第51話 まだだ! まだ、やらせはせん!

 翌日から、午後のキララの個人練習にカインとアベルも参加していた。


 基礎練習に加えて実戦の練習がしたいと申し出ていたので、キララも含め立ち合い形式の練習をしている。


「カインっ!! 踏み込みが甘い! そんなんじゃ、盾にもなれんぞ!」


 歳の割に素早い踏み込みで斬りかかってきたが、まだ後れを取るほどの斬撃ではない。


 一気に剣先を掴むと、中庭の向こうに投げ飛ばす。


 練習に参加すると言った以上、手加減はしない。


「むはぁあっ! ア、アベル! 援護!!」


 投げ飛ばされたカインが、転がりながら背後に声をかけた。


 だが、それは先刻承知。


 背後から突き出された剣先を払いのけると、反動でアベルが地面に転がる。


「カイン、僕には無理だ」


「なら、わたしがっ! えいぃいい!」


 キララが転がったアベルをまたいで、俺の攻撃範囲に飛び込んでくる。


 それも、また察知済みだ。


 実戦から遠ざかり、勘が鈍り始めているとはいえ、子供三人に不覚をとる俺ではない。


「キララ、まだ甘いな。それくらいの踏み込みでパパから一本を取れると思うな」


 剣先を両手で挟んで捕らえると、カインと同じく中庭の向こう側に投げ飛ばした。


「きゃあああぁ! パパ、強いーー!!」


「ああっ! キララねーたん! パッパ覚悟ー!!」


 エルも練習に参加していたが、三人が攻撃に失敗したのを見て、ブラックワイバーンを落とした水の球を発動させこちらへ投げていた。


 さすがにアレは当たると俺でも多少痛いので、水の球の時点で魔法をキャンセルさせてもらう。


「エル、魔法は消えちゃうこともあるんだぜ」


 俺に向かって飛んでいた水の球が見えない壁に当たったように弾けて消えた。


「うーーー! パッパ、魔法消しちゃ、メーなのっ!!」


 エルが地団駄を踏んで悔しがるが、まだ娘たちにも後れを取るつもりはない。


 パパは魔物と戦うことを始めたキララとエルの前に、心を鬼にして立ち塞がらせてもらう。


「パパー、そろそろ休憩にされてはいかがー?」


 ミュースが休憩用のお茶とお菓子を持って、中庭に出てきていた。


 今日のミュースは、ちょっといつもよりもおめかししていて、スカートの裾が風に揺らめいていた。


「じゃあ、エルは風を起こすのーー!」


「きゃあああぁっ!」


 突然、猛烈な突風が吹き抜けたかと思うと、ミュースのスカートの裾が翻って白く澄んだ太ももが露出する。


 思わず視線がそちらに釘付けになってしまった。


「カイン君、アベル君、パパの動きが止まったよ!! もう一回いけるはず!!」


「おぅ! オレから行く!」


「カイン、僕と合わせて! キララ様、最後頼みます」


「オッケー、パパから一本取ろう!!」


 三人は俺の視線がミュースの太ももに捕らわれていると思ったらしく、再び剣を握って斬りかかってきた。


 だが、俺は油断などしていない。


「甘いよ。三人とも……私が備えていないとでもーー」


「きゃああぁあ!! エルー、風の魔法は止めなさいー!!」


「マッマにパッパの視線釘付けー」


 ちょっとだけミュースのことが気になって、横目でチラ見をした。


 眼福、至極の眼福……さすが、俺の嫁……エル、ナイスゥ!!


 思わずエルの好プレイに親指を立ててしまいそうになる。


「パパぁ! 見てはいけません! 見たらダメですからねっ! エ、エル、早く魔法を止めなさい!」


「ドーラス師、覚悟!!」


「僕たちがドーラス師を崩します!!」


 思いのほか、意識がミュースの方に流れてしまい、カインとアベルに接近を許してしまった。


 俺は繰り出される二人の斬撃を紙一重で避ける。


「まだ、踏み込みが甘い。そんなのじゃ、一気にこうやって弾き飛ばされるぞ!」


 両手に作った風の塊で二人の胸を押す。


「むはっあ!!」


「うぐうぅう!!」


 風圧に押されて吹き飛んだ二人が地面を転がっていった。


「パパ、覚悟ー!!」


 飛ばされる二人を横目に、キララが一気に詰めよって突きを打ち込んできた。


「甘い――」


 剣先は俺の指の間に挟まれ、それ以上進めないでいた。


「ううぅ。パパ、強すぎるよー。これでもキララは騎士さんから何本も取ってるんだけどなぁー」


 孤児院の剣術訓練では、キララもカインと同じく、騎士から何本も有効打を取っている腕前まで成長している。


 剣術の腕が急成長しているのは、俺と続けた基礎訓練で筋力と持久力が付いたことが影響している。


 それにキララは、召喚時に与えられた勇者としての素質が俺とは段違いに素晴らしかった。


 おかげでメキメキと実力を伸ばし、成人する頃には俺を越える勇者になっている可能性もある。


「ふぅ、まだまだキララたちに負けるわけにはいかない」


「「ドーラス師、お手合わせありがとうございました」」


 体中に草を絡ませて訓練終りの挨拶にきたカインとアベルに回復魔法をかける。


 すぐに擦り傷や打撲が癒されていた。


「お前らもまだまだ、精進が足りないから素振り二百本追加な。終わるまでおやつは抜きだ」


「「えー! 二百本」」


「嫌なら明日から来なくていいぞ。アドリー王には私から伝えておく」


「カイン君、アベル君、わたしも一緒にやるからガンバロー!! いっち、にー、さん」


「誰が嫌だって言った。やるよ。いっち、にー、さん」


「僕もまだやれます! いっち、にー、さん」


 二人の不満を見たキララが率先して素振りを始めたことで、カインもアベルもすぐに剣を取って素振りを開始していた。


 俺は素振りを始めた三人から離れ、先に練習をやめたエルを抱っこしていたミュースの元に向かった。


「あ、あのぅ……パパはさっきのを見てましたか?」


 ミュースはおやつを食べているエルを抱っこしたまま、上目遣いでそう聞いてきた。


 何をと言わない方がいい気はする。


 だが、記憶には納めさせて頂いた。


 なので、無言で頷く。


「…………もう、見てはダメと申したはず……あのようなはしたない姿……ああ、思いだしただけで顔が火照ってしまいます」


「ごちそうさまでした……」


 溢れ出した思いが言葉となって漏れ出した。


 ミュースが無言で俺の胸をポカポカと殴る。


 可愛すぎるうちの嫁は結構純情な子なのだ。


「パッパ、マッマと仲良し―。エルとも仲良しー」


 おやつの菓子を口に入れてご満悦のエルが、ミュースの真似をして俺の胸をポカポカと叩いている。


 ミュースとも早く正式な夫婦として籍を入れたいな。


 早いところ根回しを終えて、ミュースとの挙式の日取りも決めたい。


 それにそろそろ正式にエルとキララを養子として迎え、アレフティナ王国の戸籍を与えてやりたいと思っていた。


「ママを正式にママって呼べる日が早くこないかなぁ……そう思うだろ? エル?」


「!? パ、パパ。それはきちんと段階を踏んでからと申しているはず。も、もちろん、わたくしはオッケーですからっ! お間違えないように!」


「マッマはマッマだよー。エルのマッマ」


 エルがギュッとミュースに抱きついて甘えていた。


 出生に謎のあるエルだが、すでにもう俺たちの家族の一員である。


「パパ―、ママー!! あと、百本で終わるから待っててねー!」


「後ろの男ども二人! 声が出てないぞー。こっちまで聞こえる声で素振りしないとカウントは無しだからな」


「「うひー」」


 カインとアベルが顔色を変え、声を出して素振りを再開する。


 そんな三人を見ていたミュースが、汗だくのキララを見て声をかけた。


「キララ、練習が終わったらママとエルと一緒に汗を流すからね」


「うん! おやつ食べてからでいいよねー。あ、ママー、綺麗に髪の毛洗ってー」


「いいわよ。さぁ、あと百本、頑張って」


 キララもミュースを母親と認め、普通以上に甘えられる娘になってきていた。


 俺たちは誰一人、血の繋がりのない者たちが集まったが、血の繋がりで結ばれた家族以上に家族であった。

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