第66話 父親道の道のりは果てしなく遠いけど、俺は諦めない

 娘から投げかけられた言葉に俺が何もできずに立ち尽くしていると、背後から誰かが駆け抜けた。


 ミュース? 戻ってきたのか?


 駆け抜けたのは、メイド長のところに行っていたミュースであった。


「……くっ、こんな扉くらい」


 ミュースはドンと身体をぶつけて、固く閉ざされたドアを開けようとしている。


 そんな姿を見た俺はミュースの手を引き、やめさせようとした。


「ママ、辞めるんだ……そんなことしたら……キララが……」


「辞めません!! キララはわたくしの娘ですから! 娘が泣いているのに抱きしめない母親なんてどこにもいませんわ!!」


 ミュースの言葉は迷いが一切見られず、子を心底心配する母親の言葉であった。


「ママ! ママも……キララのことなんか本当は好きじゃないん……だよね? スキルの力で……好きな気がしてただけ……だよね? わたしは幸せになったらダメなんだからっ! 来ないで!」


 中から聞こえるキララの声が嗚咽にまみれていた。


 その言葉はミュースにも届いていると思われるが、彼女はドアへ身体を叩きつけることを止めなかった。


「キララ、聞きなさい。スキルの力があろうがなかろうが、ママがキララのことを大好きで愛おしいって気持ちは変わらないの! だって、キララはこっちに来てくれてわたくしを幸せにしてくれた子だもの」


 全くもってミュースの言うとおりだった。


 たとえスキルの影響があったにせよ、俺がキララのことを大好きで愛おしいって気持ちは変わらない。


 娘に遠慮して何が父親か……俺の考えが足りなかったところはしっかりとキララに謝罪して新しくまた関係を築き直せばいいはずだ。


 俺は悪戯にキララを傷つけるのではないかと思い、逃げ腰だった自分の心に活を入れた。


「ママ、どきなさい。この扉は私が破る」


「パパ!」


「パッパ!」


 ミュースとエルを脇に寄せると、俺はキララに声をかけた。


「キララ! 今からパパがこの扉を打ち破るから後ろに下がりなさい」


「嫌っ! パパも入ってこないで!」


「いいや、入らせてもらう。入って、お前を抱きしめて『キララ大好きだ! 愛してる! 私の最高の宝物だ! 生まれてくれてありがとう!』って言うぞ。それこそ、王城中に聞こえるくらいの大声で言うって決めた」


「……パパ、そんなの卑怯だよ……そんなこと言われたらわたしまた頑張らないといけなくなっちゃうよ……」


「それは違う。キララは私とママの娘だから、私たちに目一杯甘えればいい。キララにはその権利がある!」


 ドア越しのキララの気配が部屋の奥に下がったのを感じ取った俺は、拳でドアを打ち破った。


「パパの馬鹿ぁああああ!! ズルっ子のキララのことなんか放っておけばいいのぃい!!」


 破壊されたドアの奥には、目から流れ落ちる大粒の涙を手で拭って泣いていたキララがいた。


 俺はすぐに抱きしめると、さっきの言葉を繰り返す。


「キララ、大好きだ! 愛しているぞ! 私の最高の宝物だ! 私の娘でいてくれて生まれてくれて本当にありがとう!!」


 抱きしめた俺の腕の中で、キララは声を上げて泣いていた。


 こっちにきて半年以上経過していたが、キララが声を上げて泣いている姿は初めて見た気がする。


 自分に縋りついて泣く娘の姿を見て、心の中が申し訳なさでいっぱいになっていく。


 キララ……ごめんな。


 パパはもっといいパパになるから……。


 俺は抱きしめたキララに向かい心の中で謝罪を続けた。


「パパぁ、パパぁああ。う、う、うわぁああーーーん。パパぁーーー!」


 今まで押し隠してきた俺たちへの遠慮をすべて洗い流すくらい、キララは赤子のように泣いていたのだ。


「キララ、貴方は幸せになっていい子なのよ。ママがぜぇえええったいにキララが幸せだって思えるようにしてあげるわ。ママはこう見えてもワガママなのよ」


 部屋に入ってきたミュースもキララを背後から抱きしめていた。


 その姿はキララを心配して目を泣き腫らしており、本当の母親のようにギュッと抱きしめていたのだ。


「ママぁーー。ママーーーー!」


 ミーちゃんもスラちゃんもエルも部屋に入ってきて、キララに身体を寄せていた。


「ギララねーだん!! エルはずっど、ずっどだいしゅぎだからぁーーー!!」


「エルぢゃんーー! ごめんねぇ! 酷いこと言ってごめんーーー!!」


 キララは鼻水と涙にまみれたエルを抱きしめて、自分が言った言葉の謝罪をしていた。


 ここに居る誰一人として血の繋がりはないが、俺たちはどこの家族よりも強い絆を結んでいるなと再確認できていた。


「キララ、家族にはいつだって甘えていいし、素の自分を見せていいんだからな。遠慮はなしだ」


「う、うん!! みんなが居てくれるなら、他の誰かにズルっ子って言われてももう大丈夫だもん!」


 そんな俺たちの様子をドアの外で見ていたカインとアベルも一緒になって泣いていた。


 二人もキララを想う気持ちは俺たちと変わらないようで、メイドたちの言葉によって傷ついたキララを心配していたのだ。


「キララ様! 僕だって、キララ様のことを大好きですから!!」


「オレもだぞ!! ここに居る誰よりもキララのことが大好きだ!!」


「カインぐん、アベルぐん……ありがと、ありがとうね」


 仲良くしている友達の二人からの言葉にも、キララの心が癒されていくのが分かった。


 とはいえ、この場でそういった告白を許せるかと言うと―――

 

 うぬぅっ! 小僧どもどさくさに紛れて、キララに告白をするとはっ!! パパは許さんぞ!!


 許せなかった。


 キララよ。狭量な父を許してくれ、まだ早いんだ。まだ……。


「カインっ! アベルっ!! うちの可愛い娘であるキララに対し、そんな寝言が言えるなら素振り一〇〇〇本追加だぁ!!」


「はひぃい、ドーラス師、一〇〇〇本なんて」


「むりぃい! ドーラス師、無理っす」


 涙目のまま、カインとアベルが青い顔で首を振っていた。


 その様子を見ていたキララがプッと噴き出していた。


「ぷっ、ぷぷぷ。プ、アハハハっ!! カイン君もアベル君も変な顔っ!! キララも一緒にしてあげるから今から一〇〇〇本やろうっか!!」


 迷いを吹っ切ったキララの顔は、とても魅力的で人目を引くほど輝いていた。


 きっと、これが本来のキララの姿である。


 与えられたスキルはきっとこっちの神様が、キララに甘く優しい世界を与えようと考えて付けてくれたもののはずだ。


「じゃあ、ママの夕飯ができるまでに一〇〇〇本素振りやるとするか、今日はパパも一緒にやるぞ」


「やったぁぁ!! パパも一緒にやってくれるってー!!」


「エルもやるーー!!」


「あらあら、パパと一緒にって言われたわよ。カイン、アベル頑張ってね」


「「ええぇーー!?」」


 カインとアベルの顔が青から蒼白に変化していた。


 二人にはさきほどの発言の責任を取ってもらうとしよう。


 俺は二人に向けて邪悪な視線を走らせていた。


「キララ、夕飯は食べたい物あるかしら? 今日はキララの食べたい物なんでも作ってあげるわよ」


 ミュースはキララに身体を寄せて、夕食のメニューに何が食べたいか聞いていた。


 キララは少しモジモジしながらも、ミュースに自分の食べたい物を耳打ちしていた。


「ママのハンバーグ食べたーい」


「オッケー、じゃあ腕によりをかけて最高のハンバーグ作るわね」


「やったぁ!!」


「はんばーぐ! エルもしゅきー!」


 それから、俺たちはミュースの夕飯ができるまで庭で木剣の素振りに勤しみ続けることになった。

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