第77話 魔王軍の攻勢が思った以上に強かった
ユーグリッドの残党である魔物たちが、俺に向かって捨て身の攻撃を繰り出してきていた。
文字通り捨て身である。
ある者は俺を羽交い絞めしたまま、味方に自分ごと貫かせたり、ある者は爆破の魔法を自らに使い、酸混じりの体液を俺に振りかけた。
そんな凄惨な攻撃を全力でいなし、かわし、反撃して撃退して何とか半数ほどまで減らしたが、敵の戦意は落ちるどころか上がっていく一方であった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ち、っくしょ。お前ら、私の話を聞けというのにっ!」
酸でボロボロにされた外套を脱ぎ捨てると、刃こぼれして途中で折れた剣も一緒に投げ捨てる。
息もつかせぬ魔物たちの攻勢は、俺の体力と魔力を容赦なく奪っていた。
「エ、エル様を連れ去った勇者の言葉など……聞けるか……グフ」
ミノタウロスはそう言って膝を突くと、地面に倒れ込んでいった。
「グレーフ様の仇は取らせてもらう! 覚悟!」
仇討ちに燃えた別の魔物が手にした槍を俺に向かって突き出す。
槍先をかわすと、突き出された槍を取り上げ、突き返してやった。
息が乱れ、体力と魔力の底が自分でも自覚できるほどになってきている。
このままだと、じり貧で体力も魔力も枯渇する……。
何か打開策は……。
じりじりとにじり寄ってくる魔物たちを前に、別の手を考えなければと焦る。
周囲を見ても魔物の死体しかなく、味方はかなり後方で王国軍兵士が戦っているのが見えるくらいだった。
ちっくしょう……完全に力を浪費しちまったぜ……。
最強勇者とか言ったのは誰だって話だよな……クッソ、でも負けるわけには……。
やっぱこれしかねぇか……ミュースとかキララとかエルとかに帰ってくるとか言っちまったけど、この状況は想定外だった……。
俺に残された手は、ここにいる魔物たちを巻き込んで生命力を魔力攻撃に強制変換する
キララ、ミュース、エル……パパは約束を守れなそうだ……すまん。
俺は残った魔力と生命力を拳に向かって注ぎ込み、
死ぬのは怖いし、みんなを残して先に逝くのは耐えがたいが、ここで魔王軍を討たねば王都やみんなが蹂躙されるのは目に見えてる。
そんなことを考えるうちに、俺の手に
「すまん、みんな……パパはどうやら最強じゃなかったかもしれん」
最後の切り札を発動しようとした瞬間――
俺の周囲に巨大な火柱が二つ噴き上がっていた。
「パパァーー!! 今助けるから! 待ってて!」
「パッパ!! エルもおてつだいしゅるぅーー! スラちゃん、ミーちゃん行くよー!」
「みゃあおぉおおんっ!」
「わしの娘婿を殺させるな! アレフティナ王国近衛騎士団の力を見せる時だ! 進めっ!」
「パパ! わたくしも待ってる女ではありませんわっ! 妻として、夫の戦を手助けいたします」
丘の向こうから現れたのは、避難民を誘導してくれていたはずの近衞騎士団と、うちの家族たちだった。
「ちょ! ママ! なんで来たのさ! キララもエルも連れてきて! 危ないだろうが」
「わたくしは王都防衛の総責任者であるキララの許可をもらって来ておりますのでご安心を! 避難民は王都の人たちがお手伝いして安全圏に離脱しております! 近衛第二部隊、第三部隊、吶喊! 近衛第一部隊、パパを護衛!」
「「「「おぅ」」」」
神官服を着たミュースが騎乗したまま、近衛騎士団に指示を出していく。
その姿はまさに神官長時代に見た部下に対し、冷静に命令を下すミュースそのままだった。
「わしも行くぞ! 近衛兵ついてこい! うらぁあああー!」
アドリー王も剣を手に騎馬を走らせて魔物集団へ躍り込んでいった。
「パパを守るの。エルちゃん、手伝ってー」
「うん!! キララねーたん! パッパを助ける。スラちゃんいそげー」
近衛騎士団が魔物軍団に飛び込んでいった隙を縫って、エルとキララが俺の方に近寄ってきていた。
その間もミーちゃんが新しく生えた尻尾を振って、色んな属性の魔法攻撃を仕掛けまくっているのが見える。
あまりの状況の変化の速さに俺の思考が追いついていかないでいた。
「パパ、大丈夫? 言い付け破っちゃったけど、今回は『ごめんなさい』は言わないよ。はいコレ、ママの特製万能回復ポーションだってー!」
キララが自分の魔力を俺に分け与えてくれながら、ぷぅと頬を膨らませていた。
俺が命を懸けて魔物たちを退治しようとしていたのを見抜かれてしまったらしい。
「す、すまん」
差し出されたママ特製の万能ポーションの封を切り、中身をがぶ飲みする。
「うげぇええ、マズい……」
味は最悪だったが、身体の疲労が抜け、魔力の自然回復が早くなった気がした。
「パッパ、メー! なの!」
エルも俺の頬に両手を添えて頬を膨らませていた。
「す、すまん」
娘二人に叱られて、ちょっとだけシュンとしてしまう。
「パパ、お城に帰ったらママからも怒られるからね。覚悟しておいた方がいいよ。ママが一番怒ってたから」
後方で近衛騎士を指揮するミュースにチラリと目をやる。
完全に神官長時代に戻っているようで、
「あ、はい。ごめん……ちゃんとママには謝ります」
「パッパが怒られないように、エルがマッマにお願いしてあげるからね」
「キララも一緒に謝るよ」
ミュースには後でしっかりと謝って許してもらうことにして、今はユーグリッドの残党たちをどうにかする方が先決だな。
エルが生きていることをあいつらに伝えれば、こちら側に取り込めるかもしれない。
ライラスがまだ姿を現していない以上、無駄な争いはなるべく避けるべきだ。
「ああ、二人ともありがとう。それよりも今はエルの力が借りたいんだ」
「エルの? いいけど、どうするの?」
力が借りたいと言った俺の方を見て、エルは小首を傾げていた。
どうやら自分が魔王の子である記憶を持っていないようである。
だが、目の前の魔物たちはエルを求めて戦いを続けているのであった。
「目の前の魔物たちを片っ端から支配してくれ。漏れなく全員だ。エルが呼びかければ、この魔物たちも暴れなくなるはずなんだ」
「そうなの?」
「ああ、支配を受け入れた魔物は逃げるように伝えてくれ。そうだな集合場所はあそこの巨木の根本にしてくれ。あそこに逃げた魔物は追わないようにと伝えておく」
エルに見えるように肩車をすると、支配した魔物たちの避難場所を教えた。
すでに混戦である以上、戦場を離脱させない限り、近衛騎士団も武器を収めることはできないだろうと思い逃げ出させることにした。
「あーい! すぐにやるよー」
「キララ、無防備になるエルを守ってやってくれ。剣はあるな。パパは近衛騎士団と逃げ出さない魔物を討伐する」
「うん、分かった! エルちゃんには誰も近づけさせないよ」
魔物を支配中のエルは無防備になるので、キララに護衛を任せることにした。
周囲には俺の護衛として現れた近衛騎士もいるので、彼らにも目線でキララとエルを守るように伝える。
体力と魔力を多少取り戻した俺は、前線で戦うアドリー王の元へ駆け出した。
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