第76話 魔王軍の様子がなにやらおかしいようだ
数百の蝙蝠になって飛び散ったノーライフキングは、再び人影に戻った。
ただし、数百の人影である。
分身するんか……こりゃあ、手強いかもしれない……
蝙蝠から人影に戻ったノーライフキングを示す赤い輝点は、すべてSランクの脅威度として表示されている。
そして、それぞれのノーライフキングが、周囲の死体をゾンビ化させてた。
「マジか……。全部本体と同じ力を持つのかよ……。こっちにこんな強い魔物がいるとは」
ノーライフキングが見せた力を見て、俺はさきほどまで考えていた魔力温存の選択肢を捨てることにした。
魔力を消費したとしても一気に殲滅しないと、数で圧倒され逃げている避難民や俺の後ろで戦っている兵士たちが苦戦しちまう。
「「「「フフフ、我らの力を思い知るがいい」」」」
先ほどよりももっと数を増したゾンビ軍団が襲いかかってきていた。
「ちぃ、数が多い!」
群がりくるゾンビたちに向け、剣先で空気の刃を作って放つ。
放たれた空気の刃は、何十体ものゾンビの身体を切り裂いていった。
だが、倒れた数に対し、近づくゾンビの数は増すばかりであった。
「くっそ、減らねぇ」
「魔王を討ったという勇者もこの程度か?」
挑発するように一体のノーライフキングが、俺の前に無防備に現れた。
余裕ぶって俺を挑発しようと思っているんだろうが……。
選択肢を変えた俺には好都合だ。
その人影に純魔力の剣を突き刺す。
「ぐふふ、一体を倒したとしても私はまだたくさん――」
「いるな。だが、私は広域魔法も使えるのだよ」
ノーライフキングに突き刺した純魔力の剣に更に魔力を込めていく。
剣先は扇状に広がり、周囲のゾンビたちも切り裂いていた。
「ば、馬鹿な。こんな魔力量を放出して生きていられるわけが!?」
「まだ、余裕だぞ!」
更に扇状に広がった剣先は数百を超え、分身したノーライフキングたちの胸を突き刺している。
「ば、馬鹿か! こんな魔力量を大量消費してまで我らがゾンビ軍団と分身を純魔力の剣で貫くとは!?」
「ふぬんっ! お前らにこの先へは一歩も進ません!」
更に魔力を放出して、こちらに進もうとするゾンビやノーライフキングを切り裂いていった。
「うぬううううううぅっ! 私が滅ぼされるとはぁあああ! ユーグリッド様、すみませぬっ! 御子であるエル様も守れず、傷ついた仲間すらも救えなかった私をお許しあれっ!」
黒い霧となって、身体が一気に消え去っていくノーライフキングの懺悔の中にエルの名が聞こえた。
エルはやはり魔王の子……。
ユーグリッドはこの地の魔王の名で、エルがその子供であると聞こえた。
「おいっ! お前! エルはユーグリッドの娘なのか!?」
影が薄くなり始めたノーライフキングは、俺の問いに応えずにニッコリと笑みを浮かべて、影が消え去った。
ちぃ、この魔王軍率いてるのが、ライラスだと聞いているが、そうなると今の奴はユーグリッドの配下だったのか……。
魔王軍の状況が掴めずに混乱が広がる。
ライラスに関してはフォボスの腹心中の腹心で強力な魔族らしいが、一度も剣を交えることなく名を聞いたことがあるだけだった。。
俺が勇者として戦っていたゼペルギアではなく、フォボスの指示でこっちに来ていたのかもしれない。
いったい、この魔王軍は誰の軍勢なんだ……。
俺は新たに土煙を上げてこちらに近づいてくる魔物たちを見て、首を捻るばかりであった。
「リッチモンド様の仇っ! 我らが捨て身で勇者を倒す功を成し遂げ、ユーグリッドエル様の助命を願うのだ!」
先頭を走ってきたミノタウロスが、背後に付き従う数千の魔物へ激を飛ばしていた。
もしかして、こいつらはユーグリッドの配下か!?
率いてるのがライラスだということは、ユーグリッドはすでに魔王の座にいないという可能性も……。
だとしたら、エルの存在を俺が保護していると伝えれば、こいつらは戦いを放棄してくれるだろうか。
俺の中に目の前の魔王軍との停戦ができるのではと、淡い期待が生まれていた。
「待て! お前らの魔王の娘は私が預かっている! 戦いを放棄すれば必ず会わせてやると約束してやる!」
俺の言葉を聞いたミノタウロスが顔を真っ赤にして怒り始めた。
「勇者めっ! エル様を監禁しているのかっ! 許さん! 皆の者、必ずあの勇者を倒してエル様を我らの手で取り返すのだっ!」
は、話が通じねぇ!
ミノタウロスは俺の言葉を間違って解釈したらしく、背後の魔物たちの戦意が、否が応でも高まっていた。
「ちぃ、これだから魔物ってのは厄介だぜ」
言葉による説得は通じないと見て、俺はすぐさま剣を構える。
ノーライフキングを倒したことはいいが、想定以上の魔力を消費しており、体感的に魔力は残り半分くらいであった。
数が数千か…………でも、やるしかねぇ。
剣を握り直すと、俺は突っ込んでくるユーグリッド配下の魔物たちの群れに飛び込んでいった。
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