第60話 暗躍するシャドー種族

 ※三人称視点


 ドーラスとミュースが立ち去った後、湯気が立ち込める王都の浴場にメイド姿の人影が三つほどあった。


 彼女らはライラスが送り込んだ人に化けられる魔物であるシャドー種族だ。


 シャドー種族は人に化け危機感知系の魔法を無効化できる魔物であるが、戦闘力は皆無な種族である。


 そのため、フォボスの軍に居た時は常に人に紛れて暮らし、魔王軍にゼペルギア王国の動きを流し続けていた。


 そんなシャドー種族の生き残りが、ライラスの指令によって王都の王宮に忍び込んでいたのである。


 彼女らは口を動かさず、思念のみでやり取りをしていた。


『ブラックワイバーン撃墜の件について情報を集めていたら、とんでもない情報にぶち当たったようだな』


 メイドに化けたシャドー種族は、この王都に忍び込んでから、ブラックワイバーン撃墜に関しての情報を集めていた。


 その流れで、王都で話題騒然の勇者キララの養父であるドーラス一家に目星を付け情報収集をしていた。


『アレフティナ王国最強の召喚勇者と目されるキララにあのような力があるとは……これは由々しき事態では。早速、ライラス様へ報告せねば』


『二人とも待たれよ。性急に結論を出し、確度の低い情報をライラス様へ流せば、我ら種族の価値が棄損されることを考えられよ。情報確度こそ我らの生き残る道』


 シャドー種族の一人が、まだ王都入りして日が浅く、ブラックワイバーン撃墜に関しての情報収集が不足してることを伝えていた。


『だが、鮮度が落ちれば価値も落ちるのだぞ。速報を打って、ライラス様への注意喚起をするべき事態ではないか』


『ですが、勇者キララの力がドーラス及びミュースの言っていた通りとの確証がありません』


『では、エルの件はどう説明する。あれはユーグリッドの遺児で次期魔王としての力を秘めているぞ』


 彼女らの持っている情報により、エルはこのアレフティナ王国を含む大陸の魔王として君臨していたユーグリッドの遺児であるとの結論がでていた。


 ライラスによって討伐される前にユーグリッドは、娘であるエルに部下の護衛を付け逃がしていた。


 ブラックワイバーンはユーグリッド配下の情報提供に基づき、その遺児であるエルを追跡して、王都近郊を偵察して撃墜されていたのだ。


 そして、シャドー種族たちが王都で見つけたエルは魔王としての資質を兼ね備えていた。


『エルがユーグリッドの遺児である確証は、魔物を使役していることからも得られましたが……勇者キララのスキルの影響化にいるとの確証にはなりませんぞ』


 シャドー種族たちの議論は、キララの妹として育てられているエルとの仲にまで広がっていた。


 一人は魔物を統べる上位種族の魔王であるエルが、キララに従っているのがスキルの力の証拠だと言いたいらしい。


 だが、別の一人はその確証が得られないため、ライラスへの報告に待ったをかけているのだ。


『……ふむ、両者の意見、どちらも一理ある。とはいえ、もう少し情報も欲しい……今回はまだ見送るとしよう』


『それでは鮮度が……』


『確度を上げれば、鮮度劣化も挽回できる。今は神官たちから情報を集め、勇者キララの力がどの程度効果があるのか検討することにしよう』


『承知しました……で、あれば早急に神官たちに当たりましょう』


 三人は声なき議論を終えると、浴場からスッと姿を消していった。



 翌日、シャドー種族の化けたメイドが、神殿で召喚システムの復旧に当たっていた若い神官の一人に声をかけていた。


「お仕事ご苦労様です。これ使ってください」


 可愛いメイド姿をしているため、神官も相手が魔物だとは思わずにタオルを受け取っていた。


「ああ、ありがとう。君は……王城付きのメイドだろう? なんで神殿にいるんだい? 誰かの使いかな?」


 神官は、場に似つかわしくないメイドの姿に、少し怪訝そうな顔を見せた。


 メイドは相手に疑念を抱かせないよう、間髪入れずにここに来た理由を答えた。


「ええと、リーファ王妃より召喚システムの修理状況を確認してきなさいと言われましたので、足を運んでおります」


 王妃の使いだと知った神官が、持っていたタオルを前に突き出し背筋を伸ばしていた。


「そ、そのような御役目であったとは露知らず、失礼いたしました。タ、タオルありがとうございます」


 メイドは相手を安心させるような微笑みを浮かべ、姿勢を正した神官の手からタオルを受け取ると、その神官の顔に浮かんでいた汗を拭いていた。


「そのようにかしこまることはありませんよ。私は使いに過ぎませんので……修理の方も順調……ではなさそうですね」


「神殿の神官たちが総力で修復に取りかかっておりますが、ドーラス師が叩きこんだ魔力が凄まじすぎてシステムが過負荷に耐えられなかったとか……」


「ドーラス師がこのシステムを破壊されたのです?」


「ええ、勇者キララ様を召喚する際、ドーラス師が本気を出され、システムが過負荷に陥りました。神殿関係者の間では有名な話ですよ」


 若い神官は、王妃の使いと称した目の前の可愛いメイドに気を許し、口が軽くなっている様子であった。


 すかさず、メイドが次の質問を投げかける。


「ドーラス師は治療師ではないのですか?」


「ええ、回復魔法の腕は超一流です。魔力も尋常でないほど豊富な方で、噂によれば剣も相当使える御仁だそうです。おかげでアドリー王が非常に気に入り、この国に来て一年ちょっとですが今では筆頭宮廷魔導師まで昇りつめておりますよ。結構有名な話だと思いましたが、貴方は知りませんでしたか?」


「最近、王城に召し出されましたので、そういったお話には疎くて」


 メイドは神官から引き出した話で、勇者キララの養い親であるドーラスが、かなりの力を持つ術師であり、剣士であるとの情報に触れて驚いた。


 王城の中で集めた情報の中では、治療の腕が超一流であることは掴んでいたが、剣も魔法もかなり使えるらしいとの情報は初耳であったのだ。


 口の軽い若い神官を掴まえたことでメイドの頬が緩む。


「貴方様はお若いのに意外と事情通なのですね。凄いです。尊敬しちゃいますよ」


「い、いえ。それほどでも。こういう場所で働いていると、色々と言えないことも多いんで……」


「色々と神官様たちは口外できないことが多そうですしね。大変そう……私でよければ相談相手くらいにはなりますよ。あ、そうだ! ここで知り合ったのも縁でしょうし、今晩お仕事の後、街で飲みません?」


 可愛いメイドから、若い男にとって耐えがたい魅惑的な提案をされた神官の鼻の下が伸びる。


 その様子を見たメイドはしめたとばかりに、相手の手を取り豊満な胸を押し付けていた。


 神官はその感触にゴクリと喉を鳴らす。


 完全に舞い上がっているようで、目が落ち着きなくキョロキョロと動いていた。


「え、あ、ええ。そうですね。ちょうど、今日で勤務明けになりますし……貴方がよければ是非、食事をご一緒に……」


「うわぁ! ありがとうございますぅ。私、楽しみにしてますね。それじゃあ、午後、仕事終わったらまた神殿に顔出しますねっ!」


 それだけ言うとメイドは神官に手を振って、神殿から足早に駆け去っていった。


 しばらくしてその若い神官から、キララのスキルの力が、魔物側に漏洩することになった。

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