第三章

「情報を整理しよう」

 寮の中の、陽子と鬼越の部屋。二人は今後の話をしていた。

「陽子、お前が八号機に降り立った時、自動人形の気配を全く感じなかったのだな?」

「うん、そうなんだよ」

 鬼越の疑問に陽子が改めて思い出しながら答える。

「自動人形は機械だから気配を完全に消すことが可能なのかも知れないけど、それでも装甲板の奥に数百体の機械仕掛けの女の子たちが隠れている――っていうのは、ちょっと考えにくい雰囲気だったんだよね」

 機械神の胸部に降り立ってから感じた空気を陽子が伝える。

「お前は狼人。普通の人間に比べればよほど感が鋭い。その感覚を持ってしても自動人形を見付けられなかったのだから、やはり自動人形は居ないと考えた方が良さそうだな」

「でも、自動人形が一体も乗っていなければ、今ごろ壊れている筈だよね。それはどう説明すれば良いんだろう?」

「最後の自動人形が直前まで常態維持をしていた⋯⋯そう仮定してみるか」

「最後の自動人形? もしかしてそれはスズのこと?」

「そうだ」

 鬼越が仮定を前提として考えたことを説明する。

「機械神は歩くだけであちこち破損してくるが、逆に考えれば歩くなどの行動を抑えれば壊れるのも少なく出来るのでは?」

「そうか、普段八号機は海の中にいるのは、機体各部、特に四肢を固定して潜水艦のように海中を移動するためだったら」

 そうすれば機械神なんていう大きなものでも姿を隠せるのは、陽子は八号機の水没に付き合ってきたので良く分かる。

「ただ、そこまでして八号機は何をやっているのか? という疑問は残るが」

「機械神って本当意思があるのか無いのか良く分からないとは言われているけど」

 黒龍師団本拠地の機械神格納施設で聞いた様々な会話を思い出す。

「機械神にしかできないこと⋯⋯を、やっている?」

「火の星から降ってくる擬神機から方舟艦隊を守ってくれてるのかな」

 鬼越の疑問に陽子はそう答えた。

 今のところ擬神機の落着場所は人の少い僻地でしか確認されていない。大体は密林の中心部に落下する。擬神機は投下されると周囲の物を全て破壊しながら前進を始めるが、いきなり大都市の中心部に落下という記録は未だに無い。

「守る? 何故だ?」

「遠い昔、それこそ方舟艦の一番艦が竣工した時に何らかの契約がかわされたとか――そう考えてみるしかないけど」

「ふむ。その時の先任の操士の意思を引き継ぎ、今は半ば自動で動いている――そう、仮定してみるか」

「なんだか仮定ばかりになってしまったね」

「仕方あるまい。しかし辿り着く先は決まっているのだ、道に迷うことはない」

 機械神八号機の捕獲。それが終着点。

 辿り着くまでの道程が例え間違っていても、目的地に辿り着ければ構わない。答えは決まっているのだから。


 ――◇ ◇ ◇――


「総帥、これで一応の完成となります」

「ええ、良くやってくれたわ」

 機械巨人の前に立った雪火は、隣に立つ工場長に労いの言葉をかけた。

 二人が見上げる機械巨人には失われていた筈の頭部が再生されていた。もちろん元の設計の物を完全に復元出来たわけでは無いが、スズの体の解析から得られた技術流用によって、かなり近い形に再現できたと考えられている。

「これさえあれば、方舟艦隊周囲を回遊する機械神を捕まえることだって可能よね」

「⋯⋯」

 さすがにそれは――という顔で工場長は苦い表情になっている。

「さて、充電とかは完了してるのよね。早速明日から乗るわよ」

「乗るわよ⋯⋯とは、総帥自ら乗るのですか?」

「あたりまえじゃない、こんな面白い玩具、他人になんか任せておけないわ」

 一日ずっと乗りっぱなしという訳にはいかないが、翌日からは毎日少しずつ時間を見付けては乗るつもりだ。

「スズは?」

 付近に養女の姿が見えないので訊いた。

「最終調整のために機械巨人頭部にいます。内部で動く仮設自動人形の調整もありますので、今夜はそこで過ごしてもらう予定です」

「そう」

 以前であれば養女がそのようなあからさまな道具扱いをされていたら憤慨していたものだが、今はそんな感慨も起こらない。

(スズが私の目の届く場所でおとなしくしていることよりも、今まで動かなかった機械巨人が動く方に嬉しさを感じるか。駄目な親ね)

 スズをもう疾風高校にも女子寮にも通わせることもなく、手元に置いておこうと思ったのも、彼女の安全よりも、彼女から得られるこの機械巨人復活の技術が失われるのを危惧してだ。

「愛する娘という意味は、結局なんだったのだろう」


 ――◇ ◇ ◇――


 陽子と鬼越の二人は前回機械神が出現した辺りの鉄岸へと来ていた。

 水陸両用車両用の斜路スロープを登り、鉄岸最上部へと上がる。

「夏休みの初日の夜だったっけ、二人で初めて県境まで来たの」

 陽子が言う。

「そうだ」

 鬼越が答える。

「ほんの数ヵ月前なんだけど、もう何年も前のように感じる」

「そうだな」

 二人は戦術の基本の一つである機械神の「待ち伏せ」を行うべく鉄岸ここへとやってきた。

 しかし鉄岸は方舟艦の両舷に有る訳で、反対側に現れたらおしまいである。それにこの神無川艦だけに出現する訳でもなく、他艦の鉄岸付近にも現れることもある。

 機械神の出現は予想できない。機械神は非常に高度な自己隠蔽能力を持っており、一度海中に潜るとどんな電波探信儀レーダーにも捕まらない。

 と言うわけで手持ち無沙汰の二人は、前回出現場所にとりあえずやって来たのだった。

「助けを乞うか黒龍師団本体に」

 鬼越が言う。

「助け?」

「今こうしているときに、違う場所に機械神が現れたら間に合わない。前回接触出来たのは奇跡に近い確率だろう」

「⋯⋯だろうね」

「機械神を追うにはやはり何らかの機材は必要だ」

 鬼越が一拍おいて続ける。

「私は一応機械使徒操士だ。一旦本拠地に戻り、機械使徒の操作訓練を受け、機体を一機受領しての任務復帰も考えた」

「⋯⋯どうして?」

「移動のためだ。機械使徒級それぐらいの移動力が無ければ、機械神を追えん。分かるだろう」

「⋯⋯でも、ここまで自分達でやってきたのに本拠地に助けを求めるのは、なんだか悔しいな」

「しかしだな、自動人形が一体も乗っていない仮定に従うならば、八号機はこれから機体が痛んでいくだけだ。それが修理不可の領域まで進行してしまえばとてつもない損失になるぞ」

「そうなんだよね⋯⋯」

 そこまで行ってしまえば、それはもう捕獲ではなく救出だ。

「期限を決めよう」

「⋯⋯」

「次に八号機が現れた時、捕獲できなければ黒龍師団本体に状況を説明した救援の書状を書こう。それで、良いな」

「うん⋯⋯」


 ――◇ ◇ ◇――


「お前がスズか」

 機械巨人頭部内に設けられた専用の操作室で待機していたスズは、突然後ろから声をかけられた。

 スズが振り向くと後部扉が開いており、そこに裸身の女性が立っていた。

「自動人形⋯⋯」

 しかしその表面は硬質な素材で構成されており、関節などには継ぎ目が見え、人間の女性ではないのは直ぐにわかった。

 最初は自分の複製品いもうとたちの一体が来たのかと思ったが、その重厚さに自分を鏡で見ているような錯覚を受けたスズは、記憶素子から目の前に居るのは自分の同型機であると答えを導き出した。

「我が名はキュアノスプリュネル。お前が手紙を出した相手の育親しとねおやにあたる者」

 キュアノスプリュネルはそう言いながら封書を一通見せた。

「あ⋯⋯それは」

「お前が私の娘である村雨龍那に宛てた手紙だ」

 表面に「スズ」とだけ簡素に書かれた封書。

「しかし娘には届けようが無いので、育親の私に届いた。すまんが中身は見せてもらった。だから娘の代わりに私が来た。お前の頼みを聞きに」

「どうやってこの中に?」

「こんな旧態依然の施設、いかようにも入り様はある」

 この中で何が行われているのか、ある程度調べさせてもらったと前置いてからキュアノスプリュネルが続ける。

「お前たちこの作業所に詰める者達はこの機体を機械使徒か機械神の複製品だと思っている様子だが、それは違う。複製品の様な物であるには違いないが製造されたのはこの星では無い」

「ではこの機械巨人は」

「火の星より送り込まれる制圧整地機、擬神機だ」

 擬神機。その概要がスズの記憶素子から呼び起こされる。火の星から投下される機械神とは似て非なるもの。その目的はこの星の地表の整地。

「世界各地で擬神機の遺物を用いた大型機械は建造されている。地表に落下した時点で動かなくなり、そのまま遺物化する個体も多いからな」

 これだけ原形を留めた固体は始めて見ると、付け加える。

「しかし、ここまで元の状態へと完全に修復されてしまっては、この機体は擬神機本来の役目を果たすために動き出すぞ」

 擬神機本来の役目――あらゆるものを破壊して地上を整地すること。

「では、この擬神機を破壊しろと?」

「この施設の関係者達は操士を選出して、この擬神機を操ろうとしているのだろう。それがどうしても手に余るものであるとは知らずに」

 キュアノスプリュネルが一拍置いて続ける。

「破損した状態で技術の解析だけをやっていれば良いものを、人とはやはり傲慢な生き物だな。何から何まで自分達が制御できるものだと思っている」

 改めてキュアノスプリュネルがスズを見る。

「改めて尋ねるが、私に何をして欲しい?」

「――わかりません」

「そうだろうな」

 その答えは予想の範疇であったらしい。

「お前達の組織以上に強大な力の集約を我が黒龍師団は行っている。そこから来たものに救援を頼んだとしても、良き方向に進むという保証は無いからな」

 大きな力の集約は災いを呼ぶ。疾風弾重工という大きな力は擬神機という更に大きな力を手に入れて、その集約は災厄へと変化しようとしている。

 そしてその道程にはスズという同じように大きな力の入手も含まれている。

「私や紅蓮の死神が出て、問題を解決するのは容易いだろう。しかしこの土地には、それだけでは許されない空気が渦巻いているのが、私にも分かる」

「⋯⋯」

「もうすぐこの擬神機は本来の機能を取り戻し、大地の整地へと向かうだろう。それを止める止めないを決めるのは自動人形われらではない、ここまで事を進めてしまったこの土地に生きる人間たちだ」

「⋯⋯それは」

「私は観察者に徹しよう。私が手を差し伸べるのは災厄が起きた後だと判断する」

「⋯⋯」


 ――◇ ◇ ◇――


 開けて翌日。

「さて、それでは起動訓練初日と行きましょうか」

 戦闘機の操縦士が着るような耐圧服に身を包んだ雪火が、そう宣言する。

 格納庫に入ってきた雪火は壁面に設けられた昇降機エレベーターで上層へと上がると、仮設通路を伝って機械巨人の頭部へと辿り着く。

「お待ちしてました」

 頭部内に入る出入扉ハッチ手前では工場長が待っていた。

「で、どうやって動かすのこれ?」

 工場長が開く出入扉を潜りながら雪火が訊く。

「未知数です」

 工場長は正直に答えた。

「未知数? 分からないってこと?」

「本来ならば試験操縦士テストパイロットを用意して、どこのレバーを引けばどこが動くですとか一つずつ試しながら動かすのが現状の筈です。それを総帥自ら乗ると言い出したものですから――」

「わかった、わかった、操作説明書マニュアルが現時点では何も無いってことなのね。じゃあ私が試験操縦士をやれば良いってことじゃない。操作桿を動かせば腕の一本くらいは動くでしょ」

「それに関連しまして今回の初起動にあたってはスズの複製機は乗せていません。スズ一体だけが機体の動態補助のために同乗します」

「どういうこと?」

「今回の起動は本当に初期の段階です。何が起こるか対策も考案できません。ですから超越技術オーバーテクノロジーを用いた物は極力減らしておきたいのです。そしてこれは操縦士に総帥が名乗りを上げる前から、初回起動時には決めていたことなのです」

損失危険リスク回避ということね。分かったわ、従うわ」

「ご理解ありがとうございます」

 雪火がそうして中に入ると工場長が出入扉を外から閉める。雪火は頭部内の狭い通路を抜けて操作室へと辿り着いた。頭部はこの工場で作られた新規のものなので設計図も存在し、雪火も迷うことはない。

『――雪火さん』

 中央に設けられた席に座ると、頭部内の別の場所にある専用室にいる筈のスズから無線が入った。

「どうしたのスズ、早速なにか問題トラブル?」

『この機械巨人自体が問題です』

「これ自体が問題?」

『この機械巨人――本来は擬神機というのですが、この擬神機は頭部が再生されたことにより能力を取り戻し始めています。このままだと自力で動き出して、自身に課せられた目的を果たすため勝手に稼動を始めると思います』

「なによそれ? 暴走したとき用に強制停止装置とか付けさせてあるけど?」

『自壊装置は?』

「自壊装置? 一応は付けさせてあるけど、使う機会なんて」

『今すぐそれを起動させてください! まだ装置がこの機体に効力を発揮する内に!』

「この機械巨人を自壊させ解体処分とするのが得策だと?」

『はい!』

「スズ、一体この機械巨人をここまで動かせるようになるまでどれだけの人間が携わっていると思っているの?」

『それは⋯⋯』

「それに、それを止めるのもあなたの今の仕事じゃないの?」

『⋯⋯』

(まったく、折角これから動かそうって時にお茶を濁すようなことを言って⋯⋯)

 雪火は気持ちを切り替えようと操作桿を握り、まずは右腕を動かそうとするが

「⋯⋯あれ?」

 操作桿は動くのだが、それが機体に伝わっている気配がない。映像盤越しに機体右側を見てみるが動いていない。

「中央制御室、操作しても機体が反応しないんだけど!」

 集音機マイクに呼び掛けてみるが、そこからも反応はない。

(なに、どうなってる⋯⋯まさか)

「スズ! 機体が動かない!」

『雪火さん! 今すぐ脱出してください! 今ならまだ間に合います、早く!』

 スズのいる専用室の機器も大半が動かなくなっていた。復旧させようにも手立てが全く見付からない。

『雪火さん! 脱出してください! こっちでも制御不能なんです!』

 足下を映す映像盤を見てみると職員や作業員が慌ただしく走り回っている。スズが専用室からわざと動かなくしている可能性もあったが、それならば外部の中央制御室からある程度動かすことは可能でスズを止めることも出来る筈だが、それすらも出来なくなった様子だ。

「なにが起こってるのよ、いったい!」

 このままでは埒が明かないと、一旦操作室から出ようと席から立ち上がりかけた時、胴体周囲を映す外部映像盤から、腰部に設けられた砲塔が動いているのが見えた。

「!?」

 仰角を最大に上げた砲身から閃光が漏れると同時に砲弾が発射され、天井を貫き爆砕させた。

 射撃音と爆発音の二つに満たされた格納庫内に建材が降り注ぎ大混乱となる。

『待避ー! 待避ー!』

『重傷者を運べ! 早く!』

「ちょ、ちょっと、どうなってんのよ!?」

「雪火さん!」

 操作室の後部扉が乱暴に開かれ、専用室にいる筈のスズが入ってきて雪火の手を取った。

「脱出します!」

 スズも映像盤で勝手に砲塔が動くのは見た。その瞬間にここに居続けるのは危険だと察知して専用室を出て、雪火も一緒に脱出させるべく操作室へ来た。そして引っ立てるようにして強引に出口へ向かう。

「痛いってスズ! 千切れる!」

 雪火の悲鳴をお構い無に内部通路を急ぐ。そうして出入扉へと辿り着き扉を開いた。

 その直後、機械巨人――擬神機は天井へ二射目を放った。

「うわぁっ!?」

 その風圧で雪火は吹き飛ばされ、宙を舞った。

「雪火さん!?」

「――」

 空中に投げ出された雪火は意識を失いかけた。そしてもうこれまでかと思ったとき、スズが飛び出して来た。スズは風の呪文を詠唱すると自身を浮遊させて雪火の体を抱き止め、そのまま壁面に設けられた階段の手近な踊り場へと着地した。

 その直後、スズの右腕がバラバラに砕け散った。スズの体のような大重量物を浮かせる魔法を急激に使った反動が出た。

「⋯⋯スズ⋯⋯」

 全身の力が抜けた雪火は、声も力を失っていたが、なんとか口を開いた。

「大丈夫です⋯⋯私は破損しても部品を交換すれば元に戻ります」

 スズは雪火に左の肩を貸しながら立ち上がった。

「でも雪火さんはこんな風に肩から先が無くなったら元に戻りません。もっと自分のことを大切にしてください」

「⋯⋯ごめん⋯⋯」

「まずは雪火さんを安全な場所へ運ばないと」

 スズがそう言ったとき、格納庫内の擬神機が一瞬震えるような挙動を見せると、徐々に浮き上がり始めた。

「重力制御を使って飛ぶつもり?」

 そして自らが開けた天井の破口から外へ抜け出ると、腰部と脹脛に設置された推進機を吹かし、空中へと飛び出していった。

「行ってしまいましたね。これでまた大地のどこかがまっ平らに整地されてしまう」

 スズと雪火は階段を下ると格納庫の床に降り立った。

「⋯⋯もう一人でも大丈夫よ」

 スズが雪火の体を話して一人で立たせると、職員や作業員が集まってきた。

「総帥、これはいったいどういうことなんですか」

 無事だった工場長が代表して訊ねた。

「⋯⋯」

 それは雪火にも分かりかねることだ。適当なことを言って言葉を濁す訳にはいかない。しかし部下達を安心させる言葉は必要だ。雪火がどうしようかと思っていると

「お前達は擬神機を完璧に修理してしまったのだ、この大地を破壊させる為に」

 格納庫内に機械音声が響いた。最初それは拡声器スピーカーから流れてきた合成音声かと思われたが、それと同時に表層を硬質な素材で覆った女性型機械が現れた。スズの複製機の一体かと思われたが微妙に違う。しいて言えば機械神から落下してきて回収した直後のスズに似ている――というよりも全くの同型機。

 その同型機が黒い制服姿の長身女性を背後に従えて歩いてくる。

「⋯⋯自動人形」

 雪火が思わず呟く。

「我が名はキュアノスプリュネル。同胞スズの救援を受け、ここに参った」

 キュアノスプリュネルがそう名乗りを上げると同時に、長身女性も彼女の右斜め後ろに止まる。

「彼女はリュウナ・ムラサメの姉であるリュウガ・ムラサメ。この方舟艦隊での名前の呼び方に従うなら村雨龍雅」

 キュアノスプリュネルが長身女性の正体を明かす。

「⋯⋯村雨、龍那の⋯⋯姉?」

 そう言われてみれば、一時期スズの護衛を頼んだ水上保安庁臨時保安員だった村雨龍那に良く似ている。

「スズは妹に救援の手紙を送ったのですが、妹は今現在所在が分からないので、代わりにわたし育親キュアノスプリュネルが来た次第です」

 龍雅は自分達がここにいるのをそう説明する。

「お前たちは擬神機がどういう物なのか、知っているな」

「火の星から投下される巨大な人型機械。多くは密林に落着し、周囲のものを全て破壊し整地する」

 工場長が一歩進み出て代表して説明した。

「ならば擬神機を擬神機として完璧に修繕してしまえば、己の役目を果たすために動き出すとは、考えなかったのか?」

「この地では擬神機が落下してきたという記録は無かったのです。方舟艦一番艦建造当初を記した文献から現在に至るまで擬神機落着は報告されていない筈です」

 この方舟艦隊に擬神機がやってこないのは、擬神機がその主な破壊目的を森林部とするからだ。幅五キロにも及ぶ鉄岸という装甲に覆われたこの地に矛先を向けるより、他の密林地帯を襲う方が余程効率が良いと判断されているに違いない。

「しかしその反面、大型人型機械としては機械使徒の取引記録はありました。第弐海堡を経由して黒龍師団から機械使徒を誰かが極秘に購入しているという、歴史の表には出てこない記録が」

「そうだな、私と同じ意思を持ちし自動人形の一体が古くから第弐海堡を取引場所として使用している」

「そのような経緯もあり海底より発見された機械巨人も、機械使徒か機械神の一種か、その様なものとして取り扱われてきたのです。最初から擬神機であると分かっていれば今までやってきたこととは違う対処法がありましたよ」

 工場長はそこまで言って恨みがましい目を雪火に向けた。

「⋯⋯」

 雪火も自分が全て悪いわけでは無いが、組織の長として責任はある。擬神機の天井破壊により少なからず負傷者も出ている。

「⋯⋯」

「総帥! 緊急事態です!」

 意気消沈する雪火の下に、職員の一人が息急ききってやってきた。

「⋯⋯この状況以上に何か緊急なことがあるっていうのよ?」

「神無川艦南西部沖に機械神が現れました」

「!?」

「やはりそう言う展開となったか」

 この事態を先読みしていたかのようなキュアノスプリュネルの冷静な機械音声が響く。

「どうする財団の長よ。私達は一応後詰めにやって来たのだが、我等で協力できる範疇で力を貸すことは出来るが。貴様は何がしたい?」

「とにもかくにも機械巨人――擬神機を追うわ。でもそれには我が社のパワードリフト機があるから心配には及ばないわ」

「そうか、ならば我等もそれに同乗させてもらおう。それと擬神機を追う前に一ヶ所寄ってもらいたい場所がある。よろしいか?」


 ――◇ ◇ ◇――


 第弐海堡から飛び立った擬神機は神無川艦上空を飛行している。そして南西にある山間部へと降り立った。

 擬神機はどうやらこの森林地帯を破砕の場所と定めたらしい。

 腰部主砲を地面へと向けると、躊躇なく発砲する。地面が大きく抉れ木々が吹き飛ぶ。ある程度砲撃を続けると擬神機は発砲を停止した。そして粉々にした木々を踏み潰すように歩き出す。その際に粉砕された木々が擬神機の巨重量で押し潰される際の摩擦で火が入り燃え出した。

 火災を発生させた森林地帯を蹂躙するように擬神機が歩く。これが大規模な山火事に発展するまで擬神機は破壊活動を続ける。それが擬神機の役目だからだ。


 ――◇ ◇ ◇――


『神無川艦南西部森林地帯に火災発生との報が入りました!』

 飛行中のパワードリフト機の操縦席から拡声器スピーカー越しに客室に報告が入った。

「早速やってくれたわね」

 その報告を聞いて雪火が毒づく。客室キャビンには他には二体の自動人形と長身女性の姿。

「軍か保安庁に頼んで大型爆弾でも落としてもらうか?」

 キュアノスプリュネルが言う。

「神無川艦を沈める程の爆薬量を使わなきゃ、爆弾での破壊は無理だと思うわ」

 雪火が嫌な顔になりながら言う。ずっと機体は疾風弾重工にあったのだ。性能諸元に関してはある程度分かる。

「外の世界では黒龍師団あなたたちがやって来て、やっつけてくれるんでしょう?」

「一応、機械神の管理組織を自称する者だからな。それぐらいはやって世界に媚を売っている」

「じゃあ今回も黒龍師団がやっつけてくれればいいじゃない?」

黒龍師団われわれもあの『雲』を作ってからというもの忙しくなってしまってな」

 何かを含むようにその要請を断る。

「それにこの方舟艦隊には守り神がいるではないか」

「守り神?」

「台風や地震等の災害と同等に扱われる程に強き力を持ちしものが」


 ――◇ ◇ ◇――


 疾風高校の教室の一つ。

「なんか大変なことになってるね」

 第弐海堡から不明の飛翔体が打ち出され神無川艦南西の森林地帯に落下したと校内放送が流れ、その直後に今度は沖合に機械神が出現したとの警報が発令されたのである。

「第弐海堡から打ち出された飛翔体の正体が分からなければ動くに動けんな」

 教室の窓から空を見上げながら陽子と鬼越の二人が話し合っていた。

「――向こうの空に何か⋯⋯ん? こっちに来る?」

 空の向こうに黒いシミのようなものが見えたと思ったらどんどん大きくなりプロペラを二基備える双発機の姿になった。

 それは疾風高校校舎上空に来るとプロペラを可動させて上面に向けて校庭へと着陸してきた。

 なんだなんだと教室内が騒ぎになっていると、今度は教室の扉が開かれ教師が一人入ってきた。校長だった。

「犬飼陽子くん! 鬼越魅幸くん! 山本堵炉椎くん! 居るかい!」

「はい?」

 三者三様の驚きの顔を見せて名前を呼ばれた三人は校長を見た。

「外で疾風弾雪火さんがお待ちだ。早く行ってきなさい」


 三人は校庭に出た。

 機械神が現れたら全ての公共交通機関は停止して一般市民は外出禁止となるのに、その禁を堂々と侵しているとなると相当なことなのだろう。

 三人が疾風弾重工所有のパワードリフト機に近付くと、向こうも機体脇に三人の人物が待っていた。

「リュウガ!? そっちに居るのは多分キュアだよね!? なんでこんなところにいるのさ!?」

 陽子が驚いた様に言う。

 目立つ長身の女性が村雨龍雅リュウガ・ムラサメであるのは直ぐに分かった。

「再会の挨拶はいいから早く乗って」

 一旦は機外から出てきた雪火だが、早く再出発したさそうに搭乗口に片足をかけている。

「あの雪火さん、私も一緒に行って良いんですか?」

 プロペラの風で三つ編みが暴れている委員長が訊く。

「今ままでスズの面倒を見てくれたあなたが一緒にいなければ始まらないでしょ!」

「雪火さん⋯⋯、――!?」

 その時、プロペラが起こす風が塊のように襲って、委員長の体が飛ばされかけ、誰かにぶつかってしまった。

「大丈夫ですか?」

 飛んできた委員長の体を抱き止めた背後の誰かは、姿勢を大きく崩した委員長に心配の声をかけた。

「す、すみません――リュウガ、さん⋯⋯」

 その人物が、以前に機械神と間違える程に強圧を感じた人物であることに驚くが、今はあの地下迷宮で感じた程の恐怖を感じていないのに再度驚いた。

「あの⋯⋯リュウガさん、ですよね?」

「はいリュウガですよ、お久しぶりですね。少し前に妹のリュウナがお世話になったみたいで、その節はありがとうございました」

 この柔らかな笑顔を向けてくる人物が、以前は機械神と同一と思った程の存在と同じだとは、とても思えなかった。

「あの、すみません、本当にリュウガさんですよね」

「そうですよ? どうかしました?」

「⋯⋯以前地下迷宮でリュウガさんから感じた凄い力を、今は感じないんですけどなぜでしょう?」

 なので素直に相手に聞いてみた。

「それは今はあなたの隣にあの案山子ゼファーさんがいないからじゃないんですか」

「ゼファーがいない、から?」

「以前のあなたは魔法少女という魔法の装甲に覆われていました。それはゼファー卿という高位の魔法使いと常に魔力的な繋がりがあった、ということです。ですから初心者のような状態でもゼファー卿の助力により高位魔法も扱うことも可能な訳ですが、その代償としてゼファー卿が危険を感じる存在にはあなたも同じように危険を感じた、そういうことです」

 だから今は彼女に畏怖を感じないのか。説明されてようやく理解できた。

「以前は感じられたものが感じられなくなったのは良いことだけじゃありません。罠などにも経験が浅くとも敏感に反応できていたのも今は薄れているということです」

 だから気持ちが楽になったと感じるのは危ないことでもあると、龍雅は最後に付け加えた。

「急いで!」

 陽子と鬼越は既に機内に入ったのだが、残り三人がまだ乗ろうとしていないのを、雪火は叱り付けた。

「すまんが我ら二人は此処までだ」

 急かす雪火に全く動じないようにキュアノスプリュネルが言う。

「どういうことよ?」

「これ以上の協力は我が組織としては憚れる。そういうことだ」

「ここまで送っておいて随分勝手な言いぐさね」

「自動人形とは、そういうものだ」

 キュアノスプリュネルはそう言いながら、封書を一つ出した。

「ただ、このまま居なくなるのも悪いと思ってな、これからの成すべき事をある程度まとめてしたためておいた」

 雪火はそれを受け取った。

「まあ読んでも、案内状ガイドブックのようなものと思って、軽く考えておいてくれ」

「⋯⋯とりあえずいただいておくわ。山本さんは急いで乗って!」

「はい!」と大きく返事をする委員長の後に雪火が続いて扉が閉められた。二人を校庭に残したまま、パワードリフト機が飛び立っていく。

「どうしましょうキュア、これから?」

「とりあえず、現場まで行ってみるか徒歩で」

 龍雅が今後の行動を促すとキュアノスプリュネルはそのように答えた。

「十三号機は?」

「クラウディアに通信を送って駐屯地から現場近くの海域まで移動させよう」

「はい。それにしても、付かず離れず協力するって難しいですね」

「全くだな」

 二人は校庭を歩いて校門を抜けると、緊急警報を受けて人影の無くなった街並みへと消えた。

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