第67話 シャドー種族の誤算
※三人称視点
王城の城壁の近くで三つの影が額を寄せ合っていた。
姿からこの城に勤めるメイドたちだと思われる。
三人はそれぞれの顔に微笑を浮かべていた。
『万事、手はず通りことは進んだようだ』
『やはり情報収集に時間をかけてよかったであろう。勇者キララの力があれほどまでに強力であろうとは思ってもみなかったしな』
『ライラス様も勇者キララの力と、ユーグリッドの遺児エルの所在を突き止めた我らのことを激賞していたらしい』
『その功に溺れることなく、粛々とライラス様より指示された次の指令を実行せねばならん。とはいえ、第一段階は無事に達成したことを祝おう』
城壁の近くで額を寄せ合っていたメイドたちは、王都に忍び込んでいたシャドー種族たちであった。
前に受けていたブラックワイバーンの撃墜に関する情報収集の過程で得た、キララのスキル能力とユーグリッドの遺児エルの件はライラスへの報告を済ませており、新たに下命された作戦へ従事していた。
新たな作戦は、秘匿されている勇者キララのスキル能力を悪い形で民間に流布し、信用をガタ落ちさせるという類の作戦だった。
その第一段階として、勇者キララへ直接の罵倒を与えていたのだ。
大人であればその場で激高して挑みかかってくると思われるが、勇者キララが幼いことに付け込んだ手口であった。
結果、勇者キララは何も言わず泣きながら、自分の屋敷に逃げ出していたので、シャドー種族たちとしては成功の確信をしていた。
『さて、これで勇者キララへ心のダメージを植え付けたので、あとは民間や王宮関係者に色々と吹き込んでいくだけだな』
『ゼペルギア王国では、我らシャドー種族の活躍で、いくら戦果を挙げても王都での勇者ヤマト・ミヤマへの敬意は失われ続けたからな。我らさえあの地に残っておれば、フォボス様をむざむざと討たせなかったのだが』
『仕方あるまい、ライラス様麾下としてこの地に送られたのだから。過ぎたことを言っても始まるまい』
シャドー種族は戦闘力を持たない魔物の種族であり、敵地に潜入して情報収集や攪乱、偽情報発信などが主な仕事であった。
そのため、今回もライラスがユーグリッドの残党を麾下に加える討伐に出ている間、王都での攪乱工作を指示されているのだ。
『そうだな……今は目の前の任務に励むとしよう。それで、これからどうする? どこから勇者キララの悪評を流していく?』
『それはもう決めてある。王宮、貴族、民間それぞれが一人ずつ担当して吹き込んでいこう』
『ほぅ、多方面で噂を拡げるのか……。効果は薄くなるかもしれんが積み重なれば、大きな成果が得られるということか』
『時間的な制約もあるので、ある程度急がねばならないことは失念しておらんのか?』
『情報収集の段階で勇者キララの信用度はかなり高いと出ただろう。だからこそ、薄く広く流布せねば権力層に握り潰される可能性が高い』
『そうであったな。王と王妃の信用度が非常に高いのであったな。で、あれば難易度の高い王宮は我が担当とさせてもらう』
『ふむ、功を焦るなよ。では、我は貴族たちに』
『二人が功を焦っておるのが、丸わかりだ。仕方ない、我は民間へ流布するとしよう』
声を出さない話し合いを終えたシャドー種族は、それぞれの目的地に向けて足早に駆け去っていった。
王宮の調理場に姿を現したシャドー種族は、手伝うふりをしながら忙しく働いている料理人に話しかけていた。
「おお、すまねぇ。どこの所属の子かしらないが、手伝ってくれると助かる。今日は衛兵たちもなんだか多く登城してて夜勤のやつらの飯を作らないといけねえんだ」
「大変そうですね。私でよければ、できるだけお手伝いさせてもらいますよ」
シャドー種族はメイドに化けたまま柔和な笑みを浮かべ、手早く出来上がった料理を夜勤の衛兵に配るための容器に納めていた。
「おう、助かる」
厨房で料理を一心不乱に作る料理人は、容器に入れるのを手伝ってもらえたことに感謝していた。
やがて料理を最後の容器に詰め終えたところで、シャドー種族は料理人に話しかけた。
「ふぅ、これで最後ですね。お疲れ様でした」
「嬢ちゃんありがとな。その制服だと王宮付きのメイドか? 悪いな手伝ってもらっちまって。自分の仕事もあっただろうに」
「いえ、自分の仕事はすでに終えてましたので大丈夫ですよ」
「そうか……そうだ、腹減ってねえか? お礼に夕食を俺が作ってやるよ。食っていきな」
そういった料理人はメイドのために料理を作り始めた。
その姿を見ていたメイドが料理人に更に話しかける。
「ところで、何かやたらと夜勤の方の食事が多いのですけど、どうされたんですか? いつもはこんなに多くないでしょうに?」
「何でかしらねぇが、夜勤の衛兵が増員だって上から指令が下りてきたらしいぞ。こっちはおかげでてんやわんやだった。お前さんが手伝ってくれて助かったけどな」
料理人は料理をしながら、夜勤の衛兵がかなり動員されたと教えてくれた。
常に安全だとされていたアレフティナ王国の王城で、これほどの数の衛兵が動員されることは珍しいことでもあると思われた。
そんな話をしていると、厨房に夜勤の衛兵たちが現れた。
「よう、夜食取りに来たぞ! 人数分あるか――って、メイドがなんでここに居る?」
「お手伝いしておりましたので」
「そうか……」
衛兵がいぶかしむ視線をメイドに向けて投げかけていた。
「どうぞ、お夜食はこちらです」
「ありがとう。助かるぞ。どうも、勇者キララ様に暴言を吐いた輩が不届きにも王城内にいるらしくてな。その報告を聞いた衛兵たちがいきり立って上に直談判して犯人捜しを夜通し行うことになってしまったのでな。厨房には無理を言ったと思っておる」
衛兵からの視線に、メイドに化けたシャドー種族は背中から冷たい汗が流れ出していた。
「そ、そうなんですか……」
「ああ、あの偉大なる勇者キララ様に対し、暴言を吐いた者はスキルの力で成り上がった卑怯者だと言ったそうだ。全くもって不届き者だ。キララ様は我ら衛兵にもキチンと礼儀正しく挨拶され、我らが音を上げるドーラス師の厳しい個人訓練も笑顔で耐えられる真面目な方だ。その努力を常に見てきた我らだからこそ衛兵たちは暴言を吐いた者を許せないのだ」
衛兵の視線が一段と厳しくなりメイドに降り注いでいた。
料理人も衛兵から話を聞いて、うんうんと納得していた。
「あー、キララ嬢ちゃんに悪口を言った馬鹿がいたのか! そりゃあ、許せねえな! あの子はたまに厨房に顔出して『いつも孤児院に美味しい昼食持って来てくれてありがと』って言ってくれるからな。こりゃあ、一大事だ! それで、人相とか分かってるのか?」
「ああ、その場にいた孤児院の子がバッチリと人相を覚えていたようだ。ミュース元神官長からメイド長に知らせが入っている。そして、すでに手配書はでき上っているのさ」
衛兵の言葉にシャドー種族の化けたメイドの顔色が悪くなるのが見えた。
「それでどんな奴だ? 手配書を見せてくれ」
料理人が衛兵に手配書を見せてくれと頼むと、メイドがその場から立ち去ろうと動き出していた。
「待てっ! お前! 人相書きにそっくりな顔をしているだろう! それ以上逃走の気配を見せれば容赦はせんぞ!!」
衛兵は腰の剣を引き抜くと逃げ出そうとしたメイドに剣を突きつけていた。
「くっ! 馬鹿な! そんなに早く動くとは……計算外だ」
「我々がキララ様の力を妬んで排斥するとでも思ったのか? 甘いな、あの方は我らの希望だ。それを冒とくする者は許さん!」
衛兵が剣を突きつけ、動きが取れなくなったメイドを料理人が縛り上げていた。
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