第74話 勇者として嫁や娘の住む土地を守ることにした。
「何事だっ! 今は大事な式の最中だぞ!」
アドリー王が走り込んできた近衛騎士を叱責する声が響く。
だが、近衛騎士はなおも言葉を続けた。
「陛下! 辺境の駐屯地より伝令が参りました! 魔物の森の奥深くに隠れていた魔王軍が大挙して押し寄せました!」
近衛騎士の報告に参列者から悲鳴が上がる。
この国では数十年間、魔王が魔物の森に引き籠っており、自然発生した魔物かゴブリン・オーク系の魔物しか出現していなかったと聞いている。
「なんだと……魔王軍が侵攻してきただと……数は?」
「およそ、五〇〇〇。すでに森の近くの村は壊滅。先遣隊一〇〇名も全滅した模様!」
「馬鹿な! そんな数の魔物の侵攻など国が始まって以来の数ではないか!」
魔物の森から出てきた魔王軍の数は、ゼペルギアでも滅多に見ないほどの大規模な数の魔物たちであった。
魔王が自ら配下をすべて引き連れて襲ってきたのかもしれない……。
アレフティナ王国は安全だと思っていたが、予想以上に魔物の数がいたようだ。
「非常事態宣言を出せ! 魔物の侵攻先にある辺境部の村にはすぐに避難指示を! 出現方面に駐屯する王国軍は村人の避難誘導を優先! 近衞騎士団もすぐに出発できるように準備せよ!」
アドリー王は魔王軍の襲来を聞き、すぐさま近衛騎士に指示を出していた。
長年、大規模な戦闘がなかったため非常時に対応できるかと思っていたが、アドリー王は平時から非常時を想定していたらしい。
「ははっ! すぐに伝令を出します!」
近衛騎士はアドリー王に一礼すると、式場から大慌てで駆け出していった。
「すまぬ! 報告にあった通り、我が国は非常事態となった。ドーラス師とミュースとの式は後日改めて開催することにする。参列中の各貴族家は領地の防衛に専念して欲しい!」
アドリー王の指示を聞いた貴族たちも、自領防衛のために式場から駆け出していく。
「ドーラス師、すまん。事態が事態だ。悪いが式は中止させてもらう。治療院も負傷者が大挙してくる可能性もあるんで受け入れ態勢を強化してくれ。わしは先に行く」
アドリー王は魔王軍が大挙して攻め寄せている地域へ、近衛騎士団を連れて戦いに出る気のようだ。
だが、はっきり言って近衛騎士団の実力では魔王軍を防ぎ切れるか怪しい所である。
嫁や娘たちの暮らすこのアレフティナ王国を、魔王軍に蹂躙させるわけにはいかない。
俺は自分の素性を明かし、アドリー王の近衞騎士団の遠征に加えてもらうことにした。
「アドリー王、私も最前線に出ます! 今まで黙っていましたが、私の本当の名はゼペルギアで召喚勇者をしていたヤマト・ミヤマ。魔王フォボスを討った勇者をしていました。身分を詐称したことに関してはこのいくさが終わった後、きっちりと受けますので、戦いに参加させて頂けませんでしょうか」
「パ、パパ! その話は内緒にするはずです!」
ヴェールを上げたミュースの顔が青ざめていた。
キララも焦ったような顔をしている。
俺が魔王を討った勇者であることは、キララとミュースの間で内緒にすることになっていたが、魔王軍の数を考えれば全力で戦うことになるため、どうしたって俺の力は目立ちすぎることになるはずだ。
そうなれば、結局正体はバレるに違いない。
俺はアドリー王との間に築いた信頼関係を崩さないよう、自分から正体を先に伝えることにしたのだ。
「パッパ、勇者様だったー。だから、強いんだねー」
エルは俺が勇者だったと知り、キャッキャと喜んでいた。
うん、まぁパパはこう見えて人類では結構強い方だぞ。
「ア、アドリー王様、パパは魔物侵攻でちょっと慌ててるんだと思うんです。ここはアレフティナ王国だし、わたしが召喚勇者として最前線に立ちますから」
キララが俺の正体を誤魔化そうとして、アドリー王の前に立ちはだかり、自分が出陣すると言い出した。
「キララ、下がりなさい。お前はこの国の希望だ。希望は最後まで倒れちゃいけないんだぞ。だから、私が出るのだ」
大事な大事な娘を魔物がひしめく最前線に送るわけにはいかない。
それは父親である俺としての意地でもあった。
「分かった。分かった。ドーラス師の話はわしもうっすらそう思っておったからな。膨大な魔力と卓越した剣技を持つ治療師など、どう見ても胡散臭いぞ」
やはりアドリー王には、俺の力は見抜かれていたようだ。
素質最強のキララを膨大な魔力で呼び寄せたり、近衛騎士を容易にあしらったことで、俺の正体を推測していたらしい。
「す、すみません。前に居た国の王様との折り合いが悪かったので……つい、正体を隠してしまいました」
「まぁ、ゼペルギアの件は色々と噂を聞いておる。仕えた相手が悪かったというしかないな。だが、わしはドーラス師を高く評価しておるぞ。だからこそ、大事なミュースも嫁に出したからな」
アドリー王の手が俺の肩に触れると、グググと力が入る。
よっぽど、娘を嫁に出したくないらしい。
だが、俺もキララとエルの父親としてその気持ちは痛いほど理解できてしまった。
「はい、ご期待に沿えるように頑張ります」
「よし、では決まりだ。ミュースやキララ殿、エルには悪いがドーラス師はわしが借り受ける。キララ殿には、エルとともに我が国の最後の砦として王城にて防衛の指揮を任せる。ミュース、お前が補佐せよ」
「キララ、エル、ミュース。私たちが帰って来れる場所を守っておいてくれ。頼んだぞ」
何か言いたそうにしていた三人を俺は手で制していた。
多数の魔物との戦いはきっと厳しいものになるはずだ。
そんな場所にみんなを連れていくわけにはいかないので、アドリー王の出してくれた指示には感謝をするしかなかった。
「もう、アドリーったら勝手ね。仕方ないわね。こっちは祝勝会の準備と式の続きを準備して待ってるから早く帰ってきなさい」
リーファ王妃があっけらかんとした顔で、俺たちを送り出そうとしてくれていた。
この先に魔王軍との激闘が待ち受けている俺たちにとっては、下手に心配されるよりも笑顔で送り出してくれた方が幾分か楽に感じられる。
「パ、パパ! 帰ってくるよね? 魔王軍倒して帰ってくるよね?」
「パッパ、強いから大丈夫だよね?」
キララとエルが心配そうに俺の袖を引っ張っていた。
俺は二人を心配させないように笑顔で答える。
「ああ、パパは地上最強の勇者だからな。魔王軍なんぞには倒されるわけがない! ママ、キララとエルを頼む!」
「パパ……気を付けてくださいね。無事のお帰りをお待ちしております」
「ああ、行ってくる!」
「よし、ドーラス師、行くぞ!」
俺はアドリー王と連れ立って近衛騎士団の宿舎に駆け込み、装備を整えるとすぐに魔王軍の侵攻先に向けて出陣した。
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