第75話 守るべき物が大きいが、大きいほど燃えるのが俺だった。

 出立した俺たちは昼夜兼行で街道を駆け、魔王軍が進撃してきている辺境へと向かっていた。


 街道上には王国軍によって避難誘導された民衆が、列をなして王都に向かっている姿が見える。


「報告します! 魔王軍、先遣隊一〇〇〇ほどが避難民の列に追いつきそうです! 目下、兵士たちが応戦しておりますが苦戦中! 至急、援護を頼みます!」


 泥にまみれた鎧を着た兵士が近衛騎士団の前に跪いて、援軍を要請していた。


 本来なら、上位組織の近衞騎士団に対し、王国軍兵士がこのようなことを依頼するのは異例ではあるが、非常事態なので誰一人として咎め立てる者はいない。


 こんな避難民が溢れた場所で戦闘なんて始めたら、とんでもない被害が出るぞ。


 俺が一気に先行して魔王軍の先遣隊を押し留めて避難の時間を稼ぐか。


「アドリー王、私が先行します! 近衛騎士団は避難民誘導を優先してください! これでも元最強勇者なんで魔物一〇〇〇くらいちょろいもんです」


 俺の申し出にアドリー王は一瞬だけ戸惑った顔をしたが、周りの状況を把握しているため、すぐに頷いていた。


「では、行きます!」


 温存していた飛空魔法を発動させ、混雑する街道の上空に飛びあがると土煙を上げる場所に向けて飛び出した。




「踏ん張れ! 近くまで近衛騎士団が来てるぞ!」


「敵はゾンビが主体だ! 火属性魔法が使える者は燃やせ! 他の者も倒れたゾンビに火を放って火葬してやれ!」


「おぅ! こっから先は行かせねぇ! あの避難民の中には俺の家族もいるからなぁ!」


 眼下で戦う王国軍の兵士の一人がフラグを立てている気もするが、回収させるわけにはいかない。


 俺は敵の姿を見つけると、一気に急降下して魔王軍の中に降り立った。


「ドーラス師! ここは戦場です! 危ないですから後方に下がってください!」


 魔物の中に降り立った俺の姿を見た兵士が、下がるように手ぶりをしていた。


「大丈夫だ! それよりも、ここで敵の侵攻を持ちこたえるぞ!」


 傷ついていた兵士たちに向け、範囲回復魔法を発動させた。


 周囲に居た傷ついた兵士たちに淡い燐光が灯ると、傷を癒し始める。


 同時に攻め寄せていたゾンビたちが真っ白な炎に包まれて、もだえ苦しみ始めていた。


「おおぉ! 傷が消えていく。それに、ドーラス師の回復魔法がゾンビたちにダメージを与えてるぞ! 勝てるぞ! これなら勝てる!」


 傷が癒えた兵士たちが再び剣を手に取り、白い炎に身を炙られて悶えているゾンビたちに斬りかかっていた。


 敵は後続もいるから、魔力は温存しておかないと。


 それに、この隊を率いているボスは誰だ。


 ゾンビたちとの戦いを再開した兵士たちの喧騒が響く中、俺は精度を高め範囲を絞った危機感知クライシスセンスを発動させた。


 数々の魔物たちが、赤い輝点として識別表示されていく。


 やっぱスゲエ数だな……。


 先遣隊はゾンビ、スケルトンなどのアンデットが主体か……こんな数がまとまって行動しているのなんて見たことないが――


 ん? んん!?


 識別表示された一体の魔物に目が止まる。


 Sランク! ノーライフキングだと!? 幹部クラスがこの魔物たちを率いてるのかよ! だから、アンデット主体の部隊か!


 マズい、マズいぞ。


 ノーライフキングが居るとなると、戦いでこっちが倒れたら相手の戦力が増していくことになるぞ……。


 俺は識別された相手を見て、背中にじっとりと汗をかいた。


 大軍を率いた不死系魔王軍幹部から避難民を守りながらの戦いか……難易度たけぇな。


 とはいえ、俺がここで踏ん張らなければ、背後に控える避難民たちがゾンビ軍団の一員にされちまう。


 やるしかねぇ!


「兵士はゾンビやスケルトンを頼む! 私はボスのノーライフキングを討つ!」


 俺は手近に落ちていた剣を手に取ると、奥に陣取るノーライフキングに向け、駆け出した。



 群がってくるゾンビやスケルトンを切り伏せつつ、駆けていくと、奥には真っ黒な外套を目深に被った人影が見えた。


 人影は周囲に黒い煙を漂わせており、近くの地面に倒れていた王国軍の兵士がガタガタと身体を震わせたかと思うと、急に起き上がり始めた。


 クリエイトゾンビが発動しているか……敵は戦って倒すほど戦力を増すって寸法だ。


 こりゃあ、持久戦は不利だな。


「この気配。ほぅ、これがフォボスを倒した勇者の力か……。さすがに膨大な魔力を秘めておるようだ」


 ノーライフキングがこちらに気付いたようで、目深に被った外套の奥に赤い光が宿った。


 不死系は純魔力で消し去るか、浄化魔法しか効かないからな……魔力は温存したいが、温存させてもらえなさそうな相手だ。


「悪いが、勝負はすぐにつけさせてもらう。遊んでいる時間の猶予はないからな」


 俺は手にした剣を放り投げると、純魔力で生成した光剣を発動させていた。


「ノーライフキングとして生まれ変わった私の命は元よりすでにない。だが、ユーグリッド様から預かった仲間の命は守らせてもらうぞ! 勇者を襲え! 我が僕ども」


 純魔力の光剣を見たノーライフキングが、動き出したゾンビたちに俺への攻撃を命じていた。


 ゾンビ程度なら、壁にすらならん。


 一足飛びに距離を詰めると、一気に四~五体のゾンビを切り飛ばす。


 そして、そのままノーライフキングの首を狙った。


「さすが、最強勇者の名は伊達ではないということか。では、私はかなわぬので退散するとしよう」


 剣先が外套の奥にある人影を掠める寸前、ノーライフキングの身体は数百の蝙蝠となって周囲に飛び散っていた。

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