第59話 長女のスキルの力は、彼女の不幸をもたらすのか

「話は変わりますが、今日はキララの件でパパのお耳に入れておきたいことがあります」


「キララの件?」


「ええ、わたくしの元職場からの情報提供ですが、どうやらキララの持つスキル『人たらし』は人だけでなく、魔物、動物まで影響があるようで……」


 キララは召喚勇者として、『人たらし』というとても特殊なスキルを所持していた。


 神官たちに言わせると、『人たらし』は前例や類似のスキルがないらしく、召喚から半年以上経った今、うっすらとそのスキル能力の全貌が見えてきたらしい。


「前の報告だと、キララの『人たらし』は人との間に友好関係を築きやすくなるという力だと聞いていたが……」


「はい、前回まではそのような報告が上がってましたが、ミーちゃんやスラちゃん、他の動物たちもキララにはすぐに懐くところを見ると……」


 確かにキララが歩くと、鳥や虫、小動物も集まってくるな……。


 生物すべてに友好関係を築く力ってもの凄いスキルかと思うぞ……。


 ん? じゃあ、魔王らしいエルと仲がいいのもスキルの影響か?


 俺は気になった疑問をミュースにぶつけてみた。


「なぁ、ママ。キララとエルが、仲がいいのもスキルの影響だと思うか?」


「やはり、パパもそのように思いましたか……わたくしも同じような考えに至りましたので、パパに意見をもらおうと思った次第です」


 魔王であるらしいエルの存在は魔物に近い。


 本来なら人を襲う本能を持っているはずだが、エルにはそれを感じられない。


 むしろ、人に馴染んでいる気もする。


 それが、キララのスキルの力のおかげなのか、それともエル自身がそれを望んでいるのか判明していなかった。


「んー……。魔王としての力をエルが持っているのは事実だが、キララのスキルが影響して今の状態になっているかは……判断し辛いな」


「わたくしも二人を見てると、スキルの力だけでは無いような気もします。本当の姉妹のようにいつも一緒ですし……」


 ミュースが言う通り、キララとエルは本当の姉妹……。


 いや、姉妹以上に仲が良いのは事実だ。


 親である俺たちが見ているところでも、キララはエルの面倒を見ているし、エルもキララを慕っているのだ。


 なまじ仲が良いため、スキルの力云々でエルが懐いていると、キララが知るとマズい気がする。


 キララにスキルの力は、『人と話やすくなるやつ』と伝えてあるからだ。


「ママ、この話をキララが知るとショックを受けるかもしれんな……。今では私たちには気を使わなくなったが、キララは結構、周りに気を使ってるからなぁ」


「そうですね。キララは周りに気を使い過ぎてますからね。こういった話は耳に入れない方がいいかも……また、キララを傷つけるかもしれませんので……」


 ミュースも俺と同じような感想を抱いていた。


 キララは虐待されていた期間が長かったこともあり、常に周りの人の顔色を窺う癖がある。


 俺たちと生活をするようになり、家ではその癖は出なくなったが、まだ外では結構周りの目を気にしている節もあるのだ。


「ああ、今は特に問題なく生活できているから、強いて事を荒立てることもないと思う。悪いが神官たちにもスキルの話は内密にしておくように伝えておいてくれると助かる」


「はい、神官たちにはそのように伝えてあります。この件はアドリー王夫妻とわたくし、そしてパパだけで止めてありますのでご安心を」


 ミュースの配慮はとてもありがたい。


 こういった話が広がってキララの耳に入ると、自分に自信のないキララはスキルの力を嫌ってしまいかねないと思う。


 親としては、もう少し年齢を重ね、自分に自信が持てる子になった時に伝えてやりたい。


「助かるよ……キララが自分のスキルの本当の力を知ったら、どう感じるか私は自信が持てない……悪い方に捉えないかな……ほら、その人を無理やりにでも友好的にする力でもあるし……」


「キララ自身が大きくなって、傷が癒えれば、スキルの力を肯定的に捉えられるようになると思うんですけどね……。わたくしもまだ明かす時ではないと思いましたので、パパに意見を聞きたくてこのような場所まで来たのです」


 甘いと言われるかもしれないが、キララはこれまでに日本で十分傷づいてきているので、こちらでの生活は激甘でちょうどいいくらいだ。


 俺は娘を甘やかす決意を再びした。


 世の中の全員が甘いって言ったとしても、俺はキララを甘やかすため全力を尽くすんだ。


 それが、キララを異世界に招いた俺のとるべき責任。


「私は娘に甘いな……」


「パパがキララに甘いのは知ってますから、わたくしにもその責任の一端を担わせてくださいませ。キララは甘やかされて幸せになる権利がありますから。世界が全てキララの敵に回ってもわたくしはパパと一緒にキララを守る決意です」


 背中越しにミュースが、キララへの想いを語ってくれていた。


 やはり、持つべきものは優しい伴侶の同志である。


「ありがとう、ママにはいつも助けられてるな……本当にありがとう」


 すると、俺の背中にミュースの背中が当たる感触がした。


 思わず腰が浮きかける。


「パパ、感謝は態度で示してもらえるとわたくしはとても喜びますわ」


「だ、だが……」


「そ、その手を握ってくれるだけでもいいですから……。こう見えてもわたくしも少し不安はあるのですよ。パパとその結婚式をいつ挙げられるのかと」


 背中越しに聞こえるミュースの声は少しくぐもって聞こえてきた。


 もしかしたら泣いているのかも知れない。


 待たせているという気持ちは痛いほどあるため、慰める意味も含め、もう一度湯に浸かると彼女の手をそっと握ることにした。


 それからしばらく、二人で無言で背中合わせのまま温かい湯を楽しむこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る