第52話 四天王ライラス
※三人称視点
誰もいない暗い洞窟の奥に、一人の魔族がいた。
黒く太い角を生やし、蝙蝠のような羽根を持つ魔族は夢魔と呼ばれるサキュバス種の魔族のように思える。
「フォボス様……このような御姿になられて……おいたわしい……わたくしがお留守にしたばかりに……あのヤマト・ミヤマに討ち取れてしまうとは……」
サキュバスが首だけの魔族を愛おしそうに撫でる。
この首だけの魔族はゼペルギア王国を滅亡寸前にまで追い詰めた最強の魔王と言われたフォボスの成れの果てであった。
「ですが、このアレフティナの魔王はフォボス四天王が一人、宵闇のライラスたるわたくしが寸刻みにしてやりました」
首を愛おしそうに撫でるサキュバス種のライラスは、フォボスの腹心と言われた強力な魔族であった。
召喚されたヤマトがゼペルギア王国でフォボスと争う前に、このアレフティナ王国に派遣され、勢力を築いていた魔王ユーグリッドを討ち滅ぼしていた。
そして、今、その死骸から流れた血が溜まった池にフォボスの首を浸す。
「…………うあぅ…………」
血に触れたフォボスの目が開き、口から声にならない声が漏れる。
「フォ、フォボス様!! 目覚められましたか!! すぐにわたくしの魔力を分けますのでお待ちを!」
ライラスがフォボスに口づけすると、二人の身体は淡い燐光に包まれていった。
「ふぅ、これで何とか一命は取り留めたはず……」
「……ライラスよ。余はどうなっているのだ……何も動かぬぞ……」
「残念ながら魔王城にてヤマト・ミヤマとの決戦に敗れ、身体を失いました。首だけは晒されていたゼペルギアの王城から、わたくしが持ち出しましたが配下も多数討たれ、魔王軍はほぼ壊滅状態です」
「我が軍が壊滅か……」
憎しみが灯ったフォボスの目が、ライラスを射抜く。
首だけになったとはいえ、恐怖の象徴と言われた最強の魔王である。
その視線に、思わずライラスは平伏して地面に頭を擦りつけていた。
「はっ! ですが、わたくしがこのアレフティナに率いてきた精鋭たちは少数ですが残っております。この地でフォボス様の再起を図るのが良策かと」
「部下を失い、城を失い、身体を失い、全てを失った余にまだ生きよと申すか……」
「はい、フォボス様にはこの世界を統べて頂かねばなりませぬ。今は魔王ユーグリッドの血を啜り、身体の再生にすべての力を注がれますように」
「ふむ、ならば来たるべく復讐の時に向け、力を取り戻すのに専念しよう。ゼペルギアの勇者ヤマト・ミヤマには絶対に借りを返さねばならぬからな」
フォボスは自らを討った勇者を思い出したのか苛立った様子だった。
「フォボス様のお怒りはもっともですが、ヤマト・ミヤマはゼペルギア王国を追われ行方不明となっております。巷の噂では国王暗殺を企てたとか……」
「なんだと……余が倒れて強い力を持つ召喚勇者は用無しとされたか……。だが、復讐すべき相手が行方不明とは……」
「そちらも併せてわたくしが調査いたします。フォボス様におかれましては傷を癒すことに専念して頂きたく」
「よかろう。どうせ、今の余の力ではヤマト・ミヤマには太刀打ちできぬ。ライラス、そなたに勇者捜索と魔王軍再編を一任いたす」
それだけ言うとフォボスは目を閉じ、魔王ユーグリッドの死骸から流れ落ちて溜まった血の池に沈んでいく。
「ははっ! フォボス様のためこの身を粉にして働きます」
フォボスが血の池に沈んだのを見届けたライラスは、一礼をすると洞窟を出ていった。
フォボスを沈めた洞窟から出たライラスに配下の魔物が駆け寄ってくる。
「ライラス様、王都方面に逃げたユーグリッドの遺児の捜索のため、偵察に出していたブラックワイバーンが連絡を絶ちました。あのあたりに高山は無く、墜落の可能性は低いため、何者に迎撃された者と思われます」
配下の報告を受けたライラスは腕組みをすると、その豊満な胸が押し上げられた。
「ふむ、我が軍の精鋭たるブラックワイバーンを倒す者が、このアレフティナの大地にいるとはな……」
「ブラックワイバーンが連絡を送る間もなく落とされるとなると、相当の腕前の魔術師が居たと推量するしか……」
「アレフティナ王国にか? 彼の国は平和主義者の魔王ユーグリッドによって飼い慣らされた平和ボケ国家であろう。そのようにユーグリッド自身が自供したではないか」
「は、はい。魔族と人の共生を謳ったユーグリッドがアレフティナ王国に対し、積極的に侵攻せず生存領域を決め、一部統制に従わなかったゴブリンやオークくらいしか襲わないのが続いていたそうですが……」
「そんな国にブラックワイバーンを瞬く間に魔法で倒す使い手がいるとは思えぬが……。確か、召喚された勇者も大した実力はない『男』だと聞いている」
配下とやり取りをしつつも、ライラスは頭の中で情報が不足しているとの判断を下していた。
フォボスが率いた魔王軍はゼペルギア王国において、ヤマト・ミヤマの活躍により壊滅しており、ライラス自身が率いた精鋭の配下もユーグリッドとの戦いで一〇〇体を切りつつあった。
そんな貴重な戦力の中で、高空から偵察ができるブラックワイバーンを失ったのは、彼女にとって非常に痛手であった。
「王都に居ると思われる凄腕の魔術師の存在は気になる。だが、フォボス様から任された魔王軍の再編は早急に行うべき課題。そうなると、今は王都には偵察隊を送るくらいしかできないな」
「でしたら、人に化けられる奴らを送りましょう。五名ほどいますので、彼らに凄腕の魔術師の情報を集めさせたらどうです? ユーグリッドの遺児の件もありますし」
「シャドー種族か、やつらは戦闘には役に立たないから、その献策を受けるとしよう。ユーグリッドの遺児捜索及び、王都の凄腕魔術師に関しての情報収集をするように伝えよ」
「ははっ! 承知しました」
配下の魔物はライラスの指令を受け、すぐに偵察隊を動かすため駆け去っていった。
一人残ったライラスは背後の洞窟に振り返り、ふぅと息を吐いた。
「フォボス様、お身体が癒されるまでにわたくしがきっと魔王軍を再建してみせます。今しばらくはごゆるりと休養してください」
そう一言呟くと、その場を立ち去っていった。
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