第53話 うちの猫はわりと仕事人かもしれない疑惑

「みー、みー」


 朝日の中、ミーちゃんの肉球パンチが俺の顔を叩いてくる。


 ここで暮らすようになり三ヵ月ほど経ち、最近はキララやエルたちよりも先に俺のベッドに来て、起こしてくれていた。


「うー、ミーちゃん、もう少しだけ寝かせてくれ……」


「みー、みー」


 なおも猫パンチが俺の顔を叩く。


 仕方ない……そろそろ、諦めて起きるか……。


「おはよう、ミーちゃん」


 俺は猫パンチをしていたミーちゃんを抱くと、ベッドから這い出し起き上がった。


 ミーちゃんも生後四か月を過ぎ、朝昼晩と三食きちんと食べ、栄養が行き渡り丸々と成長していた。


 特に最近はヤンチャ盛りで、ヒモを引っ張ったり、ドアを引っ掻いたり、ゴミ箱を倒して漁ったりしてやりたい放題であるのだ。


 あと、永久歯に生え変わる時期にもかかっており、歯が痒いのかよく俺の手を噛み噛みしてくる。


 けれど、キララやエルやミュースには噛まないのだ。


 俺としては痛くないので放置しているが、ミュースが二尾猫ツインテールキャットを飼っていた経験があり、『噛み癖が付くから』と言ってミーちゃんを叱ってくれていた。


 ただ、エルとキララには従順だし、ご飯をくれるミュースにも従順、俺だけにツンしてくれる可愛い猫様なのだ。


「みー、みー」


 俺の手の中でミーちゃんが指を噛み噛みしていた。


 きっとお腹がすいて寝床から這い出してきたのだろう。


「はいはい、ご飯ねー。ミュースが用意してくれてるはずだからいこうか」


 俺は自室から出るとダイニングにいたミュースに声をかける。


 ミュースは、すでに起き出して朝の支度をほぼ終えていたようだ。


「おはよう、ママ。ミーちゃんがご飯の催促してきた」


「おはようございます。ミーちゃんの分も用意してありますから、パパにはキララとエルを起こしてきてもらいましょうか。お願いできます?」


「はいよ。ミーちゃんも一緒に行こうか」


「みー、みー」


 いつものように、朝のひと時が始まる。


 俺はキララとエルの寝室に足を運ぶと二人に声をかけた。


「キララ、エル、朝だぞー。起きなさい」


 二人は大きなベッドの上で大の字になって寝息を立てていた。


 すでに布団は跳ね除けられており、お腹は二人とも丸出しである。


「うにゅううう……まだ、寝るぅ~」


「パッパ、ねむねむ……」


 娘たちはまだ、夢の世界の中だった。


「ミーちゃん、お仕事を頼まれてくれ。エルとキララを起こして欲しい」


「みー、みー」


 抱っこしていたミーちゃんを床に下ろすと、ダッシュで駆け出し、ベッドに登ったミーちゃんがまずはエルに標的を定める。


 そして、ペロペロと耳を舐め始めていた。


「ううぅ、耳、メーなの……」


 ミーちゃんはプロの起こし屋なので、エルの弱点を的確に攻めている。


 ナイスファイト! さすがプロの起こし屋。


「みー、みー」


「ミーちゃん、メーなの……もうちょっと寝るー」


 エルは何とか寝ようと抵抗しているが、ミーちゃんの攻勢は耳を揉むのも加わり激化していた。


「エルー、そろそろ起きてー」


「パッパ、おはよう……でも、だっこー」


「はいはい、抱っこするから起きてな」


 ミーちゃんに責められて、薄目を開けたエルを抱っこしてやる。


 けれど、抱っこしたエルは再び、夢の国に旅立った様子である。


 そんな中、ミーちゃんは次なる標的であるキララの攻略に取りかかっており、顔をペロペロと舐めていた。


「ミーちゃん、顔はダメだからぁ……もう少しだけ寝かせて……キララ、いい子にするからぁ……もうちょっと……」


「みー、みー」


 だが、ミーちゃんは容赦なく、キララの顔を肉球でポンポンする。


「うううぅ、ミーちゃん……おねがいだよぅ……もうちょっと……」


「みー、みー」


 起きないキララに業を煮やしたミーちゃんが、キララの顔へ覆いかぶさった。


 最強の必殺技を繰り出すとは……ミーちゃん、容赦ない……。


「ぷはっ! ミーちゃん、起きるからぁ! 起きるよ! はぁ、はぁ」


 ミーちゃんのボディープレスで息ができなかったキララが飛び起きた。


「おはよう、キララ。ママのご飯ができてるぞー」


「パパ、おはよう……朝からミーちゃんの圧力に負けた……」


「みー、みー」


 キララに抱っこされたミーちゃんは勝ち誇ったようにドヤ顔で鳴き声を上げていた。


「きっと、お腹が空いてるからさ。さぁ、早いところ顔洗ってママの朝ご飯食べようか」


「はぁーい」


 俺たちは洗面所に行き、顔を洗ってさっぱりすると、ミュースが用意してくれた朝食が並ぶ食卓に到着した。


「ふぁあああ、ママーおはようー」


「マッマ、おはよう」


「二人ともおはよう。ちゃんと、ミーちゃんとパパがお仕事したようね。さぁ、ご飯食べて、孤児院に行く支度をしないと。パパも出勤時間に遅れないでくださいね」


 ミュースが席に着いた二人に甲斐甲斐しく食事の世話を始めたのを横目に見つつ、俺は自分の朝食の準備を始める。


 ここは日本ではないので、パン食がメインなのだが、召喚勇者たちが持ち込んだ地球文化も定着しているため、パン食以外の稲作や味噌の製法も流入して米・味噌・醤油があるのだ。


 貧乏なゼペルギア王国では見られなかった日本食だが、アレフティナ王国では割高だが米・味噌・醤油は買える物であったことが発覚した。


 ちなみにキララとエルはパン派だが、俺は月に一度の贅沢として今日は和食の朝食を頼んでいたのだ。


 米とみそ汁、魚の干物、納豆の和食が並べられて俺はご満悦だった。


「むふ、そう言えば、今日は月に一度のお楽しみの日だった。どおりでいい匂いがしてたわけだ」


「パッパ、なっとうくちゃいー」


「エルちゃん、でもあれ美味しいらしいよ。パパは大好物だってー」


 エルもキララも俺の特別食に興味津々らしい。


 さすが、食い意地はすでに一人前な二人だけのことはある。


「はい、ミーちゃん。朝のお仕事ご苦労様ねー」


「みー、みー」


 専用テーブルにミュースがエサ入れを置くと、ダッシュで近づき、顔を突っ込んで餌を食べていた。


「はい、じゃあみんな、いただきましょう!」


「「「いただきます」」」


 ミーちゃんがややフライング気味だったが、皆の食事が始まる。


 俺は納豆をかき混ぜ終えると、湯気の立ち上るご飯の上にかけ、貪るように食べていった。


 むっはー、うめえぇ……日本食は一生食えないと思ってたけど……食えるなんてなぁ……。

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