第58話 嫁と一緒のお風呂もまだ自制が必要
「スラちゃーん、ミーちゃん、ご飯よ。パパもキララたちも準備できたわよー」
夕食の準備を終えたミュースが剣術練習の後、居室内で魔法の自習をしていた俺たちに声をかけてきた。
エルとキララの魔力練りを大人しく見ていたミーちゃんとスラちゃんが台所にダッシュしていく。
「みー、みー」
その様子を見ていたキララとエルも魔力練りを終え、ご飯を食べるため台所に向かっていた。
「ミーたん、スラたん、早いー! 待ってー」
「パパ、ご飯だってー。早く行こう」
「おう、行くか」
スラちゃんを郊外の森で下僕にしてからすでに一ヵ月が過ぎた。
飼育の許可を得たスラちゃんは魔力を帯びた草を食うらしく、エルとキララが自分の魔力を与えてせっせと中庭で草を育てている。
それを美味しそうに、スラちゃんはもさもさと食っているのだ。
キララとエルの豊富な魔力のおかげか、スラちゃんの身体は来た当初の倍以上に膨らみ、スライムからスライムキングに進化していた。
大きくなったスラちゃんは人に害意を持たず、孤児院でも子供たちの人気者となり、王都の街中では我が家専用の荷物持ちとして認知されるに至っていた。
「はーい、ミーちゃん、スラちゃんの分ねー」
ミュースがテーブルの下にそれぞれのエサ入れを置くと、スラちゃんとミーちゃんが仲良くそれぞれのエサ入れに顔を突っ込んでいく。
「ママー、キララたちもおなか減ったー」
「減ったー」
「空いたー」
「はいはい、ちょっと待ってねー。パパもお手伝いしてもらえます?」
「はいはい、了解」
ミュースのお手伝いをして、熱々のスープを椀に注ぐ。
今日も一日、なにごともなく平穏に終えたことに感謝を感じる瞬間だ。
「さぁ、いただきましょう」
「「「いただきますっ!」」」
キララとエルもお腹がかなり空いていたようで、もの凄い勢いでミュースの作った夕食が消えていく。
この半年間、ミュースの愛情と栄養たっぷりの食事のおかげで、キララの身体に足りなかった栄養は充足され、身長とともに体重もしっかりと育っていた。
体重の方は主に剣術練習による筋力増加で、華奢だった身体も少ししっかりとしてきている。
「んーーーっ! ママのご飯美味しいーー!!」
「うまっ、うまっ、エル、しあわせー」
「今日はこの前、みんなで食べに行ったお店の料理を作ってみたのよ。喜んでもらえて嬉しい」
「ママは本当に料理上手だね。これも美味いよ」
ミュースは色々とレシピを研究しており、キララやエル、それに俺が飽きないようにレパートリーを増やし続けている。
しかも、どれも一級品の美味さなのだ。
料理人としてもミュースは一流の腕を持っていると言って過言ではない。
そんな料理上手のミュースの食事を楽しみ、後片付けを終えると、ミュースがキララたちを寝かしつけると言った。
なので、俺は一日の疲れを癒すため、王宮の中にある浴場へ行くことにした。
大人数が入れそうな大きな浴場の中央にある獅子の彫像から、滾々と湧きだすお湯に身を沈めた俺は思わず声が出た。
「だはぁあああぁ!! お湯だよ。お湯。くぅうううー身体に染みるぅう」
本来なら王宮に住む、王族のみが使用可能な浴場であるが、アドリー王夫妻の格別の配慮で我が家も全員使わせてもらっている。
王都を建てる地を見繕っていた際、この地に温泉が湧出していたことを気に入り、初代の王が街を作ったとも言われていた。
おかげで街の方も温泉が湧出しており、公衆浴場もそこそこに普及している。
ゼペルギアに居た時は燃料を使うお湯は貴重品だったため、水浴びか水で濡らした布で身体を拭く生活だった。
なので、アレフティナ王国に来てから温泉があると知り、巡回治療師だった頃は街の浴場巡りもしていた。
「……ふぅ、やっぱ王宮の風呂が一番豪華でゆったりできるなぁ……」
お湯に身を沈め、リラックスしていると脱衣所の方に人の気配を感じた。
この時間に王夫妻は入浴をしないため、それ以外の者であると思われるが、王族が王宮に居ない現状だと我が家の誰かしか思い浮かばない。
「…………パパ、入ってますか?」
気配の主はミュースだった。
思わず入り口から視線を逸らす。
「は、入ってるよ! ママ、もう少しで出るから待ってて」
娘たちの手前、結婚するまでは色々と清い関係でいようと、お互いに誓っているため、風呂も寝室も別にしていたのだ。
「待ってください。少し、相談したいことがあって……。キララのいる前ではできない話なので、ここでさせていただきたく……そちらへ行ってよろしいですか?」
ミュースはキララのことを相談したいらしく、俺の方へ来ていいかとお伺いを立てていた。
って、いうか、まずいよ! まずい! 俺、裸だもん! 裸見られたらお婿にいけなくなっちゃうし!
「お返事が無いようなので、そちらへ行かせてもらいますね。お見苦しい物が見えないよう隠しておりますのでご安心を」
そう言ったミュースがこちらへ近づいてくる気配した。
しばらくして、俺の背中側まで近づいてきた。
「マ、ママ。一緒にお風呂とか緊張するんだが……」
「そ、その。お部屋の方では中々二人っきりになる機会がないですので……。せ、正式に夫婦になりましたら、お風呂でお背中は流させてもらいますけど、今はご容赦を……」
現時点でミュースとの婚約はしているが、まだ周囲への根回し中なので、ここで一線を越えると色々と問題が山積する。
ミュースは、元神官長という重責を果たした功労者であり、アドリー王夫妻の養女として王国内に広く認知されているため、婚姻には俺の出自が問題視されているのだ。
要は王族に準ずる娘を受け入れられる貴族になれと言われているのである。
だから今、先代王の弟でアドリー王の叔父であるクライト公爵と俺との養子縁組の話を進めていた。
クライト公爵はアドリー王が子供を産めないリーファ王妃を迎えるのを王族で唯一応援した人だ。
アドリー王夫妻が王族で一番信頼をしている人で、ミュースと俺との婚姻をする上で力になって欲しいと頼った人だった。
クライト公爵も後継者だった子供を早く亡くしていたため、養子をとって領地を継がせる者を探していたらしく、アドリー王から筆頭宮廷魔導師に大出世した俺の話を聞いていたようで養子縁組はトントン拍子に進んでいた。
俺の結婚を機にクライト公爵は領地を譲ると申し出ており、その引継ぎもあるため、ミュースとの結婚の日取りが中々決まらないのだ。
そのような状況なので、ここで問題を起こすと全てご破算になりかねない。
なので、自制心を最大限発揮して落ち着くことにした。
「ふぅうううう、そうなる日ももう少しだから……待っててくれ……」
「分かっております。パパがクライト公爵家の跡取りとして正式な身分を頂けたら、わたくしとの婚姻の日取りが決められるとリーファ王妃から聞いておりますから……」
ミュースの方も頭がいいため、俺の置かれている状況を理解してくれていた。
「ああ、もう少しだけ待っててくれ」
「はい……お待ちしてます。おばあちゃんになってもお待ちしてますから……」
くっそ可愛いセリフを言ってくれるじゃないか!!
ああ、マジで早くミュースと結婚してぇ!!
俺は背中越しにいるミュースを抱きしめたい衝動と戦うハメに陥った。
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