第二章
「二人ともおはよう」
寮の玄関からスズと委員長が出ようとすると後ろから声をかけられた。
二人が振り向くと、銀色の
「なんか久しぶりだねえこうやって一緒に学校行くのも」
寮からの通学路を歩きながら陽子が言う。
「私としてはこんな機会がもう一度訪れるとは思わなかったわ」
委員長が感慨深げに言う。
もう自分には追い付けないと思っていた二人が、こうして手の届く処まで戻ってきたのだ。委員長としては不思議な気分だろう。
「機械使徒操士の制服に袖を通した時、アタシもこんな以前の日常に帰ってこれるとは夢にも思わなかったな」
鬼越が言う。元々が「鬼」という戦いの種族であり、通学という習慣も見聞という形で里の外に出なければ体験することもなかっただろう。
「私も機械神から堕ちるなんてことがなければ、みなさんと一緒に歩くこともありませんでした」
片足が義足だと言うのに三人に遅れることもなく軽快に歩くスズ。彼女も不思議な縁でここにいる。
この中で普通の人間なのは委員長だけ。しかもその普通に見える彼女も魔女の血を引いていたりする。
狼人、赤鬼、魔女の血統、そして自動人形。よくぞここまでバラバラな種族の者が集まったものである。
そうして四人連れで歩いていると、あと少しで学校に着くという処で警報が鳴った。
「!?」
四人が電柱に付けられた
『緊急警報、緊急警報、機械神が現れました、機械神が現れました。出現場所は神無川艦西側の鉄岸付近。一般市民の皆さんは建物内に入り、緊急警報解除まで待避して下さい。鉄岸には絶対に近付かないで下さい。繰り返します。機械神が現れました、機械神が現れ――』
町中の拡声器という拡声器が女性の声で、その警報を流し始めた。
「神無川艦西側の鉄岸か――ここから近い方の鉄岸だな」
鬼越が冷静に分析する。方舟艦は菱形の形状をしていおり、東側は方舟艦隊が密集して内湾を形成している方になる。機械神はその反対側に現れた。
「どうする?」
「もちろん行くに決まってるっしょ! ボクらは一般市民じゃないし!」
陽子はそう言いながら通学鞄を抱え直すようにするが
「二人の荷物、私が教室まで運んどいてあげるわ」
委員長が「貸して」といいながら手を差し出す。
「良いの?」
「良いもなにも、今の私じゃ二人に着いていっても足手まといになるだけだし。で、スズはどうするの?」
三人分の荷物を担ぎながら委員長が訊く。
「⋯⋯私も着いていって良いですか」
スズはそのように名乗り出た。
「あえて訊くけど、良いのスズちゃん? 手伝ってくれる?」
「はい。私にできることがあれば」
「よし、じゃあ目標が消えちゃう前に急ごう!」
「ふう、これで四人分の荷物か。なかなか重労働だわね」
「すみません私の分まで」
「良いって良いって。その代わり出来ることはしっかり手伝ってきなさいよ」
「はい」
「スズちゃんはどうやって鉄岸まで移動する? ボクたちは走っていくけど」
「私も走ります。初動は遅いですが、加速が付けば乗用車並の速度は出せます」
「それは頼もしいね」
陽子はそう言いながら鉄岸の方角へと体を向ける。
「一応道なりには行けそうだね。それじゃ委員長、後のこと頼んだよ!」
陽子はそう言い残して飛び出した。走幅跳びのように一歩一歩を跳び跳ねるように進む。そしてそのあとに同じような走法で鬼越が続いた。
「では委員長さん、私も行ってまいります」
スズも走り始める。その自重のために最初は遅いが、徐々に速度が上がると本当に車並の速度となった。問題なのは義足でそれだけの速度を出しているために接地する度に地面に穴を開けていることだろうか。
「スズも含めて三人とも凄いわね、相変わらず」
四人分の荷物を抱え直して、あっという間に遠くなった三人を見ながら委員長が言う。
「私があの三人に追い付けるのは一体いつ頃なのかしら」
委員長はそう言うと学校へと急いだ。委員長にもその名の通り、クラス委員長の仕事が待っている。
街中を一気に駆けた陽子と鬼越は、水陸両用戦車が上陸に使う斜路を見つけると、そこを一気に駆け登り鉄岸の最上部へと出た。
「――いた! 目の前!」
方舟艦の周囲を覆う鉄岸は、幅五キロに及ぶ。その真っ向五キロ先を棒状のようなものを担いだ人型の上半身がゆっくりと北に向かって進んでいるのが見えた。
「どうする?」
視力の良い鬼越も同じように遠くに巨影を見ながら訊いた。
「どうするって言っても、とりあえず並走して様子を伺うしかないか」
「随分と雑な作戦だな」
「こんなにも早く再接触するとは思わなかったからさ。それぐらいしか思い付かないよ。とりあえずスズちゃんが到着するのを待って――」
「どうしますか?」
これからの行動の言い合いをしている陽子と鬼越は、後ろから声をかけられた。
「うわぁっびっくりしたーって、スズちゃんか。凄いねもう追い付いたんだ」
「全力で走ってきましたので。その代わり道路が穴だらけになってしまいましたが」
「まあ、それぐらいは仕方ない」
陽子がそう言いながら遠くを進む機械神を再度見る。
「とりあえず沿岸部まで行こうと思う」
「近づけるまで近づくか。そこから先はどうする」
鬼越が言う。
「考えてない」
「――中々お前らしいな。まあいい。本日は接近しての観測を主軸としよう。急いては事を仕損じるからな」
「じゃあ、行こう!」
陽子が飛び出し、鬼越とスズがそれに続く。
鉄岸には傾斜が着いており、そこを下って全力疾走は普通の人間には過酷だが、普通の人間ではない三人はものともしないで突き進む。
鉄岸の幅は五キロあり、目標は進行中であるので更に移動距離は伸びる。しかしそれだけの苦難があっても走り抜けた三人は沿岸に辿り着いた。
「はぁ、はぁ⋯⋯あれが機械神八号機」
さすがに息の切れた陽子が、波を被らないギリギリのところまで接近して膝に手を着きながら、目標を見上げていう。
「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯本拠地で乗った、あの巨体と、やはり、似ているな⋯⋯」
鬼越も息が続かず言葉を発するにも途切れ途切れになっている。機械神操士選定を彼女も受けているので、それに使用される機械神一号機も見ているし、操士席にも座った経験がある。
「⋯⋯」
息が切れることはないが走破による機体過熱を内部
「うーん、せっかくここまで来たんだから、一瞬でも取り付いて表面の様子とか見てみたいな」
陽子が目前のゆっくりと進む機械神を見上げながら言う。
「ここまで走ってきて疲れてなければ、腕とかに飛び付いて登るんだけどな」
「あの⋯⋯私が運びましょうか」
陽子がどうしようかと思っていると、スズがそんな風に名乗り出た。
「スズちゃんが⋯⋯って、そうか自動人形だから空が飛べるのか!? ってその
「はい、この体は仮設のものなので空は飛べません」
「? じゃあどうやって?」
「魔法で」
「魔法!?」
スズはなぜ自分が魔法が使えるのか説明した。
「そうなんだ⋯⋯しかし、生き物よりも機械仕掛けの
「魔法の詠唱は正確さが必要ですから、機械の方が長けているんです」
それと同時に体力も必要なのは今は伏せた。
「ただ、私の今の実力では運べるのはお一人だけ。だから鬼越さんはここで」
「それは構わんが、どうする、霧が出てきたぞ」
鬼越が指摘するように、海面に白い靄のようなものが漂い始めた。
「せっかくここまで来たんだから消える前に一瞬でも良いから取り付いてみたい。スズちゃんお願い!」
「はい」
スズは陽子の背後から腹の辺りに手を回すと彼女の胴体を抱く姿勢になる。そして記憶素子から、自分も含めた重量物を浮遊飛行させるだけの力を持つ風の魔法を検索すると、詠唱を開始した。
「⋯⋯」
陽子の背中にもスズの口部が呪文を詠唱しているのが振動で伝わって来た。
そして呪文の詠唱を終えると、二人の体が唐突に浮遊した。
「浮いた! 凄い!」
「行きます」
陽子の感想など耳に入っていないのか、そのまま速度を上げ、霧に包まれつつある機械神八号機へと向かった。
「しかし、鋼鉄製の少女が魔法を扱うか」
天空を進む二人を見ながら鬼越が言う。
「鉄と魔法⋯⋯それは神々にのみ許された禁忌の組み合わせだったような気もするが⋯⋯大丈夫なのだろうか」
「陽子さん、どの辺りに取り付きますか?」
「出来れば、胸の上に降りてみたい! 頭部周りに操作室への
「分かりました――」
スズはその時、大腿部の辺りが軽く捩れる感覚を浮けた。
(内部崩壊が始まっている)
自動人形という大重量物と狼人一人を一気に飛行させるだけの大魔法を使っているのだ。体に負荷がかかっているのは当然だ。頭部で演算に消費される電流の使用量もかなり多くなっているのも分かる。
このまま魔法を使い続ければ体が崩壊してしまうだろう。その前に全てを終わらせなければ。
スズは徐々に濃くなる霧の中を目的地を目指して飛ぶ。
「着いた、胸の上だ!」
機械神の胸部には棘のような構造物が両脇にあるが、その先端を抜けて侵入すると、二人は八号機の胸の上に降り立った。
「⋯⋯これが機械神八号機」
胸部先端に立った陽子が八号機の頭部を見上げながら言う。
「しかし、ここにたどり着くまでに中に常駐している自動人形からの攻撃とか無かったね、対空射撃とかも無かったし」
「
二人はそう言いながら胸部表面を登り頭部側面へと辿り着いた。
「あった、多分これだよ」
陽子は外部
「しかし人の気配――というか自動人形が居そうな気配とか全くないね」
辺りを見回して陽子が言う。
操士選定の時に乗った一号機は、装甲板の隙間等から自動人形が顔を出して外部補修などをやっていたのだが、この八号機ではそのような後継は見られない。
「まさか、本当に誰も居ない、とか?」
「それだと破損が蓄積されて機械神本体が停止する筈です。ただ歩くだけでも何処かしら壊れていくのが機械神というものですから」
「そうだよねぇ」
陽子も補は付くが正式に機械神操士となったので、それは知っている。
「実は今まさに停止する直前とか」
「そんなこと、あり得るんでしょうか」
「中に入ってみたら分かるかな」
今回は機械神頭部に操作室へ通じる扉があるかどうかを確かめるだけにしようと思っていたのだが、これだけ静かな雰囲気、もう少し先に進めそうな気がしてきた。
そうして陽子がとりあえず扉が開くかどうか確認しようと取手に手をかけたとき
「!?」
破裂音がしてスズがその場に蹲る。
「スズちゃん!?」
スズの体を見ると、右の大腿部が粉々に砕けており、膝から下がもげて転がっていた。
「どうやら私の体の方が限界の様です。やはりこの代替品の体では自分と陽子さんの体を飛行させるのには無理が生じていたようです」
スズは残った左足だけで立ち上がろうとするが左の方は義足。だから立つことは出来ず転倒する。
「陽子さん、もう一度私に体を預けてください。私の体が崩れる前にここから脱出しなければ」
「スズ⋯⋯なんで言わなかったの?」
相手の姿勢に合わせるように寝そべりながら陽子がいう。
「⋯⋯だって言ったら、お手伝いさせてくれませんよね」
「そりゃ、そうだよ!」
陽子が怒ったように言う。
スズは横倒しのまま陽子の胴体を抱えると再び二人を浮遊させられる風の魔法を使った。二人の体が浮き、機械神八号機の胸部から離れ始める。それと同時に八号機自体が水没し始めた。
「やっぱり潜水艦みたいに海に潜って姿をくらますのか⋯⋯単純だけど大きなものを隠すのはそれが一番簡単で確実だよね」
スズに抱えられた陽子が霧を纏いつつ水面下に消えていこうとする八号機を見ているとき、スズは鬼越の姿を探していた。赤鬼の彼女はすぐ近くにいた。八号機が移動するのに合わせて彼女も鉄岸を移動していた。
スズはなんとか鬼越のいる場所までたどり着こうと、水没する八号機の巨体をかわしながら飛行を続けたが、水面上に降下した時に両腕にヒビが入りそのまま砕けた。
「!?」
支えを失った陽子の体は海に落ち、腕を失ったと同時に魔力も消失したスズ自身も落水する。
「――!」
機能を回復して再起動したスズが最初に見たのは
「ようやく目を覚ましてくれたわね」
「雪火さん⋯⋯ここは」
「
「⋯⋯あれからどうなって」
「もう、今回ばっかりは無茶しすぎよ」
雪火がここに至るまでの経緯を説明する。
水面に落下した陽子とスズを見た鬼越は、まず陽子の救出を行うべく海へと飛び込んだ。程なくして陽子を助けて浮上した鬼越は、今度はスズを引き上げるべく助けたばかりの陽子を伴って再び潜った。最初に陽子を助けたのは、二人がかりでなければスズの重量を持ち上げられないと判断してのことだ。
そしてスズのことも助け鬼越と陽子がずぶ濡れで息を吐いていると、沿岸部を一台の水陸両用戦車がやってきた。機械神消失確認の為の後詰めの水保の戦車隊だ。乗っていたのは二人を第弐海堡から方舟艦へ送ってくれた乗員たちだったので、直ぐに事情を理解してくれて回収された。
それからは、スズの状態を鑑みて疾風弾重工に収容した方が良いとなり、現在に至る。
「スズが目を覚ましたって!」
作業室の扉がいきなり開かれると、目を輝かせた陽子が入ってきた。続いて鬼越も入って来る。二人はずぶ濡れの制服を着替え、貸し出された作業服姿となっていた。
「陽子さん」
スズが作業台の上で上半身を持ち上げる。
「良かったスズ」
「陽子さんもお怪我が無いようで何よりです」
「それはそうとお前たちはいつの間にそんなに仲が良くなったのだ」
鬼越が言う。
「陽子はスズを呼び捨てで呼んでいるではないか、
「そういえば」
今気づいたかのように陽子が口に手を当てる。
「ちょっと良いかしら」
そんな団欒とした空気を散らすように雪火が難しい顔で話しに入ってきた。
「犬飼陽子さんに鬼越魅幸さん。二人は黒龍師団所属の師団員」
雪火が詠うように言う。
「黒龍師団は機械神の管理組織を表明しているわ。だからその所属物である自動人形も自分達の管理対象に入っているのだろうけども、それは機械神の管理も自動人形の管理も自称しているだけ、結局の処は」
雪火が続ける。
「自動人形であるスズは今現在、疾風弾財団に所属しているのよ。それが自称機械神の管理組織が勝手に連れ出して全損に近い損傷を受けて帰ってきた。これは本来だったら抗議対象になる件よ、国家間の問題として」
「あの雪火さん、今回の件は私が勝手にお手伝いすると言ったので――」
「スズは今は黙ってて」
養女の意見を雪火は止めた。
「誰がなんと言おうともスズは私のものよ」
雪火が続ける。
「あなたたち二人はスズの友人になってくれた。それはありがたい話だわ。でもね、もうこれ以上
――◇ ◇ ◇――
スズは疾風弾財団総帥の意向により、当面の間、疾風弾重工内で生活することとなった。表向きにはスズの複製機の最終調整に協力することになっているが、真実はスズがまた勝手に機械神捕獲に着いていってしまうのを阻止しているのだ。
「⋯⋯」
第弐海堡に隣接する疾風弾重工所有の巨大施設内。表向きは工場となっているが、中には首から上のない鋼鉄製の巨人が一体保存されていて、現在は仮設の頭部が組み上げられている途中である。
「遂に、この機械巨人を動かす時がやって来たわ」
巨人を見上げて雪火が腕組みしながら言う。隣にはスズが立っていた。
「全てはあなたのお陰よ。機械神から落下してきたあなたを回収できた幸運に感謝するわ」
スズを解析して得た膨大な情報片は、疾風弾重工の技術力を大幅に押し上げた。だがそれも、ただ技術があっただけでは意味がない。スズが内包する
「雪火さん、ここまで技術を高めて何をするつもりなんですか」
「何をする? 更に高い技術を求めるに決まってるじゃない」
生まれながらにして財団という多重重工業の総帥として生きることを義務付けられてきた彼女は、生粋の技術屋。そんな彼女に率いられたこの組織は世界の終わりが来るまで技術力を高め続けるのだろう。
「⋯⋯」
その生き方を意思を持ちし自動人形は、何かおぞましく思うのだった。
「⋯⋯」
――◇ ◇ ◇――
放課後の教室。
誰も居なくなった室内に、一人委員長が佇んでいた。
「⋯⋯」
突然消えた彼女の机を撫でている。
「そういえば、転校初日にいきなり椅子を壊したんだっけ」
その代わりを委員長である自分が職員室まで取りに行ったのは忘れられない記憶の一つ。
「⋯⋯委員長、ここにいたんだ」
教室の扉の所に陽子が立っていた。寮に帰った陽子はそこで委員長のことを探したのだが部屋にも寮の何処にもおらず、色んな場所を探し回って、もしやと思って教室に戻ってみると目的の人物をようやく見付けた。
「ごめん、委員長、ボクたちのせいで」
委員長は首を横に振った。
「あの
「⋯⋯委員長」
「このままあの娘の面倒を見るのが私の日常だと思ってたけど、それはとっても壊れやすい非日常が続いていただけだったって、あの娘が居なくなってから気付くなんてね」
「⋯⋯」
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