第61話 ガチャは悪い文明
今日は王都のシラリク商店街に、みんなで色々と必要な物を買い出しにきていた。
食料品や衣服など必要な物を買い揃え終えたところで、エルが商店街の出店に並んだ人形を指差して俺の袖を引っ張っている。
人形は勇者シリーズと銘打たれ、歴代の勇者たちが掌サイズの人形化された物だ。
全一五種類、もちろん現召喚勇者キララに模した人形も発売されている。
今、王都の子供たちの間で大人気の人形であった。
一番人気は現勇者のキララ、次点で初代勇者となっている。
キララの人形の造形に関しては、俺自身が詳細な注文を付けて可能な限りクオリティーを上げてもらっているのだ。
「んー、マッマ、いやー、いやー、アレ欲しいー。パッパ、買ってー」
「エルー、この前も買ってあげただろ。今月はアレで終わりってパパは言ったと思うが」
「いやー、クジ引くー。キララねーたんがまだ出てないもん!! パッパ、おねがいー」
エルが俺の袖を引っ張って上目遣いのお願いをしてくる。
人形が人気化した理由は、くじ引きで引いた番号の物としか交換されない仕組みになっているため、全部を買い揃えるのが非常に困難を伴うものになっていたからだ。
俺がいた日本ではガチャという悪い文明が存在したが、こっちにも同じようなものができていたのだ。
「エル、パパにお願いしてもお約束があるから今月はもうダメよー。ママともお約束したものね」
「いやーーーーっ! クジ引くーーーーー! エルは引くのーーー!」
エルが地面を転がるように駄々をこねていた。
最近、イヤイヤ期が来たのか、エルが結構ワガママを言うようになってきている。
だが、それが嫌だという気持ちは微塵も湧き上がってこなかった。
イヤイヤやワガママがそれだけ、俺たちに対しエルが甘えてくれている証拠であると思えているからだ。
「エル、服が汚れちゃうぞー」
「パッパー、クジ引きたいーーー!! マッマおねがいーー! おねがいいいいいいいいい!!」
エルの服がこれ以上汚れないようスラちゃんが、そっと彼女をすくいあげて背中に乗せていた。
これで、とりあえず地面で転がって怪我することもなくなった。
ナイス、アシスト! スラちゃん。
「エルちゃん、パパとママとのお約束は守らないと……来月になったらまたクジ引けるし」
エルが駄々をこねる様子を心配そうに見てたキララも、そっと諭す言葉をかけていた。
「だって、だって! 今だけ期間限定のキララねーたん夏服バージョン欲しいーーーーーー!! 来月にはなくなっちゃうもんーーー!!」
これだからガチャは悪い文明と言われるんだよな……。
俺はふぅと息を吐く。
エルが約束を違えてまでクジを引きたがっているのは、今月いっぱいしか手に入らない人形を引き当てたいからだ。
人形師たちへのキララ孤児院夏服バージョンの情報提供元は俺なのだが、正直エルがここまでドハマりするとは予想していなかった。
頼めば、人形師から人形は手に入るのだが……今のエルはクジを引きたい欲の方が強いと思われた。
「……もう、しょうがないなぁ。エルちゃん、私が魔物退治でもらったお小遣い出してあげるから、一回だけ引いて良いよ。これで、エルちゃんは我慢できるもんね」
キララが自分の財布から硬貨を取り出すと、駄々をこねていたエルの動きがピタリと止まる。
そして、キララに抱き着いたかと思うと頬を摺り寄せていた。
「キララねーたん、しゅきいいいいいいいっ! 絶対に当てるからっ!」
まったくもって現金な妹である。
キララにはお金の価値を知ってもらうべく、最近では魔物退治で手に入れた魔結晶を換金してお小遣いを持たせている。
勇者として独り立ちするためには、買い物や物資の調達もしなければならないため、金銭を自分で管理させることにしていたのだ。
キララはそのお小遣いを妹のワガママに応えるため使うことを決めたようだ。
「キララ、本当にそれでいいのか? パパは、お金は大事だと教えたと思うが……」
「うん、エルちゃんが喜んでくれるならお金を使う価値はあると思うの。ダ、ダメかな?」
「キララがいいと思うなら、ママとパパは止めないわ。ね? パパ」
「ああ、キララが稼いだお金だからな」
「うん! ありがと、パパ、ママ! エルちゃん、クジ引きに行こう!」
キララはそう言うと、エルの手を引っ張ってくじ引き屋に突撃していった。
ミュースと二人でキララたちの帰りを商店街に繋がる広場でしばらく待っていた。
すると、どんよりとした空気を纏ったエルとキララが帰ってくる。
「エル、結果はどうだった? キララの夏服バージョン出たか?」
俺は気になったので戦果をエルに確認する。
「…………パッパ…………ふぇ、ふぇええ…………」
泣きだしたエルが手にしていたのは、一番人気が無く、出る確率の多い、キララの一代前の勇者フミヒコだった。
クジは予想通り爆死したようだ。
やはり、ガチャは悪い文明……アドリー王に取り締まってもらうか……。
「エルちゃん、元気出して。今度またやろう」
「ふえぇえええ、キララねーたんの夏服バージョン欲しかったぁああああ。ふぇええええ」
「じゃ、じゃあ、今度私が夏服着てポーズ取ってあげるから……それでいい? ダ、ダメかな?」
ギャン泣きしているエルをキララが優しく慰めている。
キララはそういう優しいところがあるので、エルの機嫌もこれ以上は悪くならなそうだ。
「にんぎょうほぢがっだぁあああ……」
キララに抱き着いてギャン泣きしているエルも、これ以上クジは引けないと理解したのだろう。
ちょっとだけ可哀想な気がする。
なので、人形師からサンプルとしてもらった夏服バージョンをそっとエルの枕元に置いておくか……。
「エル、残念だったわね。でも、お約束だもんね。これ以上はダメよ」
「うぅ、我慢すりゅう……はぁ、キララねーたんの人形……」
「ママがお裁縫でキララの人形を作ってあげるから我慢してね」
ミュースがエルの頭を優しく撫でて慰めていた。
「……ううぅ、我慢しゅる」
キララに抱き着いて泣いていたエルも諦めがついたようだ。
その日は一日、クジで引いた勇者フミヒコの人形を見ていたエルの顔が暗かった……のだが。
翌日、俺が枕元にそっと置いておいたキララ夏服バージョンを見つけたエルが狂喜乱舞していたのを見て微笑んでしまった。
どうやら俺は娘にとても甘いらしい……。
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