第62話 結婚の日取りは決まったけど、娘の様子がおかしい

 一ヵ月があっという間に過ぎ去り、俺はクライト公爵の正式な養子として領地の相続を認められ、名をドーラス・クライトと改めていた。


 そして、正式にミュースをクライト公爵夫人として迎える婚約を正式に発表し、併せてキララとエルの養子縁組も広く国民に向けて発表していた。


 住居の方もクライト公爵の子となったことで、王城の居室から王城内の王族専用の館をアドリー王より与えられていたのだ。


 叔父の子なら、わしの子同然と言ったアドリー王が、王太子用の館を与えようとしたが、俺が固辞して王族用にしてもらっていた。


 養父となったクライト公爵は王都での仕事を俺に任せ、自分は隠居すると言い残すと、さっさと自分の領地に帰ってしまっている。


「パパ、荷物の片づけは終わりましたか? わたくしたちの方はおおかた整理がつきましたが」


 新しく与えられた館への引っ越し作業も休日を利用して行っていた。


 筆頭宮廷魔導師とクライト公爵としての仕事を掛け持ち、若干忙しくなっているため、俺の引っ越しだけが遅れていた。


「パッパ、新しいお家、おっきーよ! スラたんでもすいすい移動できるー」


 スラちゃんに乗ったエルが新しく引っ越した家の中をすいすいと移動していた。


 新しい館は王城で与えられていた居室よりも格段に広く、家族四人で住むには大きかった。


「みー、みー」


 奥ではミーちゃんも新しい屋敷の中を徘徊して、色々と寝床などの物色を始めているのが見える。


「エルー、お家の中でスラちゃんに乗っちゃダメよー。降りなさーい」


「あーい。スラたん、マッマに怒られたから降りるね。お外で草食べようか」


 エルがスラちゃんを連れて、外の庭で育てている魔力草を食べに出ていった。


「そう言えばキララはどこ行った?」


 引っ越し作業中もキララの姿が見られなかったので、ミュースに居所を確認する。


 最近、ちょいちょいと家から姿を消すことが多くて気になっているのだが、公爵としての引継ぎ仕事にかまけてキララに聞けないでいた。


「カインとアベルを連れて、街にわたくしが頼んだ物を買い物に行ってますよ」


「なっ!? なんだってーーーーーー!?」


 思わず大きな声が出てしまった。


 しまった! 仕事にかまけてキララの周りを飛ぶ悪い虫への対応をおざなりにし過ぎた!!


 男の子とのデ、デートなど、パパは許さんぞ!!


 引っ越し作業などしている場合じゃない! 急いでキララを救出せねば!!


 手にしていた荷物を放り出して、玄関に駆け出そうとした俺の袖をミュースが引っ張る。


「大丈夫ですわ。キララは馬鹿な子じゃないし、カインもアベルもパパにしごかれてて自分の立場を理解しておりますから」


「だが―――」


「何事かあった場合は、わたくしが責任をもってカインとアベルの二人を処理いたしますのでご安心を」


 ミュースの単眼鏡モノクルが妖しい光を発していた。


 こういう反応を見せる時にミュースは神官長時代の冷徹さを取り戻しているので怖い。


 カインもアベルも散々ミュースにも言い含められているので、馬鹿な行動は起こさないと思うより他なかった。


「あ、はい……わ、分かりました」


 娘を持つ父親としては心配ではあるが、母親にそこまで言われたら帰りを待つしかない。


「心配なのは分かりますけど、キララも年頃の女の子ですからね。男友達の一人や二人くらいは居た方が勇者としても箔が付くという物です。それにクライト公爵令嬢という肩書きもキララたちには付きますから、馬鹿貴族たちからの虫よけに二人はちょうどいいのですよ」


「ふぅ、そういうものか……縁談は断っているが……」


 キララとエルにも正式な養子としてクライト家の令嬢となるため、貴族からの婚約の引き合いがきているのは事実であった。


 もちろん縁談の話は全部、俺の方で断っている。


 だが、適齢期が来たらより一層数が増すことに違いなかった。


「キララやエルは好きな人と結婚させてあげたいですわね」


「いや、だがなぁ。キララやエルの結婚なんてまだ先の話だろ……」


「そうでしたわね。それよりもわたくしたちの結婚の方が先でした……。パパ、そう言えばアドリー王には日取りをお伝えしたのですか?」


 ミュースが少し照れた顔で、俺を上目遣いで見てくる。


 身分的にも王の養女であるミュースをもらい受けれることになったし、俺の養父からは式の日取りも決まったと伝えられていた。


 俺の養父から聞かされた話では、わりと盛大な結婚式典をあげるらしい。


「え、えっと。今日ぐらい報告に行こうかと思っててね」


「は、早めにお願いいたしますね……その、色々ともう問題もありませんし」


 急に先ほどまでの凛々しく冷徹な表情から、モジモジとし始めたミュースにドキリとしてしまう。


 うちの嫁は最高に可愛らしい女性なのだよ。


「そ、そうだな。ここが片付いたらすぐにでも行くとしよう」


 同じ館で同棲こそしているが、婚姻をするとしないじゃ、この世界でも色々と違ってくる。


 俺としてもミュースと結婚することで、こちらの世界に骨をうずめる決断をするつもりだ。


 日本に残っている俺の親戚も一五年以上、音信不通なので生存は諦めているだろうしな。


 大学の友達だった奴とかにも、うちの嫁自慢とかしたかった。


 せめて生存を伝えられる連絡手段くらいあればいいなと思うが……。


 ミュースも知らないと言っているし……キララを送還するわけにもいかないからな。


 そんなことを考えていると、玄関が乱暴に開く音がした。


「あら、キララ? お使い終わったの?」


「キララ、何も無かったか?」


 問いかけに無言のキララは俺たちの前を駆け去ると、自分の部屋となった個室へ入り、バタンとドアを閉めていた。

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