちに指示を出す機器が新たに内蔵されていた。スズは右腕を破損したが、すぐに予備部品と交換され元に戻っている。

「結局あなたたち二人を送り出さないと行けないのよね」

 客室から機体後部へ行こうとする陽子とスズを、雪火が申し訳なさそうに見送る。その後ろではこれ以上は力を貸そうにも協力できない鬼越と委員長が心配そうな顔を見せている。

「あの時は酷い扱いをしてしまってすまなかったわね陽子さん」

「いえ、ボクも雪火さんの立場だったらあれくらい心配すると思います」

「スズ、ちゃんと生きて帰ってくるのよ、今度も」

「はい雪火さん――いえ、母さん」

 二人が機体後部に移動するとこのパワードリフト機に儲けられた後部貨物扉が開く。その開いた先には、機械神の頭部が見えた。

「今度はボクがスズに掴まるよ」

 陽子はそういうと少し姿勢を下げてスズの腰に抱き付いた。

「はい。じゃあ、行きます!」

 スズは陽子を抱き付かせたまま後部扉から一気に飛び出した。それと同時に風の呪文を唱えて二人の体を浮揚させる。

 パワードリフト機が極力接近してくれていたおかげでスズの体の破損も内部が少し傷んだ程度で済み、機械神の胸部上へと再び降り立った。

「さて、前回は途中になってしまった続きをしようか」

 陽子が頭部側面に設けられた出入扉ハッチに手をかけ一気に開く。

「ん? ――、⋯⋯わぁっ!?」

 扉を開け、ゴボリという水に空気が混ざる音がしたと思った途端、中から粘性の高い水のような何かが出てきた。それはゴボゴボ言いながら形を変えると、円錐の上に人の上半身を載せたような形状となった。

「⋯⋯水の魔物」

 陽子が思わず呟く。

「え⋯⋯ということはこの機械神八号機の中には水の魔物が詰まってるってこと!?」

 今まで八号機を動かしていたのは水の魔物。

 そう言うことであれば機械神八号機が常に水域にいたことも納得がいく。

 しかしその事実に陽子は凄まじいおぞましさを受けた。見れば開いたままの出入扉から再び粘性の強い液体が這い出てくる。

「これを全部倒さなきゃ中に入れない――操作室に辿り着けないってことだよね!?」

 先行して足部から突入している複製機達も、脚部内の水の魔物と戦っていることになる。

「⋯⋯!」

 陽子がどうしようと思っていると、最初に現れた水の魔物がかいなを降り下ろしてきた。思わず腕で顔を覆うようにすると、誰かが陽子の横に現れその一撃を受け止めていた。

 最初それはスズが守ってくれたのかと思ったが、スズは少し離れた場所で別の水の魔物と対峙している。そして自分を守ってくれた鋼鉄の彼女もスズと微妙に似ていない。

「機械神内に入りきれていない複製機いもうとたちを、全機頭部脇ここへ呼び寄せています!」

 スズが叫ぶ。それと同時に八号機の外装を登ってきた複製機達が現れて水の魔物と戦い始めた。戦う相手のいない個体は出入扉から内部へ突入し、破城槌のごとき打撃で水の魔物を粉砕しつつ、元の水へと戻して血路を開いていく。

 ある程度の数の複製機が出入扉から突入するのを確認すると、陽子は恐る恐る扉から中を覗いてみた。水浸しの通路の奥で複製機の拳の炸裂音が聞こえる。

「操作室まで通れるようになったかな?」

 陽子は八号機の中に入ると用心深く通路を進む。そうして開け放たれたままの操作室扉まで辿り着く。

「⋯⋯いない」

 中を確認すると、通路と同じように水浸しの無人の操作室があった。水の魔物が居なくなったからか八号機は進行を止めていた。

「よし、今の内だね」

 陽子はびちゃびちゃの操作席に構わず座ると、重力制御を起動させ目標ターゲットを水の魔物に指定、装置を作動させる。始めて動作させるが、不思議と体が動いた。

 八号機の内部にいた水の魔物は機体の隙間という隙間から引っ張られるように吐き出された。

「陽子さん!」

 今まで複製機と共に水の魔物を倒していたスズがようやく追い付いて、操作室にやって来た。

「起動に成功したんですね!」

「うん? ⋯⋯ああそうか、重力制御装置が使えたってことは、既にボクのことを操士として八号機が認めてくれているってことか」

「そうですよ! おめでとうございます!」

「いやぁ、はははは⋯⋯めでたいのはもう少し後かな」

 そこで陽子は真面目な顔になる。

「スズ、複製機いもうとたちの八号機内への分担配置は済んでる?」

「はい、もうとっくに」

「よし。じゃあボクたちの本来の目的を果たしに行こう!」

「はい!」


 ――◇ ◇ ◇――


 蹂躙を続け、もうすぐ山並を全て燃やす大火になろうかと言うところで、それは擬神機の前に現れた。

 機械神八号機。

 仮初めの操り手に動かされていた仮初めの守人は、真に操士となるべきものを受け入れ本当の守護神としてやって来た。

 二つの鉄の塊が轟音を発しながらぶつかり合う。双方とも鐘塔を超える身長の二つ。

 一方はほぼ人型をしている茶系統の塗装で彩られた巨躯。その巨躯が右腕を振りかぶり相手に叩き付けようとする。

 相手の顔部に達しようとした寸前、相手は腕を交差させて鋼鉄の拳を弾いた。

 弾いた者。本体は茶色の巨重と同じような意匠の緑色の人型。しかして違うのは両肩に大きな筒を一対背負っている事実。

 それは大砲のようにも見えるし、何かを繋ぐための導管のようにも見える。

 ここ方舟艦隊に現れる機械神は、あの二本の筒をどこかに運んでいるといわれていた。

 天国へ登れる螺旋階段か、地獄へ直行の落とし穴か、過去に戻れる時間隧道タイムトンネルか。

 今まではそれは誰にも分からなかったが、操士を得た今、それは劫火砲と呼ばれる超破壊兵器として息を吹き返す。しかし全開射撃で星一つ粉々にする超砲をこんな場所で扱う訳にも行かず、もて余す。

 緑の巨重は反撃に右拳で殴り付けたが、相手には簡単にかわされてしまった。強力な力を持っているのに、その使い方を知らないもどかしさを感じる動き。

「陽子さん、踏み込む時に足が浮き気味になっています。もっと自重を生かして圧力をかけないと」

「その頼みの自重の大砲二門が大きすぎて、動きが大振りになっちゃうんだよ!」

 陽子は八号機腰部側面の副脚の収納庫から近接用ナイフを引き抜くと、自機を重力制御で少し浮かせ、地面を滑走させて前進を始めた。

 それで相手との差を詰めた八号機は容赦なく擬神機頭部に向かってナイフを繰り出す。しかし相手は機体を捻るように回避すると、自分も副脚からナイフを抜いて八号機へと切りかかった。八号機はそれをかわしながら一旦間合いを取るように後退する。

 擬神機は操士の乗っていない無人機であるので、その動作は押し並べて緩慢である。今見せた反撃も八号機の動きを真似しただけだろう。擬神機本来の運用目的は大地の整地なので、高度な戦闘力は不用なのだから。

 しかしこちらの操士も実戦未経験の今回が初陣である。

 八号機は近接用ナイフを擬神機に向かって投擲した。相手は自分の得物を振り回してそれを叩き落とす。

 だが、それで相手に接近する隙が大きく生まれたのは確かだ。推進機から水素の火炎を吐き出し、八号機が相手に組み付ける距離まで再び接近する。

「肩の劫火砲ってさ、最低出力で射ったらどれだけの威力に抑えられるのかな」

「山一つ吹き飛ばすくらいだと思います」

「それじゃ強すぎるなー。もっと弱くできないのかな?」

「あまりにも威力が小さすぎると火線砲として初動の火が着きません。あとは手動で出力調整するしかないですね」

「スズならできる?」

「――やってみます」

 スズは操作席の後ろから体を伸ばすと、劫火砲関連の調整機器が並ぶ操作卓に手を伸ばして操作を始めた。

 陽子はそれを横目に見ながら反対側の副脚に内装された近接用ナイフを引き抜き、再び擬神機へと切り付ける。相手も同じ得物で応戦、隙を伺い切り付けてくる。

「陽子さん、出力的にはこれ以上下げるのは限界です」

「どれぐらい?」

「街一つ吹き飛ぶ程度」

「よし、それぐらいならなんとか使えるね」

 陽子は機体を再度後退させると、再び近接用ナイフを投げて相手を撹乱させた。擬神機が飛んできたナイフを叩き落とした時、八号機は何故か横転していた。しかしこれは機動に失敗した訳ではない。横倒しになることにより姿勢を下げて、相手より低い体制になったのだ。縦に連装となった劫火砲が若干の仰角を付けて照準を合わせた。射線上、相手の背後には何もない。

「劫火砲発射!」

 砲口に太陽を詰め込んだのかと思うほどの光が灯ると、次の瞬間にはそれが光の束となって発射される。最小威力を更に下げて撃ち出されたそれだが、それでも凄まじいまでの熱量で擬神機を貫いた。相手はたまらず爆発四散する。


 ――◇ ◇ ◇――


「とりあえずわたしたちの出番は無くなったみたいですね」

 炎に包まれる山並の向こうから天空に向けて二条の光線が放たれた直後、大きな爆発があった。

「ああ、そうだな」

 その爆発が擬神機のものであると知ったとき、二人の仕事は消失した。

「後はこの火災をどうするかですよね」

 この場所は海沿いであるのだが幅五キロもの鉄製の海岸に阻まれて容易に水の確保は出来ない。

「お前が消してやったらどうだ? それぐらいの後詰めアフターサービスなら別に良いだろう」

「すみません、わたしの特技は火消しじゃなくて火起こしです」

「お前はまったく」

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