第65話 娘のことを何も知らなかったことを知る
テーブルにはミュースが出してくれたプリンが人数分並べられていた。
すでにおやつを出したミュースは、きっかけを作ったメイドたちの素性を探るべく、王宮のメイド長の元に行くと告げて外に出ていた。
「エル、まだ残っているけどもう食べないのか?」
「パッパ。このプリン、キララねーたんと食べたかったなぁー」
いつもはおやつを残さないエルが、プリンを半分以上残していた。
おやつは常にキララと一緒に食べていたので、一人で食べるのが寂しくて食が進まなかったのかもしれない。
エルもキララのことが気になっているんだろうな……。
はてさて、エルにキララのことをどうやって伝えるべきか……。
エルはプリンを食べている最中もちらりとキララの部屋の方を見て気にしていた。
このまま、キララが籠ったままだと、エルも気付くだろうし……。
「パッパ、パッパも食べないの?」
ずっとキララのことを考えていた俺は、目の前に出されたミュースのプリンに手が付けずにいる。
エルがプリンに手を付けられていないのに気付いて、食べないのか聞いてきた。
「あ、ああ。パパはちょっと昼ご飯食べ過ぎたからな……。カイン、アベル、どっちか食うか?」
どんよりとした顔をして出されたプリンを食べている二人に自分の分も差し出していた。
「僕は……お腹いっぱいですから」
「オレも今日は……」
いつもは二人とも剣術修行後のおやつは残さずに食べていたが、今日は食欲が出ないらしい。
キララのことを気に病んで、普段の彼らとは別人のようにおとなしくしていた。
「そうか……」
「パッパ、キララねーたん大丈夫かな? お腹痛いの?」
エルがキララの体調を心配して俺に聞いてきた。
何と答えるべきか困る質問だが……。
だが、隠してもそのうち知ることになるだろうしな……。
妹であるエルにもきちんと話しておいた方がいいか。
「エル、これからパパが言うことをしっかりと聞いてくれ」
「う、うん」
「実はキララはな、メイドたちに心ない悪口を言われて傷ついて部屋に籠っているんだ」
「キララねーたん、なんで悪口言われるのー? エルはだいしゅきなのに」
エルはキララがなぜ悪口を言われているかが理解できない様子だった。
「エルには内緒にしていたが、キララの持つ勇者としての能力が『みんなから好かれる』という強力な力を持っていることを知った人が、そんな力はズルいってキララに言ったらしい」
「そんなの関係ないよ。いつもエルに優しくて、頼りになって、頑張るキララねーたんは、エルのキララねーたんだもん! キララねーたんはズルっ子じゃないもん!」
エルも悪口を言った人に対し憤慨している様子で、机をバンバンと叩いていた。
キララに関しては、この場にいる誰もが同じ感想を抱いているはずだ。
だが、外からの情報しか知らない者がキララの力を知れば、そう思う人も他にもっと出てくるかもしれなかった。
「ああ、そうだ。キララはズルをする子じゃない。でも、それを知らない人はズルしたと思う人もこれからいっぱい出てくるかもしれないんだ」
「そんなのおかしいよ。キララねーたんはいっぱいべんきょーもしてる、剣もれんしゅーしてるよー」
「でも、それを見てない人から見たら、ズルしてるって思われちゃうんだ」
「そんなの、キララねーたんが可哀想!!」
俺からの言葉を聞いたエルの目から大粒の涙が零れ落ちていった。
俺も思いはエルと同じだ……スキルを持っているというだけで、色眼鏡で見られたキララが不憫で仕方ない。
「そう……だな」
それまで、大人しく席に座っていたエルが、椅子から降りると、キララに部屋に向かって駆け出していた。
そして、ドアを泣きながらドンドンと叩いてキララに声をかけていた。
「えっぐ、えっぐ! キララねーたん、キララねーたん! エルはキララねーたんだいしゅきだからね! ズルっ子なんて思ってないから! キララねーたん」
こうなるとは思っていたが、でもやはりエルに本当のことを話しておいて良かったと思う。
エルの素直な言葉がキララの心に届いてくれればと、一抹の期待をかけて後ろで見守っていた。
扉の向こうではやはり先ほどと同じようにキララの気配がしていた。
「…………ちがうもん、キララはズルっ子だもん。エルちゃんがわたしのこと好きなのも、パパやママやアドリー王やリーファ王妃や、カイン君やアベル君が良くしてくれるのは、全部スキルの力のおかげだもん!! だから、わたしはズルっ子だよっ! 本当はこんな幸せな世界に居ちゃいけない存在だって知ってたもん!! わたしは幸せになったらダメな子だって知ってるもん……前のお母さんも『あんたがいなかったらどれだけ幸せか』って言ってたもん!!」
扉の奥で声を詰まらせたキララが心の内を吐き出すように叫んでいた。
前の母親に散々否定されて育ってきたキララは、こっちの世界で人の優しさに触れて、本来の自分を取り戻したように思っていたが、根の深い部分ではまだ傷が癒えていなかった。
「違うもん! エルはキララねーたんがだいしゅきだもん! 世界で一番だいしゅき! いつまでも一緒に居たいし、お姉ちゃんでいて欲しいもん!」
「……エルちゃん、その気持ちもわたしのスキルがそうさせてるんだよ……。きっと、スキルの力が無かったら、エルちゃんはわたしのことなんか好きにならないもん。パパもママもみんなも同じだよ!」
エルとキララのやり取りを聞いて、俺は胸が痛くて張り裂けそうだった。
スキルの影響がないかと言えば、絶対にないなんてのは言えない。
けど、キララが好きだっていうのは、スキルの力だけじゃなくて、いつもの行いや性格なんかを見てるから起きる感情であると思っている。
そういう力を持っているのも含めて、キララ・サトウという子がみんな好きなんだって分かって欲しい。
「キララ、スキルの力はきっかけに過ぎないんだ……その後はみんなキララの頑張っている姿を見て好きになってくれているんだぞ」
「そんなのやっぱりスキルの力だよ……。パパ、わたしはいつまで頑張ればいいの? 頑張らないとダメなの? 努力してないキララはみんなから嫌われちゃうの? そんなの嫌だなって頑張ってきたけど……でも、ズルっ子って言われたらわたしはこれ以上何も言えないしできないよ……」
キララから投げかけられた言葉に胸を貫かれた思いがした。
こっちの世界に来てからずっと、キララはすごく努力を惜しまずに頑張ってきていたことを知っていた。
俺はその姿がキララの自衛行動だったことに全く気付かずにいたことを思い知らされたのだ。
最悪だろ……親として子供にプレッシャーしかかけてなかった……。
キララの一言で全身から冷たい汗が流れ出していた。
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